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第1話 「その女、ヒロイン失格」

 昔から、キラキラとした恋愛に憧れていた。甘いお菓子のような、ふわふわした人形のような、甘い香りのする花のような、そんな乙女の夢のような恋愛。いつの日か白馬の王子様が迎えに来るようなことを願っていた。


 だから、そう、だからこれはおかしい。


『ほう、この私を解放したのは貴様か?』


 私の金に近い小麦色の髪と違う、深い藍色の髪がホコリとともに揺れて舞う。灰色の瞳がわたしを見下ろし、ニタニタと厭な笑みを浮かべていた。

 まるで白馬の王子様とは間逆な、厭な笑みを浮かべるその人物。いや、人物じゃない。というか人じゃない。額から生える黒い角と翼が証明するその存在は、まさしく悪魔と呼ばれる魔の者。鈍感なわたしでもわかるような、圧倒的な魔力と見下ろす縦に引き裂かれた瞳孔が、恐怖を沸き立たせた。


 勝てない。そんな事はわかっている。逃げ切れないことだって。そもそも腰が抜けちゃってる。いやそんなことよりも大事なことがある。わたしがやり残したことを、今すぐしなくちゃいけない。あんなことやこんなこと、色々とやり残している。


「ぁ……あ」

『なんだ、もう気をおかしくさせたか? ならば用済み』

「い……」

『い?』


 だから、だから誰か切実に教えてほしい。


「い、い、〜っ今から入れる保険ってありますか!? それと部屋にある《《お宝》》をどうにかしたいんですけど!?」

『何いってんだお前』


 この状況の説明と、今から入れる保険を!! そして誰か封じられた宝を余すことなく破壊してください!!


 ****


 どうしてこうなったのか、それは約2時間前に遡る。


「カンナ・リーブル!! この点数はなんですか、というかこのテスト内容はどういうことです!!」

「ヒィイイ!! な、ナイル先生!」

「ワタクシがみっちり、それはもうみっちりと放課後5時間、朝に1時間教え込んだというのに貴女は、なぜ1問どころか2問ずれて解答しているんです!? それに気づかないとかどんな才能ですか!」

「そ、そんな馬鹿な! でも解答欄はすべて埋まっていますよ!」

「それが謎だと言っているんです! 赤点どころか0点ですよこのアホ!!」


 女子生徒の悲鳴と、初老の女性の怒号が由緒正しき廊下に響く。というかこの悲鳴の持ち主はわたしだ。周囲の生徒たちからの視線が痛い……と思ったけど「またか」なんて顔されて視線をそらされるか、呆れた笑みを向けてくる。おかしい、入学当初はこんなんじゃなかったのに……。


「聞いていますか、カンナ・リーブル! 貴女は特待生としてこの学園に入学できたというのに、光魔法だけで記述テストは赤点どころか0点じゃないですか! それもすべて貴女がアホのせいで!」

「ヒィイイイ! ごめんなさい!!」


 そう、わたしは貴重な光魔法の持ち主。光魔法ってのは、この国トーラ王国でも3人しか使い手がいないほど、貴重でそして強力な魔法。だからここ王立シーレント魔法学校に入学できたんだけど。


「貴女の成績があまりにも崖っぷちだからした補講テストだというのに……貴女というアホの子は!」

「うぇえええええん! アホって言ったー! ババー!」

「しばくぞ小娘!!」

「――まぁまぁ、落ち着きなさい。ナイル先生、カンナさん」


 もはや伝統そっちのけで騒ぐわたしたちの間に、静かに入ってくる老齢の男。校長のイヌズキ。いつもわたしを助けてくれるけど、わたしはこの人が苦手だ。だって……。


「ではカンナさん。ワシの手伝いをしてくれるかな?」


 これだ。絶対に面倒な頼まれ事をされる。この間はマンドラゴラを100本用意するというお使いだった。危うく鼓膜がなくなっちゃうところだった。このジジィの頼み事なんて絶対にやりたくない。


「今回は学園の離れにある東の塔の倉庫を綺麗にして欲しくてなぁ。できるかな?」

「ひ、東の塔……? そこって」


 たしか、魔法が使えないように封魔鋼を練り込んで作られた建物だったはず。つまり、魔法が使えないため清掃魔法も使えないということ。しかもあそこ幽霊が出るとか、封じられた魔王がいるとかいろんな噂が……。


 つまり一人で行ったら死ぬということだね!


「はい! 嫌です!!」

「うむ、元気な拒否だカンナさん。だが却下」

「あああああああああ!!!」

「イヌズキ校長先生、そこを一人とは……少しやりすぎでは?」

「これで成績を守れるならいいほうでしょう。それにあの噂はすべて眉唾だよカンナさん。大丈夫だ」

「そういう問題じゃ」

「ということでほれ、行ってこーい!」


 人の話も聞かずに地面に移動魔法が展開するのは、間違いなく眼の前の校長の仕業。反対していたナイル先生の諦めと可哀想なものを見る目だけがわたしに向けられる。他の生徒はみんな視線を外した。どいつも薄情である。


「やめ、やめろジジィ〜〜〜〜〜!!」


 この学園今すぐやめたい!!


 ****


「ひっく、えっく……おかしい。この国は狂ってる! 狂ってるんですよ!!」


 古い東の塔を目の前に、わたしは泣き崩れる。どう考えてもこんなところを綺麗にしろって無理がある。そもそも今すぐにでも崩れそうなんですけど!? ほら聞いて? ギシギシガタガタギャーギャー言ってますよ! ギャーギャーって何!?


「いやああぁぁ……いやああぁ、い”ぎだぐな”い”……っ」


 けれども無情。こんなに泣き叫んでもナイル先生が助けてくれることも、ジジィが来ることもなく、結局わたしは東の塔の倉庫に向かうことにしたのだ。それが恐怖の始まりだったことも知らずに。


「――あ”あ”あ”あ”あ”あ”!! ゴキ、ダークバレットが! こっちは千の足を持つもの……おんぎゃーーーーー! 蜘蛛ーーー!!」


 その場は地獄だった。ホコリは勿論、掃除なんてほとんど誰もしなかったことがありありと分かるような虫、いや小さき命を持つものが王国を築いていた。ここが地獄なのか。気分が悪くなるから伏せていたのに結局名前言っちゃうし!


「はぁ……はぁ……も、もう無理ーーー!」


 とうとうその場で音を上げたわたしは叫び声を上げて出口に向かう。そうだ、今すぐこの学園をやめよう。そして傷ついたこの心を優しいママと、温かいココアとふかふかの毛布にて優しく包もう! そうしよう!


 そうして走るわたし。後ろから追いかけてくる小さき命から逃げ、出口に扉をかけたその瞬間、カチリと何かが発動する音とともに地面がポッカリと開いた。


「へっ?」


 そしてわたしは何がなんだかわからず地面に吸い込まれていったのだった。




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