第三章 バミュール邸での密議 1-3
クエンティの策はこのヴィクターを盾に、父親であるフェリップと面会し、その伝手で軟禁中のアーディンをどうにか解放できないかというものであった。
「バミュール家の嫡男ヴィクターさまですな、俺はこの辺りを仕切っているクラークスと申します。昨夜はウチの楼で大変なことをしてくれましたね、遊女の足抜けは、この稼業じゃ死んで償わせることになっている」
初対面でクラークスは、ずばりそう斬り込んだ。
「殺すなら殺すがいい、こんな腐った世の中など生きておっても楽しいことなどなにもない。ファンティーヌと添い遂げられぬのならば未練はない、一寸刻みだろうが、八つ裂きだろうが好きにしろ。さっさと殺せ」
ヴィクターは覚悟を決めているらしく、堂々とクラークスを睨み付けている。
「若さま、そんなことおっしゃっちゃいけません。素直に訊かれたことに答えて下さいまし、若さまが死んじまったら、あたしも生きちゃいられやしません」
ファンティーヌが身を崩し、さめざめと泣き始める。
「こりゃあ聞いた通り威勢のいい御曹司だ、気に入ったねえ。しかし死ぬのは貴方だけじゃあござんせんよ、ご一緒だったお友達方も同罪だ。すでにチュウーイとかいう小僧は、普通に生きるにはちと不自由な身体になってる」
非情なクラークスの言葉を聞いて、ヴィクターの顔から血の気が引いて行く。
「一体チュウーイになにをした。ほかの者には手を出すな、すべて俺がやらせたことだ。頼むから乱暴はしないでくれ」
「そんな都合のいい話しは通りませんぜ。貴方さま同様みんな死んでもらう。俺たちの世界を甘く見てたようだね、いまさら後悔しても遅いんだよ」
「そんな真似をしてただで済むと思ってるのか、あの三人は皆それなりの家柄の子弟だ。それが殺されたとなれば、一族も役人も黙ってはいないぞ」
強がるヴィクターをあざ笑うように、ババルディがニタニタしながら匕首を抜いて、刃をぺろりと舐める。
「それがねえ若さま、死体がどこからも見つからなきゃ、単なる行方不明でことは落ち着くんですよ。あんた方は普段から素行が悪いから、姿がしばらく見えなくても誰もなんとも思いやしねえ。俺たちも役所にゃ、あんたらが遊女を足抜けさせて、どうやらそのまま駆け落ちしたらしいと、こちらから届けを出すつもりだ。そうすりゃこっちは被害者だ、役人の詮議も受けなくて済むし、その内親御さんたちも諦めるしかなくなるだろうよ」
「そ、そんな――――」
うすら笑いを浮かべたババルディの、いかにもといった悪党面が、その言葉の真実味を増している。
「お願いです親分、あたしをどうとでもして頂いて構いません。どうか若さまとご友人方の命だけはご勘弁下さいまし」
必死な眼差しで泣きながらクラークスに頼み込むファンティーヌを、ババルディが蹴り飛ばす。
「黙ってろ売女。お前えのことなんざ、当にどうするかは決まってるんだよ」
綺麗な泣き顔に唾を吐きかけながら、クエンティに目配せする。
「いいかい若さま、いまババルディが言ったように、このファンティーヌもこれから地獄の責めに掛ける、死んだほうがましだと思えるほどのね。折檻が終わった時分には、もう正気じゃいられなくなっちまってるかもしれねえな。この可愛らしい顔や雪のように白い身体中に、毒々しい絵柄の墨や焼き印を入れて、一生外せない淫猥な鉄輪をいたる所に嵌め込む。そして最下層の淫売に堕として、沿海州か極北の淫魔窟にでも売り飛ばすつもりだ。暗黒大陸に家畜奴隷として売るのもいいな、白い肌の女はあそこじゃ高く売れるからな。あと半年も我慢してりゃ年季も明けて、晴れて自由の身になれたってえのに馬鹿な女だ。なんの因果かこんな男に惚れたばかりにな」
「や、やめてくれ。ファンティーヌにそんな酷いことをするのはやめてくれ、俺の身はどうなってもいい。なんでもするから、他の者たちは助けてやってくれ、頼む」
そう叫びながら、ぽろぽろと涙を流し始める。
「あたしはどうなっても構いません、覚悟は出来ています。若さまにだけは酷いことをしないで」
健気にファンティーヌが、クラークスの足元に縋りつく。
「言ってくれ、俺はどうすればいい。どうすればファンティーヌを助けてくれるんだ」
やはり世間知らずの御曹司である、クラークスの脅しに一発で引っ掛かった。
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