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第59話「それは悪魔の後悔 最終」

アオ:後悔は、決してなくならない。

ロト:その花の花言葉は。


 前回のあらすじ。王手をかけたのはカルミアだった。気づいたときにはすべてが遅い。


 まとわりつくような薄気味悪い魔力と、どす黒いまでに赤い光を放つ古代魔術の術式の羅列。古代魔術など、古い文献でしか見たことがないし使える人などもういないはず。そうはっきりと言える理由はたった一つ。魔力消費が激しすぎるからだ。なのに、なのにっ、


「なん……でっ」


 どうして、古代魔術が発動している!!


「ウグッ……!」


 酷く息が苦しい。力が入らない。魔法に対して耐性を強く持つ私がこんな状態ならば、他の人ではまず太刀打ちできない。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。魔術が効くのに個人ごとでタイムラグが有るのは、この耐性のせいだろう。まともに立っているのは私ぐらいだった。


「ハァッ……! ハァッ……!!」


 重い足を引きずり、謁見の間まで歩く。その間、苦しみながら死んでいくもの。恐怖を顔に貼り付けたまま死んだもの。発狂し正気を失ったものが近くに居た人を巻き込みながら死んでいく。


 死の魔力が人を狂わせる。


「ま、せきを……っ! 壊さない、とっ!!」


 発動するトリガーとなった魔石を破壊することで、術が解けるかもしれない。魔術は起動装置がないと術を維持できない。壊せばこれ以上人が死ぬことはないだろう。

 数時間前まで綺麗だったはずの謁見の間は一際血塗られ残酷さを物語る。まるでわざと苦しみ抜いて死ぬように発動する術は、その術者の性格の残酷さを表していた。


 そして見つけた、場違いなほど美しく輝く魔石が空席の玉座の近くに転がって術を維持している。あともう少し、もう少しでこの術を止められる。もう大丈夫だ。





「――――――ぇ」


 その近くで、倒れ伏しているロトが目に入るまでは、そう思っていたんだ。


 ****


「ろ、と……?」


 ピクリとも動かない、いつもうるさいあの男が私の声に反応することなく倒れている。


 ロトからは、命の気配がしなかった。


「――っぁ、ぁああ、ああああああああああああああああああああああ!!!!」


 うそだ、嘘だ、うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ、


 ――嘘だッ!!!


「ロトッ、ろと!!!」


 重かったはずの体も、力が入らなかった足も、そんなことなかったかのように動き始める。魔石のことなど頭から消え、ロトの体を抱きしめた。いつかのように、強く離れないように。


「ロト、ロト! ロト起きて! 起きてよぉっ!!」


 あんなに温かった体も、今は石のように重く冷たい。いつも頭を撫でてくれた大きな手のひらも力なく開き動かない。私を見れば笑ってくれるはずの顔も、柔らかく揺れる優しい黒い目もまるで眠るように閉じられ、血に濡れてそこにあるばかり。


「いやだ、いやだ!! ねぇ起きてってば!」


 信じたくない。こんなのありえない。そんなはずはない。だって、だってロトは私よりも剣術がすごくて、今だって勝てなくて、だからっ……だからっ!!


「ロト!!」


 抱きしめるのだって重すぎるロトの体を必死に揺らす。力の入らない状況で体力も減る状況でも、もっと別で動かないといけない状況でも悲鳴を上げるように名を叫び続けた。


「ぁ……ぉ」

「!! ろ、ロト!」


 その時、命の気配を感じさせなかったロトから聞こえた声に小さな希望を感じた。薄く目を開けたロトに、必死にその生命をつなぎとめるように抱きしめた。まだ、まだ間に合う、間に合うんだ。


「ぁぉ、あ、お…………アオ……だい……じょうっ……ぶかっ……?」

「喋るな!! いま、今助け」

「あぉ……すまね……ぇ」


 ――。


「っ……やめて、」

「もっと、……いっしょに……ずっ、と」

「ねぇやめてって、やめてってばっ」

「まつり、一緒に回りたかった……」

「やめろ!!」


 やめて、やめてよロト。そんな遺言みたいな事言わないで。一緒にいればいいんだよ、この先ずっと。祭りだって、一緒に回ろう。一緒に、これからもずっと、この先も、お互いがおじいちゃんおばあちゃんになってもずっと、ずっと。


「これ、を……」

「……これ……は……?」


 ロトの震える手から受け取ったのは、一本の金細工だった。その金細工は綺麗な藍色に染められ、その先に美しい紫の花細工が揺れる。

 その金細工をまた自分で持ったロトが、私の顔の近くに持って……笑った。


「やっぱ……り、綺麗だ」


 尊い物を見るような、眩しいものを見るような、……愛おしいものを見るように笑うロトは酷く透明で儚い。


「ぉ……と」


 近づく。終わりが。透明に笑う者の最期を、私はしっている。


「ア……オ……あ……い……して……――」

「――」


 力なく落ちるロトの手が、大好きな手がゆっくりと落ちた。


 希望が、掻き消える。


「……ロト?」


 体を揺らす。動かない。頬に触れる。冷たい。名前を呼ぶ。反応しない。

 動かして、触れて、呼んで、繰り返して、繰り返して、繰り返し続けてようやく、ようやく私の脳はそれを認めた。


「うぁ、ぁぁ……アアアアアアアアアアアアア!!!!」


 絶叫が響く。もう誰も、私以外動かないその場でただ女の叫び声が響いた。


「置いていかないで、置いていかないでよロトぉ!!」


 嘘つき、嘘つき、嘘つき! ずっと居るって言ったのに! そばに居たいって言ってたのに!!


「待ってよ! 置いていかないで!! まだ、まだ私、……《《オレ》》何も言ってない! 言えてないよ!」


 ずっと言いたかった言葉を飲み込んで。ただその言葉をもらい続けた。言いそびれた言葉がせり上がる。


「オレだって愛しているんだ! ずっとずっと愛してるよ!!」


 苦しい、痛い。喉から血が出るほど、爪が突き刺さるほど拳を握って叫ぶ。これ以上ないほど抱きしめた。


 もっと素直になっていればよかった。もっと早く言えばよかった。もっと伝えていれば、こんなに苦しくなかった。


「愛してるよ……愛しているんだ」


 最後の最期までもらってばっかだった。心を救ってもらった。幸せをもらった。未来を望んでくれた。


 愛を貰い続けた。


「何も、返せなかった……っ」


 心を蝕む後悔が涙に変わって顔を濡らす。後悔を語る涙は、最期に名前もわからない、それでも意味がある贈り物に落ちた。


 ****


「――あははっ、あははははははははは!!!」


 涙が落ちる以外に聞こえることのなかった静寂な空間に響く耳障りな声。それは息を吸えないほど笑っていたのか、えずきながら嗤い続ける。


「あは、あはは……あ”ーほんっと、おかしいわぁ!」

「……」


 見るまでもない。後ろに立ち私を見下し嘲笑う人間を。躯を抱きしめる私の腕に自然と力がこもる。


「かる、みあ」

「ふふ、お久しゅうございます。クロード様? ご機嫌はいかがかしら」

「お前ッ」

「あら嫌だわ、冗談でありましてよ? しかし」


 にやりと、悪意が嗤う。カルミアの人形のような美しさは毒々しい色香を纏い、赤い口が醜くひき上がった。


「あれほどわたくしを警戒していた貴女が……ふふ、あははは! 本当に! 無様ね! アオ・クロード!!」


 嘲笑う声を無視し剣を握ろうとするが体が動けない。理由はわかっている。術式の効果がこの女が来た瞬間強くなったのだ。やはり、この事態を起こしたのはカルミアだ。


「でもわたくし、貴女を買っているのでしてよ? 貴女だけだった。わたくしを警戒していたのは。それはつまり、わたくしのことを敵として認めていたということになりませんか?」


 なに、言っているんだこの女。

 イカれているとしか思えなかった。しかし表情を見ればわかる。イカれているんだこの女は。もう正気じゃない。


「それにクロードは魔法に関する耐性がとても高いからこれでは死なないとわかっていましたわ。だからわたくしとっても考えましたの」


 動かずただ睨むことしかできない私を嘲笑いながらカルミアが取り出したもの。それは魔石でもなんでもなく、ただの古臭い本だった。だがその本から滲み出すどす黒い魔力は、それが全ての元凶であることをありありと知らしめた。


「なんだ、それは……」

「悪魔の書、グリモワール。代償を糧に3つまで願いを叶えてくれるわたくしにとって奇跡の力」

「!!」


 やはりそうだ。この女、精神が汚染されている。聞いたことがある。禁忌の本、グリモワールには悪魔が宿っており3つまで願いを叶える。しかしその願いは欲望に染まり、悪魔に触れ続けると精神を汚染されると。


「このイカレがっ! こんなことのために悪魔と契約したのか!!」

「負け犬が何を言っているのかしら? この勝負、わたくしの勝ちよ。アオ・クロード」


 グリモワールがひとりでに開かれ、背筋が凍る。ゾワゾワと全身を虫が駆け巡るような感覚とともに、本に何かが吸い込まれていった。


「わたくしはこの魔術で死んだものの魂を自由に使えるの。ここで死んだお父様含め、この命、わたくしがこれから創る国のために役立てるわ。だから、『グリモワール、アオ・クロードを呪い殺せ。誰よりも醜く、むごく、残酷に』」


 イカれた女が語る呪の言葉をグリモワールは嬉々として叶えようと動き出す。そんな気配を感じる。やはりグリモワールには意思があり、使用者の精神を汚染するという説は正しかった。そんなことを死の直前で頭の片隅にいた冷静な私が考える。


「さようなら、アオ・クロード」


 呪が私を包み込む。冷たく泥のような呪だ。確実に私を殺すための呪に身を浸らせているというのに、どうしてだろうか。


 この腹の底から感じるこの感情は。


 さようなら? 私はここで死ぬのか? 何もできず、すべてを理不尽に壊されて、



 最愛を、奪われて。


「――……る」


 何かが燃える。身を焦がし、動かない体を無理やり動かす。呪すら無視するような強い感情に心が、体が、存在が軋むほど、それは私から理性を奪った。


 この感情の名は、憎悪だ。


「――――――殺して、やる!!!!』


 その瞬間、呪は私の体を包みながら変質を繰り返す。絶対にありえないような、起きてはならないことが起きた。


『絶対に、殺してやる!!!』


 存在が書き換わり、死に最も近い存在へと変わっていく。絶望と憎悪が黒い翼を創り出し、周囲の魔力を取り込んでいく。感じたこともないような力の胎動を感じた。


『〈爆ぜろ!!!〉』


 ただ我武者羅にぶつけた魔力の塊だったそれは、空を割るほどの威力を見せる。周囲にあった死体などお構いなく、ただただ暴れ続けた。




 ロトからもらった綺麗だったはずのあれは、私が暴れた衝撃で完全に粉々になってしまった。


 ****


「……というのが、今までのあらましってやつか」


 正直あの後のことはあまり覚えていない。理性も正気もなくした私が、王都を焦土と化すまで暴れ続けていたのだけはなんとなく知っている。やりすぎだったことは否めないけど、それで悔やんでどうにかなるものでもない。もう残ってすらないのだから。


 あの日、あの出来事をきっかけに、騎士アオ・クロードは死んだ。残ったのは、後悔だけを抱えた無様な悪魔だけだ。


「私がグリモワールに囚われている間、狂ったり魔法の修練したりを繰り返しまくった。もうホント、正気で居られねぇよあの空間」


 ただ分かるのは、グリモワールに封印されていたということはつまり、あの女は3つの願いのうち2つも私につかちまったということ。これ以上グリモワールで悪さはできないってことが、せめてもの救いだな。


「……そう、救いだ。あの暴走にも意味があった。暴れ過ぎだとも思うけど、意味があったということにしてんだよ。もちろん……怒りもないわけじゃないし、どうしようもない恨みもある」


 それでも、あの後悔は私の弱さが原因で私のせいだった。


「だからさ、そんなに泣くなよカンナ」


 過去はもう、変えられないのだから。

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