第三章 バミュール邸での密議 2-8
「それでも俺たちは兄貴の帰りを待った、でも一年が過ぎても兄貴は戻らない。いくらなんでもこのまま親分なしで組を続けられないとの意見が噴出し、この俺が跡目に選ばれちまった。なん度も固辞したんだが、先代の舎弟頭で南地区の顔役ゼラクルス親分の説得を、俺はとうとう受け入れた。条件はクエンティの兄貴が戻って来るまでの繋ぎという約束をしてな」
「なにも知らなかったんだ、みんながそんな大変な思いをして、わたしの帰りを待っていたなんてな。わたしがトールンに帰って来たのは、更に一年後のことだった」
「兄貴の顔を見るなり、俺は兄貴に手をついて詫びを入れた。勝手に跡目を継いだ経緯を説明し、すぐに盃を直して兄貴に代目をお返しすると言った。しかし兄貴は頑としてそれを受け入れなかった。どうしてもというのなら、自分は組を離れるといって聞かない。しょうがなく俺は兄貴に代貸しになってもらい、実質的な組の差配は兄貴にお任せしたんだ。いってみりゃ俺は雇われ親分といった所だ。だからこんなに気楽に好きなことをさせてもらってる、兄貴には苦労を掛けっぱなしだけどな」
おどけたような口調だ。
「そんなことはありません、親分は立派に先代の跡を継ぎ一家をまとめていなさる。その親分の懐の大きさに、乾分どもも心酔してるんだ。それこそが人の上に立つ人間にとって、一番大事なもんなんですよ。いまもババルディが言ったように、わたしはただ恐れられてるに過ぎない。器の大きさじゃ親分の方が上だ」
「へへ、兄貴からそういわれると俺は本当に嬉しいんだ。俺の憧れの人だからな兄貴は──」
子どものように嬉しそうな顔をしている所からして、心の底からそう思っているのが分かる。
「親分もうその話しは止めましょうや、おいババルディあちこちで喋りまわるんじゃねえぞ。これは知ってる奴だけが知ってりゃいいことだ、周りに吹聴する話しじゃねえ」
「へい、決して人には喋りません。あっしの心の中に留めておきます」
神妙な顔で頷く。
「話しが逸れてしまいましたね若さま、フェリップ、いやお父上はいまなにをしようとしているんだ。なにかを画策しているはずだ、このまま手をこまねいているような男じゃない」
「それなんだ、俺は父がなんとかして状況を打破して、ヒューガン等の陰謀を阻止してくれるもんだとばかり思ってた。しかしそれは間違いだった、父はなんの手も打たずただ伯父のジョージイーが、大公殿下を騙すのを黙認した」
「お父上はなにもしなかったのか? そ、そんなはずはない、あの男がなんの策も取らないなど──」
そんな話しは信じられないとでもいった風に、クエンティは口籠った。
「信じられないのは俺の方だ、あんなに尊敬していた父が、黙って汚い陰謀を見過ごしたことに愕然となった。我慢がならずにある時俺は父に問い質した、なぜ手をこまねいて悪人どもの好きにさせるのか。このままではサイレンという国は滅茶苦茶になってしまう、それは民を不幸にすることではないのか、そう俺は食って掛かった」
「お父上はなんと言われたのだ」
「それを俺が知っているのに初めは大層驚いていた、俺はあの日ジョアンナと二人で、偶然立ち聞きしてしまった胸を話した。すると父は強い口調でこう念を押した」
〝このことは誰にも話すな、一切他言無用。他人に知られればウェッディン家はお終いだ、わたしはいまウェッディン家を守るために必死になっている。お前も一族の無事を思うのなら黙っていろ〟
「そう言われて納得できなかった俺は、父に反発した」
〝父上がそんなお考えなら俺が直接大公殿下にこのことをお知らせする。その結果ウェッディン家が滅ぼうとそれは仕方がない、卑怯者になってまでこの地位に縋りつきたくない〟
「それを聞いた父は俺を殴りつけた、そして冷酷な顔つきで言ったんだ」
〝勝手なことはさせん、お前が感情のまま動けば父も母も、お前やほかの弟妹たち所かジョアンナも、一族の者すべてが処刑されてしまうのだ。わたしにはウェッディン家を守る義務がある、亡き父からいざという時は兄に代わって家を守るように遺言されている。どうしてもというのなら、わたしはお前を殺さねばならん、頼むからこの件には係わるな。もう忘れてなにも知らなかったことにするんだ〟
「そこまで言うと、俺に部屋から出て行くように命じた。俺は父から殺すという言葉が出たのに衝撃を受け、それ以上なにも返すことが出来なくなった。絶望と怒りと哀しみとで腹が立つと同時に、自分の無力さを思い知らされていた。一端の正義感を持っていたつもりだったが、所詮は十八歳になったばかりの、なにもできない子供だったのだ」
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