第三章 バミュール邸での密議 3-4
しかしそれまでの間に行われた、カーラム・サイレン家を中心とした一派による『バラン一族大虐殺』は凄まじく、最終的に〝アルアナス広場〟に晒された一族郎党の、千以上もの首を見たダイレナは一時的に精神に異常をきたしてしまった。
広場に累々と並べられた首は父母弟妹、姪甥を始め、そのすべてがみな家族・親族や親しく接していた顔見知りで埋め尽くされていたのである。
特に弟ルバートの、二歳になる娘リリアの愛らしく眠るような表情の小さな首を見た瞬間、彼女の心はこの世から遠く離れて行ってしまった。
現実を見ないようにすることで、完全なる精神の崩壊を回避したのであろう。
その場で気を失ってしまった彼女は、屋敷で目覚めた時にはすでに心は現実世界にはなかった。
なにも喋らず一切の感情を示さず、ただ生きているだけの人形のようになってしまっていた。
そんな状態が半年ほど続いたが徐々に生気を取り戻し、いまでは生活にも以前となんら変わることないようにまで戻っていた。
それでも夫フェリップを始め、周りは気を遣い、半病人に接するかのような繊細な扱いを続けていた。
「さあダイレナ、もう大声は出さないしレノンとの諍いも止めるよ、安心して部屋に戻るがいい。それともサンルームで、花の手入れでもしてみるかい。それならネネルを呼ぼうか?」
優しくフェリップが微笑みかける。
「わたしを邪魔者扱いしないで、あなた方の会話はちゃんと聞こえておりました。ヴィクターのことで誰か訪ねて来ているのでしょう、わたしも一緒にお会い致します。さあレノン早くそのお方をお通しなさい」
「いや奥さま、それはなにかの聞き間違いでございます。そのようなお客様はいらっしゃっておりません、わたくしもこれで退がろうと思っていた所です」
「お黙りレノン、そなたはこのわたしを誰だと思っているのです。国士クローネの長女ダイレナですよ、そのような子供だましに騙されるような人間ではありません。女と思い侮るのもいい加減にするがよい」
顔が美しいだけに、怒った表情がなおさら氷のように鋭く感じられる。
「それにあなたも、わたしにこれ以上優しく接するのはお止めいただけませぬか。わたしとてサイレン一門に生まれた女です、一族が滅んでしまったとて、いまさらなにを嘆き続けましょうや。父や弟は破滅を覚悟してことを為したのです、もうバランなどという家はこの世にはありません。わたしはウェッディン家、いやバミュール家の人間です、四人の子らの母です。ましてやヴィクターはわが家の嫡男、廃嫡だなんだという言葉も聞こえました、なにごとかあればわたくしにも知る権利はございましょう」
凛とした目で見据えられ、フェリップは観念したように溜息を吐いた。
「わかったよダイレナ、お前には隠しごとは出来ないね。おいレノン、客人をお招きしろ。わたしたちは先に青の客間で待っている」
「はい、承知いたしました旦那さま」
踵を返して玄関へと向かう執事長を見送りながら、フェリップは妻の腰に腕を回しそっと口づけをする。
「やっと本来の姿に戻ったね、わたしの大事なお姫さま。その気の強い所にわたしは惹かれたんだ、それでこそこのわたしの愛する妻だ。さあ青の間に行こう、来訪者に会う前にお前に話して置くことがある」
「あなたこそ先の一件以来、やっとまともに扱ってくれたわね、星の数ほど居た求婚者の中から選んだ男だもの、そんじょそこらの貴族の殿方とは違っててもらわなきゃ困るわ、わが愛しのプリンス殿下。もうわたしは大丈夫、元の男勝りのダイレナそのものよ。さあどんな事でも聞かせて頂戴」
艶然と笑いながら、ダイレナは夫に自ら唇を近づけた。
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