ある殺人鬼の話
いつだったか。私が狂っていると言われたのは。
いつだったか。私が狂っていると自覚したのは。
いつだったか。世界が狂っていると感じたのは。
私の家族は人殺しだ。それはもはやセピア色の記憶で、多分忘れることはない。
そして私は殺人鬼だ。遺伝なのか、それとも勝手に歪んだのか。恐らく後者だ、私に狂っていると言ったのは家族なんだから。
……ざくっ
ざくっざくっざくっ
ざくざくざくざくざくっ!
一心不乱にナイフを振り下ろす中年男性Aを見つけた。
微笑ましいと思うはずもなく、しかし目が離せない。殺し方が不細工、必死すぎて笑えもしない。あまりに哀れすぎて、つい。
「オジサン?もう死んでるよ、そのゴミ」
うっかり声なぞかけてしまいましたワタクシ。あ、やばいと後悔が押し寄せてまいりました。
「ひ、見られ、み見た目撃ガキ殺し殺殺ーー! 」
うわ、テンパり過ぎだこのオジサン。ナイフを構えて突撃まであと一秒。
いちにのさんで突っ込んでくるオジサン、もとい肉ダルマ。
がちがち震えるナイフーー…って、それじゃ急所には当たらない、ああ、だからざくざく刺してたのかと考えるのに半秒、ナイフを奪って喉を切り裂くのにもう半秒。
断末魔のかわりに血のシャワーを吹き上げる元・肉ダルマ、現・生ゴミ。
「あ〜…お気に入りのマフラーが」
口で言いながら、私の手は携帯を探る。
ぴ、ぽ、ぱ。
ワンコールで出た相手に説明、終了。
さて、迎えが来るまで冬の寒空の下、月見と洒落込みますか。
「またお前か」
「またアンタか」
取り調べ室、顔なじみのダメ刑事といつもの挨拶。これで……何回目だろう?記念品がもらえないかな?
「ある訳ないだろ阿呆」
心を読まれたっ!?
「口に出てんだよ、阿呆」
心底面倒そうに吐き捨てるクソ刑事。殺してやろうか、わりと本気で。
「ほら、もう帰っていいぞ殺人鬼」
「生憎犯罪は犯したことないですよ刑事サン」
「正当防衛200以上、その内相手の死亡率99%が言う台詞じゃねーな」
ボクサーになるか引きこもりになれ、と言われてお話は終わった。
いつだったか。私が狂っていると言われたのは。
……それは初めて、人を殺した時。
いつだったか。私が狂っていると自覚したのは。
……それは初めて、楽しいと感じた時。
いつだったか。世界が狂っていると感じたのは。
……それは、生まれた時から。
因縁をつけられ、トラブルに巻き込まれるのは私にとって日常だった。
だから、突き付けられたカッターナイフなんて怖くもなんともなかったし、囲まれてもなんとも思わなかった。
本当に、切り付けられるまでは。
気がついた時、私は血の海にいた。私をイジメていた、クラスメイトだった「モノ」……
それからだ。漫画よろしく殺人犯と出会うようになったのは。結末も出来の悪い漫画じみて。切り掛かる殺人犯、武器を奪って反撃する殺人鬼。
それが続いて、最初に家族が壊れた。
母は父に殺され、父は兄に殺された。包丁で切り掛かる兄を、私が殺した。
そして私も壊れた。
今いるのは、殺人犯を心待ちにする殺人鬼。
警察署から出た私は裏路地へ向かい。
「こんばんは、人殺しさんですか? 」
獲物を、見つけた。