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第二章 草原の戦い 4-8



「な、なんだこいつらは?」

「敵兵だ、敵が後ろから突っ込んで来たぞ」

「騙し討ちだー、イアンさまをお守りしろ。取り乱さずイアンさまの周りに人を集めろ」


 将軍たちの一騎打ちを固唾を飲んで見守っていた兵たちは、まったくの無防備な背後から襲われ、大混乱に陥っていた。


「バッフェロウーッ! これがお前の遣り口か。騙し討ちとは卑怯な、お前を信じたこのクルーズが馬鹿だった。同じサイレン人の癖にここまで汚い手を使うとは、犬畜生にも劣るやつだ」

 クルーズが憤怒の表情で、バッフェロウを睨む。


「ち、違う、わたしはこのようなことは命じてはおらん──」

 なにが起きているのか理解できないバッフェロウは、馬上で呆然としている。


「バッフェロウ殿、われわれの勝負もこれまででござる。後はこちらが滅ぶか、あなた方が滅ぶかしか決着(けり)をつける術はない。とことんやり合うまでだ。言っておくぞ、このような真似をされたからには、われらは例え最後の一人になろうと闘うことは止めん。全滅するまで意地を貫き通す」

 オリヴァーはそう言うと、バッフェロウの返事も待たずに自陣へと馬を駈けさせる。


「所詮は叛乱軍だ、武人の魂など持ち合わせちゃいなかったようだな。勝つことがそんなに大事かい、失望したぜあんたにゃ男としての矜持はなかったのかい。英雄とまで謳われる大将軍の言うことだからと、無暗に信じちまった俺が甘かった。いくら腕が立とうが、やることがこれじゃ俺たちのアームフェルの足元にも及ばねえよあんたは。あいつこそが男の中の男だった、絶対に卑怯な真似なんかしやしなかった。あいつがここに居たら、とうにその首は胴を離れていただろうさ。今宵は勝利の美酒に酔い痴れるがいい、糞に塗れた汚ねえ叛逆者どもめ。おれは義に生き、誰に恥じることなく潔く死んでやるよ」


 激しい言葉をぶつけると、クルーズは地に唾を吐きバッフェロウから背を向け、自陣を振り向いた。


 その眼差しの先には(まさかり)を振り上げ、イアンへ襲い掛かろうとしている重武装歩兵の姿があった。


〝勢いっ〟


 クルーズが放った聖グリフォンが轟音を立てながら、一直線に重武装歩兵の胴を貫いた。


「いま参りますぞ、イアンさま」

 猪首を震わせ大斧を振りかざしながら、乱戦の中に駈け入って行く。


「・・・・・」

 バッフェロウはその後姿を、忸怩たる思いで見送る。


「これはなんたることか、誰が勝手に攻撃を仕掛けたのだ? 誰かわたしに報告しろ!」

 彼には珍しく部下へ大声で怒鳴る。


「はっ、どうやらヴィンロッドさまのご舎弟殿が、一存で兵をお動かされたようでございます」

「なにい? ウル―ザめが余計なことを。なんと馬鹿な真似をしてくれたのだ、これでトールン軍は最後の一兵になるまで退きはせんようになってしまった。なんのための一騎打ちだったのだ・・・、一万、いや悪くすれば二万の人命が失われる。夜半になっても戦は終わるまい、この先は互いに死人の山が出来ようぞ。なんと愚かなことを──」


 戦場は完全に黄昏に包まれ、赤々と空を焦がす夕陽はその半ばを大地に沈めかけていた。



 その頃公都トールンでは、大変な事態が起きようとしていた。

 総数三万五千といわれている『近衛騎士団』が、動きを見せる気配が漂い出したのだ。


 トールン守護軍と叛乱上洛軍(自らは叛乱軍などと言う名称は使わず『サイレン公家連合軍』と称していた)が、トールン市内の目と鼻の先であるヒューリオ高原で会戦するのを踏まえ、いつなん時にでも不測の事態に対応できるように、二日前から星光宮内大広場とその周辺に、全将兵を待機させていた。


 大公の直命もなく近衛騎士団全兵力が参集するなど、サイレンの歴史において初めての事態であった。


 すべては近衛騎士団の前総帥であり大公付き武官長である、元老ホーフェン・ルイズ=ザルバザード伯爵の独断でなされていた。

 この仕儀は騒動が収まった後には、自分一人が全責任を負い自決する覚悟を持った行動だった。


 大公からの命のないこの参集は、武断を嫌う一部重臣を始め上洛軍寄りの諸侯からの批判はあったが、大公が姿を見せずその指示が一切ない現状としては、それも致し方ないと容認された。

 それ程に此度の事態は異常なことなのである。


 近衛騎士団総帥オーガデル・グクルス=リッテンドルギュ伯爵を始め、近衛団七将はみなトールン出身の中央貴族の子弟ばかりで、トールン守護軍である聖龍騎士団の劣勢を聞き、いますぐにも飛び出して行きたい心で一杯となっている。


 しかし現在は大公アーディンの不介入宣言により、どちらの陣にも属さず中立の立場を保っていた。

 大公の命令のない行動は一切出来ないし、しないのが近衛騎士団である。

 命令系統はたただ一つ、大公の直命のみなのである。


 サイレンやトールンのためではなく、大公個人のために存在するのがこの騎士団の特徴だ。

 だが大多数の近衛軍将兵の心情は、聖龍騎士団の側にあった。


 その近衛騎士団が、俄かに動きを見せ始めたのである。

 総帥オーガデルと副官である第一師団長サレウスが、ホーフェン伯の急な呼び出しで星光宮内へと入って行ったのだ。


 それを聞いた者たちからは〝すわ出陣か〟という声が囁かれ出した。



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