第二章 草原の戦い 2-3
聖龍騎士団本隊の突入で、戦線は激しさを増して行った。
そこにただ黙って山のように動かない一団を見て、一体どう対処したものかと戸惑う現場指揮官から、本陣へしきりに伝令が来る。
ユンガー領主のウィルムヘル・ツァーブ=ユンガー侯爵率いる騎士団への対応である。
「どうするヴィンロッド、どういうつもりかウィルムヘルのやつまったく動く気配がない。かといって他の騎士団のように戦場を離脱する気配も見せぬ、いっそこちらから突き掛けてみるか」
「いや、このまま放って置かれるがいい、イアンを仕留めるのを最優先にするべきだ。それでも退かんようならば、その時は一気に叩き潰す。いまは触らぬ神に祟りなしだ、捨て置いて構わんだろう」
ヴィンロッドが叛乱上洛軍の総大将、バッフェロウ・ド=サッカルズ将軍に応える。
「しかしなんとも不気味なやつだ、なにを考えておるのやら──」
相手の真意が読めず、バッフェロウが渋い顔でユンガー騎士団のひと塊を眺めている。
「それより上の方からは警護のための将兵を増員しろと言って来た、いままでのほほんと見物しておられたのに、イアン出陣と聞き急に不安になられたらしい。とりあえず三千ばかり回しておいた、これでご安心なさるだろう」
「まったくお偉い方々は無茶を言う癖に、いざとなれば臆病でいかん。ご自分たちの身の安全にしか興味がないようだ、ヴィンロッドよ、すぐにお前もそうなるのだろうな」
「馬鹿を申せ、わたしをあのような方々と一緒にいたすな。こう見えてもいままで自分の才覚一つで、ここまでのし上がって来たのだ。修羅場も地獄もなん度も味わった、血筋だけの人間とは違うぞ」
皮肉を言うバッフェロウを睨み付けながら、ヴィンロッドは嫌悪感丸出しの顔になる。
いつも冷静で無表情な彼にしては、珍しく感情が顔に出てしまっている。
「いまに見ていろ、わたしが参政権を得たらすべてを引っくり返して見せる。家柄や血筋だけで威張り腐っている者たちに、真の政というものを分からせる。主だろうと大公であろうと、わたしの邪魔はさせん」
いささか危険な言葉を含んだヴィンロッドの発言に、バッフェロウはぎょっとした。
〝一体こやつなにを考えている、なにをしようとしているのだ。油断ならんな、これからは悉く疑って掛からねばならんようだ〟
バッフェロウはそれにはなにも応えず、黙って前を向きながらヴィンロッドへの警戒心を強めたのだった。
〝わたしからすれば、どいつもこいつもみな無能な奴らだ。威張ることしか知らぬ高貴な身分の愚か者たち。戦さをし人を殺すことでしか、自分というものの意義を見出せぬ馬鹿な武人ども。わたしは違うぞ、わたしならもっとうまく国も人も操れる。わたしこそが頂点に立つべき人間だ、愚者や馬鹿者どもをすべて排除して、わたしの理想とする国を造るのだ。力あるものが血や生まれに関係なく頂点に立つ、そんな当たり前の国にしてみせる〟
彼が目指したものは、この後百数十年近く先になって大陸を席捲する『下剋上』という戦国時代を先取りした思想だった。
弱肉強食、同族相い争い家臣が主を弑し、親が子を、子を親が謀殺し兄弟相討つ修羅の世の中。
友情や信頼、慈愛や赦しという言葉がなんの意味も待たず、陰謀と裏切り、不実と冷酷が当然の世界。力こそが正義、まさにヴィンロッドが想い描く世はそんな乱世であった。
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