第三章 バミュール邸での密議 1-1
ヒューリオ会戦の二日前、トールン市内のオルオロウ通りにあるクラークス一家へ、代貸しのクエンティが妙な話しを持ち込んでいた。
「親分、ウチでやらしてる遊郭で昨夜足抜き騒ぎが起きましてね、そのことでお耳に入れて相談したいことがあります」
「なんでえ、足抜きなんざしょっちゅうある話しじゃねえか。代貸しのお前が係わる程のもんじゃねえだろ、若いもんに任せとけよ。あんまり女を痛めつけるんじゃねえぞ、俺は女にゃ優しいんだ」
「親分は人が良いって言うか、甘いと言うか。それじゃ示しが付きませんぜ」
乾分のババルディが嘴を挟む。
「うるせえ、俺にゃ俺のやり方があるんだ。ウチの縄張内じゃ女への過度な折檻は許さねえ、せいぜい二、三日部屋に閉じ込めて、飯抜きくらいで十分だ。それにいまは、俺もお前もそんな些事にかまけてる暇はねえんだよ」
クラークスが面倒臭そうに返事をする。
いまクラークスは、兄弟分である聖龍騎士団総司令のイアンに加勢するために、トールン中のやくざ者に声を掛け大忙しの最中であった。
「へい、しかしねえ親分、それに関係してる奴の中にウェッディン家の分家である、バミュール侯爵家の若さまが混じってると言ったらどうなさいますんで」
「なにぃ、バミュール家の若さまだと──」
クラークスの顔色が一変した。
「その話しに間違えはないんだろうな」
「わたしの知り合いの宮廷付きの放蕩貴族に面通しして確認済みです。バミュール侯爵家の嫡男ヴィクター本人で間違いありません」
「よし会ってみよう、ここへ連れてこい」
「いや、外を連れ歩くのは危険です、どこで誰の目につくか分かりません。『雪暉楼』の地下にある折檻部屋にぶち込んでますんで、親分がこちらに居らっしゃってください」
「分かったすぐに行こう」
クラークスは懐刀のババルディを伴って、クエンティが経営する雪暉楼へと向かった。
行きがけにクエンティから聞いた話しだと、楼でも一番の売れっ子の〝ファンティーヌ〟に、一旬ほど前から入れ揚げたヴィクターは、互いに夫婦になる約束をしたらしい。
このヴィクターと言うのが、大公家一族の御曹司でありながら、どこか悪げな雰囲気のするいい男で、遊女の方もすっかりその気になっちまったらしい。
ファンティーヌは二十歳、ヴィクターはまだ成人の儀を済ませたばかりの十八歳だという。
遊郭から女を身請けする金を父親にねだったが、案の定あっさりと断られた挙句に二度と逢うことも禁止され、館に軟禁されてしまったのだという。
親としては当然の処置だろう。
監視の目を盗んで館を抜け出したヴィクターは、貴族の遊び仲間に声を掛け足抜けを考え出し、昨夜実行しようとした所を、運悪く楼の者に見つかってしまったということだった。
この企みにはなにやらヴィクターに恩義があるらしい、流れ者の遊び人のチュウーイというチンピラが一枚噛んでおり、あとは悪仲間の貴族の子弟三人が一緒に捕まった。
雪暉楼の地下にある折檻部屋は四つあり、その一部屋にファンティーヌと事件の当人であるらしい青年を押し込め、まずは一体どこの誰かということを問い詰める。
素性を訊いたが口を割らない。
殺すなら殺せと威勢のいいことを言うばかりで、どうにも手が付けられない。
身なりや言葉遣いの端々から、どうやら貴族の子息たちだということは分かるが、一向に氏素性は喋ろうとはしなった。
遊女であるファンティーヌに訊いても、さる大身の貴族の息子だとは聞かされているが、詳しい素性は知らないらしい。
名前もヴィックと名乗っただけで、本当の氏名は知らなかった。
別部屋の仲間である三人の若者も、高を括っているのか白状する気配がない。
そこで見せしめに、一緒に捕まえたチュウーイを痛めつけた。
齢はまだ十六、七歳にしか見えない。
産まれ落ちた時から親を知らず、南部の都市サーラムズで地回りのコロネーズ一家に入ったが、半年ほど前に親分に黙って飛び出して、トールンへ流れて来たらしい。
見せしめのために、まずは左耳を削いだ。
「ぐぐうーっ」
小さく呻き声を上げただけで、泣き叫びもしない。
「へへへ、その耳は捨てずに取っといてくれ。勿体ねえから後で焼いて食うからよ」
だらだらと血を滴らせ、笑いながら減らず口を叩く。
「いい度胸だ、じゃあもっと行くぜ」
耳に続いて手足の指を、植木用の鋏で四、五本切り取る。
通常であれば親分クラークスからの言いつけで、素人相手にあまり手荒なことはしないのだが、相手が同業のチンピラとなるとそうはいかないらしく、楼の若い衆はなんの躊躇いもなく指を落としてゆく。
「けへへ、どうせ三月前に無くしてた命だ、若さまが口を閉じてる内はなにをやられようが一言だって喋らねえ。恩義ある若さま方のためだ、好きにしやがれ」
椅子に縛り付けられているチュウーイは、青白い顔に妙な汗を浮かべながらも啖呵を切る。
削がれた左耳の痕から流れ出る血で、顔半分が真っ赤に染まっている。
「ほほう、なかなか気合が入ってるじゃねえか。次は目ん玉を抉り出してやるよ、右がいいかい、それとも左にしようか」
金属の匙を取り出し、チュウーイの頭を押さえつける。
片目を抉る寸前まで来た時に、仲間の一人が泣きながら喋り出した。
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