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第三章 バミュール邸での密議 3-1



「旦那さま、クエンティという者がお会いしたいと訪ねて来ております。いかが致しましょうか、見るからに怪しき風体のやつです。まともな職業に就いているとは思えません、まだ外門から敷地へは入れておりません、このまま追い払いましょうか」


 ここはトールン西部の貴族の館が立ち並ぶファラウェイズ地区にある、ウェッディン・サイレン家のバミュール候フェリップ・フォン=サイレンの邸宅である。


 かれはウェッディン家当主ジョージイーのすぐ下の弟で、実質的に一族を取り仕切っている人物だった。


「クエンティだと、そのような名の者に面識はない」

 彼は苛々とした口調で、執事長のレノンを見た。


 レノンはいかにも頭が切れるといった容姿の、四十半ばの壮年であった。

 金色の髪を油できっちりと後ろに撫でつけ、切れ長の鋭い瞳を持つ痩せた体格をしている。


 家の内情的な一切は、このレノンが切り盛りをしている。

 政治的な対応から、同じ各サイレン家との交渉、対外的な諸貴族との遣り取りを差配するのも、この執事長の役割である。

 バミュール候の政治的な片腕でもあった。


 一方軍事的な責任者は、いまは兄ジョージイーにつけてある犬狼龍騎槍兵団の騎士長であり、遠縁の従弟でもある、アンティーヌ伯カーゾフである。


「一体なんだと言っているのだ、その者は」

 普段は感情など面に現さない性格なのだが、ここに来ていよいよトールン守護軍と叛乱上洛軍の開戦が間近に迫っており、それが原因で二、三日前からなにかと神経質になっていたのである。


「はあ、それがヴィクターさまのお身に係ることだなどと申しておりまして、どうにも胡散臭い人物です。はっきり申しまして巷のやくざだと思われます、お相手になさらぬ方がよろしいかと存じますが──」


「なに、ヴィクターの──。あいつはこの屋敷内に軟禁してあるのではないのか、一体どうしたことだ。わたしに隠していることがあれば正直に応えよ」

「ははーっ、大変申し訳ございません」

 急にレノンが深々と頭を下げ、謝り出す。


「じ、実は一昨日から若さまはお屋敷には居られません。いつの間にか抜け出してそのまま一度もお帰りにはなっていないのです。八方手を尽くして探しているのですが、一向に行方は知れません」

「なぜすぐにわたしに報告しなかった」

 気色ばんで、フェリップがレノンを叱責する。



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