第二章 草原の戦い 2-4
「お館、イアンさまがとうとう出陣なさいましたぞ。われらはどうするのですか、このまま動かなければ、やがて敵に囲まれなにもできずに全滅してしまいます。動くならばいまです、退くのであればそれもいまです。一体どうされるお積もりなのです」
主にそう提言したのはウィルムヘルの副官、ポッピリス城主のゴラムス・エルド=メントレイであった。
「分かっている、しかしいまはこのままここでじっとしているんだ。奇蹟を待ち、われらは山のように動かん。お前たちもわたしを信じて我慢してくれ」
微動だにせずウィルムヘルが言う。
「なにかお考えがおありなのですか、先ほどクラークス殿と会われてから、お館はどこかおかしいですぞ。策があるのならばお聞かせください」
ユンガー騎士団大騎士長のテムーゼン・オーグ=コーディース将軍が、大きな目を鋭く細めながら主に詰め寄る。
ウィルムヘルはしばらく目を瞑って、なにごとか思案していた。
「うむ、お前たちには言っておこう。クラークスの手の者が、星光宮の大公殿下を軟禁状態から解放しようと策を巡らしておる。それが成れば大公不介入を撤回して頂き、近衛騎士団を一気に動かす手筈になっている。それまでわが陣営を完全崩壊させてはならんのだ、われらが壊滅していては近衛騎士団は戦場には来ん。たとええわれらだけになろうと、戦線は維持しなければならん」
思いも掛けぬ主の言葉に、居並ぶ家臣たちは一様に驚愕している。
「お館さま、それは確実な話しでございましょうか。その企ては成りましょうか、それともただの賭けなのでしょうか。お館さまの心底をお聞かせください」
ユンガー地方のザザール郡、ヴェール郡、ウェッツ郷に勢力を誇る、大郷士のサキュルス・ホーフェン=ドロイドンがみなを代表するように訊いて来た。
「未だ確証もなにもない賭けだ。しかしわたしはこの賭けに乗ったのだ、クラークスを信じたのだ。先に戦場を離脱した諸侯にも、敵の目の届かぬ場所まで退いたら、日没まではそこで待っていて下さるように要請いたした。だからわがユンガー騎士団は最後の最後までここに残る」
「陽が落ちても、なにも起きぬ時はどうされるのです」
ゴラムスの声は落ち着いている。
「その時は、敵陣中央を突っ切り戦場を離脱し、国許ユンガー目指して撤退する」
「なんと申されました、敵中央を突っ切ると──」
テムーゼンが唖然とした表情になる。
「どうせこそこそ逃げても追撃を受けるだけだ、ならばわがユンガーの意地と力を見せつけながら堂々と撤退する。われらは故郷を出立する際に、ユンガー宗家とは縁を切ってきたはずだ。いまやわたしはユンガー家の当主ではない。ただの地方貴族ウィルムヘル・ツァーブ=ユンガー侯爵だ。これ以上に失うものなどない、だがこの燃える矜持だけは失いたくないのだ。みな、わたしの我儘に付き合ってくれんか。もし気持ちを異にする者がおればすぐに戦場から去るがいい、いまならば敵も追っては来ぬだろう」
「くかかかかっ! 面白い、俺はお館さまに最後まで着いて行くぞ。死ぬも生きるもお館さまと一緒にと、国を出てここまでやって来たのだ。いまさら逃げ出すなど思いもよらん、他の将兵もきっとそうだろうぜ」
テムーゼンが自慢の朱槍をしごきながら、吠えるように嗤う。
「われらもテムーゼン殿と同じです。お館さまが間違った選択をされたことなど、いままで一度もない、われらはただお館さまを信じて戦うのみ。命など当の昔にお預けしている、そうだろう方々」
サキュルスが若々しい声で、居並ぶ一同に語り掛ける。
「応っ、われらは一心同体、誰一人お館の言葉に否を申すものなど居りはしません」
家臣たちが異口同音に賛同の声を挙げた。
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