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5 あなたが生まれた村へ


「――なるほどそんなことがあったのね」

 先ほどの出来事を聞いたソルベールは、アハハと笑い、見逃して損したわと言った。


「それでせっかくだから、お土産を買いたいんだけど」とソルベール。


 俺は、あらかじめ馬車で話し合っていた予定を伝える。

「荷物を増やす前に、先に動物園にいこうよ」


「ああそうだった! 忘れたら後悔するところだった!」

 すっかり()()()()()彼女が、大きな目をさらに開いてそう言った。 


 あえて指摘はせずに、俺はうんうんうなずいた。

「あっちみたいだね。 今度は迷いようがなくて安心だ」


 すぐ近くにあった案内看板の手書きの猫が「動物園はあっちの方です」と指さしていた。

 その方向に、二人並んで歩いて行く。


◇◇


 海運連合と商業組合の共同出資で作られた動物園は、なかなかの種類の動物を飼育していた。

 どうやら海の向こうの動物もいるようだ。


 まずは一番人気の獅子を見に行く。


 脱走防止の二重の木製ゲートを(くぐ)ってからこっち、やいのやいの言いながら、通り沿いにいる様々な動物を見つつのろのろ進む二人。

 片っ端から鉄の柵に体を近づけ、きゃーきゃーのソルベールとも「思ってた以上に楽しい」という意見で一致した。


 そしてようやくライオンの檻に行き着いた。


 あこがれのライオン。

 実際に見てみるまでは、まあ妄想は膨らむ。

 しかし、探検記の挿絵に描かれた豊かな胸毛の百獣の王も、旅芸人の一座の演劇で見る布人形の獅子も同じライオン。


 さて本物はどうだ。


 大きな鉄格子の向こうに、あのライオンがいる。

 

 でかい。手がでかい。口がでかい。目がかっこいい。近きものは(おのの)いて見よ、遠きものは音に聞け、私がライオンだ。そんな感じだった。


 隣のソルベールはというと「こっわぁ」とひとこと言ったきり、カチコチになり今度は檻には近づかなかった。


 ちびライオンは時間の都合で触れなかったし、南方の鳥はキラキラ綺麗で、海外から来た大型の飛び袋ねずみは、寝そべっておっさんのような腹ポリポリを決め込み、様々な種類が集まった猫の館はくさいし、「超、面白かった」と、二人は大満足だった。


 そして、最後に見たのが白黒のクマだった。


 彼はなんだ?

 座ったクマ。笹を食う、クマ。宙空を無感動に見据え、ただマイペースに笹をかじるクマ。媚びてもいない。ただ、白黒クマと世の中に規定され、港から徒歩3分、20㎡の一間、バス、トイレ付きで賃料無料の立派なモデルルームに佇む、山野を駆る喜びを忘れた男の姿があった。


 雑踏から離れ、路地裏を抜けた先、草臥(くたび)れたランプが明滅する場末の酒場。若き日はそれなりに世間で取りだたされ、かつて自分も熱をあげた演劇一座に所属した、舞台歌手の現在を見た気分だった。


「ずいぶん哀愁のある生き物ね」と、ソルベール。

「うん、そうだね」と俺。


◇◇


 先ほど食事をした店の近くの大通りに二人は戻っていた。


 お土産を色々見てみたいということで、まずは辺りで一番大きな魚介類を扱う店に寄る。


 ほんとは、家族のためにカキを買いたかったけど、いかにもできる店主が、家でカキの調理は難しい、日持ちはしない、殻は堅いし、焼けば飛び散って危ない。との言葉の説得力と、アジ超うまいの、殺し文句で、結果、干物のアジだけ5枚お買い上げ。だったらどうしてカキがこんなに並んでいるんだろうとは少し思ったが、口には出さなかった。ソルベールは結局あちこち見て回るだけで、お目当ての物は無かったようだった。


 そして「代金は私が払う」と半ば強引にソルベールが支払った。これにはいささか混乱した。


 店の外に出て、

「今日お世話になるんだし、あなたのご両親が気に入るといいけど」とソルベールが言う。

「これ僕の家族へのお土産だったの!?」


 ソルベールの聞き逃せない一言をようやく頭が理解する。

「お世話になる? ……うちに泊まるの!? 君は旅籠(はたご)に泊まるんだと思ってた」


「いけなかった?」


「聖女の卵が来たら、両親と姉が大騒ぎするかも……」

 家族には今日遊ぶ相手は学園の友達としか伝えておらず、余計に反応が過激になりそうで怖い。


「あら迷惑かしら?」


 ようやく目の前の女の子が「聖女様」でなく、「友達のソルベール」と頭が理解したのに無茶を言う。 何が醜聞になるかわからない神殿の権力闘争。田舎男が足を引っ張りたくないが、ここで聖女様扱いをして嫌われることだけは避けたい。

「ぜんぜんそんなことないけど」


「ラースを案内するって言ってたのは、あなたでしょ。 責任があると思わない? だってあなたが生まれ育った場所に行くのをとっても楽しみにしてたんだから」




 それはとてもうれしい一言で――。 



◇◇



 フォンルーフから、ラースの村に至る道行きは、何もない。正確には、山と草しかない。これは、意外と恥ずかしい。せめてもの慰みに大きな粉ひきの風車があったが、文字道理あるだけだった。  








ここまでお読みいただきありがとうございました。

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