第二章 草原の戦い 1-5
それから一刻半ほど経った頃、とうとうトールン守護軍が最後の突撃を開始した。
黄昏の草原に、傾いた赤い太陽に照らされた聖龍騎士団の大騎士団旗が翻る。
総大将である聖龍騎士団総司令が、出陣した旨を告げる証しであった。
数の上では圧倒的な開きがあり、全滅覚悟の意地の決戦である。
「イアンの奴め動き出したぞ、これで聖龍騎士団は終わりだ」
フライデイが目を見開き叫ぶ。
叛乱上洛軍の諸侯は三方を分厚い布で囲まれ、前面が解放されている天蓋付きの大きな帷幕から戦況を見守っている。
ゆうに三十人は入れる空間である。
椅子や長卓が並べられ、各小卓には葡萄が山盛りに用意されている。
さすがに戦場ということで、食事や酒は見当たらない。
しかし常に小者が冷たいキャリム水を、素焼きの大壺から柄杓で諸侯の杯に注いで廻っている。
中央の大机には詳細な地形図が広げられ、敵味方の陣備えが色分けされた駒で表されている。
「明日からはわれらの鉄血騎士団がサイレン国軍となる、元帥府の総帥はわが家臣バッフェロウ将軍だ」
嬉しそうにペーターセンが顔を綻ばせた。
「しかし減ったとはいえまだかなりの兵が残っているな、一万五千騎ほどだろうか」
「いや、一万七、八千騎はおろう」
フライデイの目算を、ペーターセンが修正する。
「どっちにしろわが方は八万近い大軍勢だ、勝負にはならん」
実に四倍以上の兵数の差がある。
「だが相手は死を覚悟した死兵だ、油断はならんぞ」
「うむ、この帷幕へも馬鹿者が突っ込んで来んとも限らん。前線から頼りになる兵を選り抜き、守りを固めるべきではないか」
フライデイがロンゲルにこの旨を告げると、早速伝令が戦場本陣のヴィンロッドの元へ走った。
いままでのんびりと戦を見物していた高台の帷幕が、急に慌ただしく動き始めた。
たちまち戦場から三千の兵たちが駈けつけ、重厚な守備態勢を形作って行く。
ザンガリオス六勇将のカルロとサムソニオの二将、左舷騎士団からは騎馬将校総帥のケニーズ男爵とヴィンロッドの側近〝風神キンデル〟が三人の将を従え、帷幕の外で待機する。
これがトールン一の侠客クラークスの言った、暗殺隊に巡ってくる機会というものだった。
諸侯を守る為の兵に紛れて、不気味な暗殺者たちも帷幕近くへと忍び寄って行く。
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