第二章 草原の戦い 1-4
「そういって頂けるとありがたい、それにどうもさっきから腹の具合がよくなくて困っているのです。どうやら昨夜食した清流ポポル郷名産の「川牡蠣」があたったのかもしれません。好物とはいえ生で食うのはやはり冬になるまで待つべきでした。腹の痛さや胸のつかえが酷く、戦場のことゆえどうしようかと思い悩んでおったのです」
アルファ―が腹の辺りを擦りながら、げっそりと顔を歪める。
「それはいけません、わたしも以前一度あたったことがあるが、牡蠣の食あたりは相当に深刻だ。それに川牡蠣と葡萄の実は取り合わせが最悪です、これ以上口にされてはなりませんぞ」
心配気にリネルガが、アルファーの背中を撫でる。
「そうでしたか、喰い合わせが悪いとも知らずさっきから幾粒も口に入れてしまった」
気分が悪そうなアルファーを気遣い、小者に温かいキャリム水を持って来るようにリネルガが命じる。
「かたじけない、リネルガ殿。・・・うぐうっ、ぐげえっ・・・」
アルファーは苦し気に腹を抱え、咳き込む口を右手で押さえる。
その隙に掌に隠し持っていた小蠅を、ぐっと飲み込む。
「ぐがああーっ」
その途端アルファーの口から、凄い勢いで吐瀉物が放出された。
「大丈夫ですかアルファー殿!」
苦しげに嘔吐する背中を、リネルガが擦る。
「なにを騒いでおる──」
ロンゲルが叫ぶ。
諸侯が一斉に視線を向ける中、連続してアルファーは嘔吐し続ける。
「あっ兄上、アルファー殿が急にご体調を崩され嘔吐されました」
キリウスが情況を伝える。
「なに、アルファーが」
ジョージイーが顔を曇らせる。
「なにやら昨夜川牡蠣を食べられたようで、どうやらそれが悪かったようです。おまけに喰い合わせの悪い葡萄の実まで食されて」
背中を擦りながら、リネルガが説明する。
「時期でもないこんな時に川牡蠣を食うなど、なにを考えておるのか。お前はそんなことも分からぬのか痴れ者が」
ジョージイーは自分の家臣に近づき、冷たくそう罵った。
「も、申し訳ございません・・・」
青白い顔で、アルファーが謝罪する。
「ヒューガン殿をはじめ諸侯がお集りの場で見苦しい姿を見せおって、さっさとここから出て行け。汚物で帷幕を汚すなど言語道断、お前のような迂闊者は目障りじゃ。今後は野陣で待つ家臣たちと一緒に、外に控えておれ」
大人しいジョージイーにしては珍しく、気色ばんで叱責する。
「なにもそんなに叱ることもあるまいジョージイー殿、アルファーよしばらく外の風に当たってゆっくりとせよ。主殿の怒りはわれらでなだめておく、体調が回復したら戻って参れ」
ヒューガンが笑いながら、ねぎらいの言葉を掛ける。
「はっ、もったいないお言葉感謝いたします。ではしばし御免こうむります」
小者に支えられ、アルファーが帷幕から出て行く。
「わが家臣がお見苦しい所をお見せして申し訳ござらん、ご容赦くだされ」
「なあに、好事魔多しと申すではないか。その魔が川牡蠣にあたったくらいで済めばどうと言うことはない。逆にめでたいくらいだ、もうアルファーをお叱りになられぬように」
ペーターセンが笑いながら、ジョージイーをなだめる。
「なんとも面目ない所をお見せした」
一同に頭を下げる。
「いやいや、次期大公となられるお方が、このようなことで頭など下げてくださいますな。どうという話しではございません」
ロンゲルがわざとらしく畏まって見せる。
ヒューガンとロンゲルの視線が交差する。
〝気が弱く頼りない主人に、牡蠣にあたって体調を崩す間抜けな側近。こんな者たちを大公と宰相にしたところでなにも出来はせん。その内リム家同様難癖をつけて、ウェッディン家も取り潰してやろう〟
言葉を交わさずとも二人の心の中には、同じ考えが浮かんでいた。
こうやってアルファーの芝居はまんまと成功し、この場から怪しまれることもなく離れることが出来た。
これでしばらく顔を見せなくても、疑われる心配もない。
アルファ―はリム家の兵が屯する一画まで来ると、人知れず馬を準備させた。
そうしてただ一騎、トールン市内目指して走り去った。
ここヒューリオ高原からトールン市内までは、全力で馬を走らせれば二十小刻あれば到着できる距離であった。
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