第二章 草原の戦い 4-7
いよいよ将軍同士の一騎打ちは、バッフェロウとクルーズの勝負のみに絞られた。
「シュベルタ―が敗れたか──」
驚愕したように、バッフェロウの顔が強張った。
「他人の心配をしている時じゃないだろ、今度は貴殿が死ぬ番だ」
クルーズが厳つい猪首に乗っかっている顔に、不敵な笑みを浮かべる。
「やれやれお前を屠った後に、もう一人やらねばイアン殿には届かぬようだな。ならば早いこと始めよう、もう直に陽が沈んでしまう」
バッフェロウはチラリとオリヴァーを見ると、日没寸前の天を仰ぎ溜息を吐く。
「あっ、そうだお前ら二人同時に掛かってこないか。その方が早く決着がつく」
バッフェロウが、驚くべき提案をして来る。
「な、なんだと! この俺とオリヴァーを同時に相手にするというのか。一体その余裕はどこから来る、自殺するようなものだぞ」
クルーズが呆れたように目の前の〝サイレンの英雄〟を見詰める。
「いいからそうしろ、わたしは一向に構わん」
いとも簡単にそう言う相手に対して、オリヴァーが応える。
「わかりました、貴方が死を選ばれるというのでしたら与えてあげましょう。後で卑怯だなんだと泣き言はなしですよ、バッフェロウ将軍」
「よし話は決まった、さっさと掛かって来るがいい。時間が勿体ない」
「言わせておけば、大口を叩いて後悔するなよ」
クルーズが馬を寄せて、大鉾〝大蛇丸〟の猛攻を仕掛ける。
それをバッフェロウは軽々と〝魔槍・エル・ソロス〟で受け止める。
「脇が甘いぞクルーズ殿、もそっと腰を入れねばせっかくの力が鉾先にまで伝わらん」
まるで弟子に武芸の指南でもするように、笑いながら対応している。
そこへオリヴァーが〝冥槍ロッドゲヌス〟を突き入れる。
「おう、さすがはシュベルタ―を斃した槍だ鋭いな」
ここに来てやっと、バッフェロウの表情が真剣味を帯びて来る。
二人がかりの攻撃を見事に躱しながら、逆に相手を追い詰めて行く。
クルーズもオリヴァーも掠り傷ではあるが、なん箇所か手傷を追っているが、バッフェロウはまったくの無傷である。
「こやつ化け物か、俺たち二人がかりで手こずるとは・・・」
クルーズはバッフェロウの強さを実感して、背中に冷や汗を掻いていた。
「ここにアームフェルがおってくれればなんとかしてくれたかもしれんが、われらではこれが精一杯だ。持久戦に持ち込み疲れた所をどうにかするしかあるまい」
オリヴァーがクルーズに目配せをする。
「その前にちょっとでも気を抜けば、先にやられそうだ。英雄の名は伊達じゃなかったな」
一進一退の攻防を繰り返しながらも、まずはクルーズの息が上がり始める。
「どうしたクルーズ、もう苦しいようだな。そのような腕でイアン殿の旗本隊が務まるとは、聖龍騎士団もたかが知れておるな」
バッフェロウが見下したように笑いながら、槍を繰り出す。
「黙れい、俺を侮るなよ!」
クルーズはそう言うと手にしていた大蛇丸をバッフェロウ目掛けて投げつけた。
〝ぶうぅんっ〟
風を切って大鉾が飛んでくる。
〝がぎいんっ〟
エル・ソロスの柄の部分で上方に跳ね上げて躱す。
さすがのバッフェロウも、その衝撃で手に微かな痺れが残った。
そこへ背中に担いでいた巨斧〝阿修羅〟を手にしたクルーズが、わが身ごと飛びこん行く。
〝轟ッ〟
周囲に風を巻上げながら、大斧がバッフェロウの頸を襲う。
〝ガツン〟
この攻撃はさすがに完全には避け切れず、兜の角を斧の先端が掠めた。
〝ばっっ〟
バッフェロウの兜が宙高く吹き飛ぶ。
〝ざずっ〟
すかさずオリヴァーの突き出したリムゲイルが、左腿に突き刺さった。
「うむっ!」
バッフェロウは左腿を一瞥したが、顔色一つ変えず逆にオリヴァーへエル・ソロスを繰り出す。
槍は〝さくり〟とオリヴァーの脇腹を軽く抉る。
身体ごと突っ込んだクルーズは、そのまま姿勢を崩し馬から転げ落ちた。
落馬しながらも身軽に回転し立ち上がると、大斧を水平に構え直しバッフェロウ目掛けて走った。
どうやらバッフェロウの乗っている馬の脚を、斧で叩き切るつもりらしい。
「オリヴァー、こやつが落馬したら俺がそのまま組み付く。俺の身体ごと槍で突け、遠慮はいらん」
「承知した」
オリヴァーが馬首を巡らし、狙いを定める。
走り寄ったクルーズの斧が、大木を伐採するように後方へ引き絞られた。
〝吧ッ〟
次の瞬間、バッフェロウの愛馬がクルーズを蹴り上げた。
咄嗟に斧を持つ手で顔面を防御したが、馬の脚力には敵うはずもなく大きな身体は木の葉のように空に舞い上がり、手から斧が吹き飛ぶ。
クルーズは地に落ちると、勢いをつけてゴロゴロと転がってしまった。
「馬の脚を狙うとは中々に小狡いな、報いを受けよ突き殺してやろう」
なんとか片膝立ちになって立ち上がろうとするクルーズを見降ろしながら、バッフェロウが冷たく云言い放つ。
「危ないクルーズ、これを使え」
いままでただ見守っていたイアンが、手にしていた伝家の名槍〝聖グリフォン〟を投げた。
〝ざくっ〟
彼は目の前に突き刺さった槍に飛びついて引き抜くと、振り降ろされて来る穂先を間一髪で払い除ける。
その時トールン軍の後方からざわめきが起こった。
「掛かれ―っ、一気に敵総大将イアンの首を取るのだ」
ただならぬ怒声が沸き起こった。
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