第二章 草原の戦い 4-2
「おい、お前ら見掛けぬ顔だな。どこの隊の所属だ、上官の氏名役職と出身地を答えろ」
不審な気配を察知し、キャリム水の大壺を交換に来た兵卒に声を掛けたのは、ワルキュリアの〝風神キンデル〟麾下の〝烈風のピューウィー〟だった。
「は? わたくし共になにか粗相がございましたでしょうか。ただ壺を交換しに参っただけでございます、ご無礼がございましたら謝ります、どうかご勘弁くださいませ」
二人の小者がその場に頭をこすりつけ、ぺこぺこと土下座をする。
「土下座など求めてはおらん、所属先と上官名、出身地をさっさと答えろ」
そう詰問するピューウィーの問いに応えず、二人はただただ頭を下げ続ける。
その時外が騒がしくなった。
「おい、兵が二名殺されているぞ。なに者かが侵入したようだ、警戒を強めろなん人たりと帷幕付近には近づけるでないぞ」
「曲者が紛れ込んでいる、味方であろうと安易に殿さま方に近づけるな」
朝から眼下の戦場とは違って、平穏な時間が流れていたこの場が急に慌ただしく騒ぎ出した。
「なにがあった、報告せよ」
ホワイティン男爵が声を上げる。
「はっ、帷幕の裏手の草むらにて胴丸をはぎ取られた、小者の死体が二つ見つかりました。どうやら曲者が近くに侵入しておるようです。今後は味方であろうがここへは近づけさせませんが、どうか皆さま方もお気を付け下さいませ」
朝から警護に当たっている、カーラム家の家人が告げる。
それを聞いた一同の目が、土下座をしている者たちの上に注がれる。
「うぬらの仕業か」
ピューウィーが腰の剣を引き抜きざま、小者の一人を一刀の下に切り伏せた。
その瞬間もう一人が懐から小刀を引き抜き、ヒューガン目掛けて放った。
〝キュイン〟
その小刀は空しく宙に弾き返された。
甲冑姿の華奢な容姿の騎士が、太刀を提げてヒューガンの前に立っている。
同じくキンデル子飼いの〝疾風のコラン〟であった。
小者は辺りにある小卓を蹴り上げ目眩まし替わりにすると、転がりながら素早く帷幕外へと逃れ出る。
しかしそこにいたのは、細身の剣を構えた奇妙な格好をした小柄な男だった。
男は盲目なのであろうか、目を瞑っている。
小者は疾り抜けざまに、男の喉笛を切り裂こうとした。
〝すたんっ!〟
男が手にしていた細い剣を逆手に引き抜き一閃させると、小者の首が〝ぽとり〟と転がった。
首を失った小物の首から、鮮血が噴水のように溢れ出る。
「相変わらず鮮やかなものだな、目が見えんとは思えぬ見事な腕だ」
にこやかな顔で〝旋風のシン〟を褒めたのは彼らの主人キンデル男爵だった。
「大殿、曲者は始末致しました、ご安心ください」
「おお、さすがは風神キンデル、頼み甲斐のある者どもだ。後で褒美を摂らせるゆえ楽しみにしておれ。それとこの汚らしい死体を早くどうにかせよ、目障りだ」
フライデイは胸をなでおろしながら、死体から目を逸らす。
「恐らくはこの壺のキャリム水には毒が仕込んであると思われる、急ぎ外へ持ち出しうち捨てよ」
キンデルが兵卒に命じる。
それと同時に、帷幕内の小卓に並べられている葡萄や果物の山も持ち去らせた。
「みなさま方、今後は一切飲み物にも食べ物にも口をお付けにならないように。あと少しで戦も終わりますから、しばらくは我慢くださいますように」
「相分かった、其の方たちも警戒を幾重にも固め、怪しきものがおればすぐに切り捨てよ。なに間違って罪なき者を殺めても構わん、とにかく不審者は徹底的に排除せよ」
ロンゲルが強い口調でキンデルに命を下す。
「はっ、お下知のままに」
〝ちっ、自分たちのことだけか──〟
内心うんざりとしながらも、なに食わぬ表情でキンデルは頭を下げる。
いまし方殺された曲者は、クラークスが送り込んだ暗殺者に違いない。
毒を仕込んだキャリム水で、一度に毒殺しようと企んだのだろう。
しかし真に恐ろしい暗殺者、いや狂った殺人鬼が帷幕近くに侵入していることまでは気付くものは誰もいなかった。
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