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第二章 草原の戦い 4-10



 一応緊急時に対する備えとして、近衛騎士団と同じく一昨日から兵を集めてはいるものの、主人の命がないいまは、ただ黙って静観しているしかなかった。

 時々入って来る斥候の報告でトールン軍が劣勢なのを知り、居ても立ってもいられない気持ちで苛々と側近に当たり散らしていた。


「こんな時になんで大公殿下はお姿をお見せにならんのだ。おかしいではないか、一体なにがどうなっているのだ」

「このままではイアン殿たちは敗れてしまいますぞ、そうすれば上洛軍の将兵どもが官軍を名乗り、意気揚々とトールン市内に乗り込んでまいりましょう。今宵からトールンも星光宮もきゃつらの思うがままです、今後サイレンはどうなってしまうのか見当もつきません」

 副官のフェッセンが右拳で自分の腿を強く叩く。


「ううぬっ、叛逆者のくせに──」

 口惜し気にクライシェスは唇を噛む。


〝オリヴァーは無事だろうか〟

 彼の脳裏に義兄であり親友でもある、オリヴァーの雅な佇まいが浮かんだ。


 そこへリム家の家宰ユーリンゲル・フォン=ヴァイデル侯爵が姿を見せた。

 リム・サイレン家を牽引する両輪が、いまここに揃っているクライシェスとユーリンゲルだった。

 ライダー家は武を、ヴァイデル家は文を担っている。


 ユーリンゲルはざわざわとしている兵たちを一通り眺め回すと、両手を広げて落ち着かせた後に大声で宣言する。


「みな待たせたな、これよりヒューリオ高原へ出陣する。これは大公殿下のお下知である、ぐずぐずしている時間はない総員すぐに駈け出せ」

「して敵はどっちだ、ユーリンゲル?」

 クライシェス将軍が身を乗り出して訊く。


「問わずとも決まっておるではないか、敵は叛乱軍だ! われらは官軍だ、賊どもを征伐する」


〝応―っ!〟


 流星騎士団の将兵たちが一斉に歓声を挙げた。


「出陣、出陣じゃあ」

「トールン軍を助けろっ」

「賊徒どもを一掃しろ」

「聖龍騎士団は壊滅寸前ということだ、その前にわれらの力でお助けするぞ」

「星光宮に弓引く者どもに、流星騎士団の力を思い知らせよ。数こそ少ないがわれらは官軍、敵は賊軍だ。大公軍の出陣だ遅れるな、進め進めーッ」


 口々に叫びながら、騎馬が次々に駆け出して行く。

 歩兵も負けじと、全力で後に続き走り出す。


 薄暮のトールン市内とは違い、流星騎士団が目指す西に位置するヒューリオ高原は、まだ没し掛けの夕陽の光で真っ赤に染まり、茜色の草原が大海の波のようにさわさわと揺れて見えた。



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