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第二章 草原の戦い 2-8




 その場に残っていたシュベルタ―が無精髭の顔をニタニタさせながら、ふらふらとヴィンロッドに近づき耳元でぼそりと言った。


「ガームの野郎を殺したな、もう二度とあんなことはするな。あいつはいい男だった、お前の嫌いな馬鹿正直な俺と同じ郷士風情だったがな。いいか、兵を冷酷に扱うな。今度やりやがったら俺がお前を殺すぞ、弱虫ヴィンロッドくん」


「・・・・・」


それだけ言うと背を向けて、また酒の壺を傾ける。


「シュベルタ―、なにか勘違いしているようだな。わたしはそんなことは──」

 振り向いたシュベルタ―が鉄扇を突き出し、ヴィンロッドを睨み据えた。


「俺に嘘は通用しない、お前の肚の中ならなんでも分かっている。済んだことはしょうがない、今回は大目に見てやる。だからいい訳せずに、二度と同じことをするなと言ってるんだよ。それにな、弟のウル―ザとは縁を切れ、お前のためにならん。俺はあいつの顔を見るだけで虫唾が走る、お前がそうせねば、いつか俺があの下衆野郎を殺っちまうかもしれんぞ」


「わ、分かった、すまなかった・・・」

「お前とは長い付き合いだ、エノーヴァン郷の貧乏貴族の嫡男と、地元郷士の三男だった頃からのな。だから俺の手でお前を殺させたりしねえで欲しいんだ。ガキの頃を思い出せ、あの頃の気の優しい思いやりのあるお前が俺は大好きだった。だからここまでお前を助けて来たんだ、この頃のお前はどうかしているぞ。権力に近づくと人はそんなにも変わっちまうものなのか、俺を失望させないでくれヴィンロッド」


「ごめんよシュベ、ぼくが悪かった。だから見捨てないでくれ、ウル―ザは遠ざける。ぼくはきみだけが頼りなんだ、たった二人だけの友達じゃないか」

 普段は冷静で無表情なヴィンロッドの顔が、まるで気弱な少年の泣き顔のようになっている。


「友達か、いい言葉だな。俺もいつまでも友達でいたいよ、いつまでもな・・・」

 どこか寂しげに笑いながら、彼は歩き出す。


 彼には分かっていた、この先ふたりの心が昔のようにひとつになることは永遠に来ないと。

 自分が友を殺すか、相手が自分を殺すか。

 どちらにしろ愛憎の深さ故、そうならざるを得ない未来がやがて来ることは確実だった。


 シュベルタ―の脳裏に、気の弱い貧乏貴族の小倅の姿が浮かんだ。

〝ねえ、シュベルタ―、ぼくたち友達だよね〟

 そういって笑いかける、優し気な瞳を持つ少年がそこにはいた。


 郷の悪ガキに虐められて、頬が涙で濡れている。

 あの日、そんな弱虫の少年を悪ガキたちから助けたのが、ここいら一帯を領する郷士の息子シュベルタ―だった。

 その時から二人は、身分を越えた親友になった。


〝ああ、いつまでも友達さ〟

 頭の中の少年に、彼はそっと呟いた。


〝ガシャンッ〟


 シュベルタ―は手に持っていた壺を地面に叩きつける。

 残っていた酒が飛び散り、素焼きの壺が粉々に砕けた。

 それまでの呆けたような表情を一変させ、控えている三将軍に向かって声を掛ける。


「お前らこれから一仕事だ、たぶん相手は敵の副将オリヴァーと各大隊指令になる。気を入れとかねえと反対にやられちまうぞ。これに片をつけりゃ、俺たちのご主人さまは晴れて大貴族となり、星光宮の宮廷人の仲間入りだ。俺たちの力で出世させてやろうじゃねえか」

 残されたヴィンロッドは、その言葉を聞いて嬉しそうにシュベルタ―の後姿を見送った。


「へへ、やっと俺たちの出番が来ましたね大将。いままで黙って見ているだけだったんで、いい加減むずむずしてたんですよ」

 三将筆頭の〝霹靂のゴード〟が髭面を震わせて嬉しそうに言う。


「大将のお相手がオリヴァーとなりゃ、俺の相手は誰になるのかな」

「そうだな、お前は第七大隊のペトロッティ辺りだろうな。オリヴァーの副官〝黑豹ゼットラム〟はわたしが相手する」


 ゴードにそういったのは〝雷光のヴォン〟だった。

 銀色の甲冑を小粋に身につけ、見るからに精悍そうな顔付きをしている。


「お前でゼットラムに勝てるのか、二年前のトールン御前槍試合では敗けちまってるだろ。あれが真槍だったら死んでるぞ」

 美しく整えた口髭を撫でながら〝閃光のフォース〟が口を挟む。


「あの時は油断していた、たかがトールンの見掛けだけの貴族武者だと高を括っていたんだ。今度は絶対に敗けん、一突きで勝負をつけてやる」

 悔し気にヴォンが顔を歪める。


「あの時に最後まで勝ち残ったのは、アームフェル殿だったな」

「ああ、圧倒的な強さだった。相手の殉国騎士団のフェルキッド将軍も危なげない強さで勝ち昇って来たが、まったく相手にもならなかった」


「トールンにも、あんなに凄い武人がいたと初めて知らされた」

「おまけに、公立学問院では歴代一といわれる程の秀才だったらしい。人格も温厚で寛大、誰にでも優しく文武両道の、非の打ち所のない人物とは正しく奴のためにある言葉だ。ゆくゆくは〝サイレンの守護神〟とも呼ばれる人間になったであろうに」


「しかしもうアームフェル殿はこの世にはおらん、戦とは残酷で儚いものだ。あれほどの武人が全身に矢を受け一瞬で死んでしまうとは。それを為したテンペルスは討たれ、長弓隊もすでに全滅した。一寸先の運命などどうなるか分からんものだ」


「なにを感傷的になっているゴード、そんなことでは今度は自分がやられてしまうぞ。戦場で優しさや哀れみは無用、ただ目の前の人間を斃す。その本能だけが生き残る糧だ、弱気は禁物だ。そんな気持ちじゃ戦の女神から見放されてしまうぞ」


 フォースが大きなゴードの背中を思いっきり叩いた。




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