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4 港町フォンルーフで昼食を

 ソルベールを迎えたラグールの港から、目的地フォンルーフに向かう一区間。

 王都方面に向かう道と交差する十字路で、渋滞に捕まった。

 馬車2台がギリギリすれ違えるほどの道幅の岩がちの地形。 

 とにかく混んでる道中も、昔話に花を咲かせ、二人はケラケラ笑っていた。


 太陽が頭上に少し近づいたころ、おなかがへった、おなかがへった、と、何かにつけてあおり出したソルベールも、やがては、結局、やっぱり、助手席で居眠りをこき、目覚めたころに解消された渋滞は、あちこちからの野菜を運ぶ農民や、僕らと同じ行楽(こうらく)の列に連なって、まあまあすいすい進んでいく。


 おおむね午前11時、港町フォンルーフに着いた。


 目指すは、青船亭という白身魚のフライが人気の食事店。

 馬車と荷物を預かる停車場は勿論こんでて、1台分空いた駐車スペースに日ごろの行いだなと、感謝し、ようやく昼飯タイムになった。


 そこからの(わず)か、30分が永遠だった。店を探せば、ない。タムの買ったいい加減な旅行本の記述をもとに、ソルベールに手を引かれひたすらウロウロした。 「このレストランでもいい、この酒場でもいいかも」と、ソルベール。


 いやいや、やっぱり事前の取り決めどうりにしましょうよと、俺は彼女をなだめ、さんざん歩いて迷子になりつつ地元の人の協力も得て、ようやく飯屋に行き着いた。


 なるほど、混んでいる。ありがたみが、ある。店員のおばちゃんの「すぐに空くから、まってて」の一言を信じて、15分まっての入店。


 行列に並び待つ間、話をした。主に、おなかの減り具合だ。ソルベールは、フライと、炉端焼きと、スープと、貝の盛り合わせもいける。と、言う。 おれは、たぶん、いける。食おう。全部。とうなずく。


 そして、店の中、奥の壁際のテーブル席に案内され、爆食を誓った二人は、とりあえず、名物のフライのセットを2人前、頼んだ。 


 店内は忙しい。店員のおばちゃんはぐるぐるまわる。そして小競り合いを始める。もちろん、店員同士でだ。何かの段取りをめぐって互いの肩をつつき合うおばちゃん。見たところ眼鏡をかけた細い方が、その場を仕切るリーダーのようだったが、注意された雇われ店員が言い返すさまが面白い。

 港の女は強いのだ。

 それを見て二人で結構笑った。


 料理を待つ間、ソルベールはタムから借りた旅行本を熱心に読みだした。

 暇になった俺は、入店時から気付いていたとある女性に目を向けた。

 忙しく動く他の従業員の中、壁に背を預けぼんやりと店内を眺める無気力な店員。

 その、あきらかに立ってるだけの小太りの女性店員が、先ほど見かけた眼鏡のリーダーに見つかったようだ。

 顔の先に指を突き付けられ、何かの指示を受ける間中、小太り店員は相変わらずぼんやりしていた。

 そして、バックヤードにのそのそと引き上げていく後ろ姿。


「アクセルごめん。 ちょっとお化粧直してくるわ」

 ソルベールがハンドバックを持って中座した。


「ごゆっくり」


 ほどなくして、

「はいおまちどう」

 ソルベールが留守の間になかなかの量の料理が運ばれてきた。大きな白身魚のフライに、パンと、オイルのかかった地場の蒸し野菜の盛り合わせ。 途端にテーブルがいっぱいになる。


 彼女が席にそろうのを待つ間、何とはなしに視線を巡らせると、先ほど見た小太りの店員が陶器のピッチャーに入れた水を、各テーブルのグラスに注いで回る姿を見つけた。

 そのままこちらに向かって近づいてきて、俺の空のグラスを無言で手繰り寄せると、半分まで注いだところでピッチャーがカラになった。


 どうするのかな?と無言で見守っていたところ、そのまま壁に1歩寄り、手の中にカラのピッチャーを抱えると、またぼんやりとその場に立って休憩を始めた。


 我がテーブルのすぐ隣、さすがに声をあげて笑う訳にもいかず、俺は(うつむ)きこらえる。


 果たしてそれほどの時を置かず、リーダーに見つかった。

 俺の位置からは全てがはっきり見えた。


 おきて破りの一休みを見つけ、一瞬驚いた表情を見せたリーダー。眉間にしわを寄せつかつかと横から近づくと、

「あなたも働い『て』」と同時に、小太り店員の尻をスパンと叩く。

 反応は劇的だった。


 完全に不意を突かれ、

「ダッ!!!!!」

と腹から野太い大声を出す、小太り店員。


 そのままなぜか驚愕の顔をこちらに向け、俺と完全に見つめ合う形で目が合った。

 何で?という困惑と無言の抗議を俺が受けたような格好になり、時が止まる。


 その後、小太りの店員は、状況を理解し、自身の野生の声を思い出したのか、みるみる顔が真っ赤になり、突然クルリと体を向きを変えると、スタスタと歩み去る。


 移動する間、何度も「いらっしゃいませー!!! いらっしゃいませー!!!」と突然人が変わったように大声をあげながら、足早に出口のスイングドアをドカンと押し開けて、そのまま表通りに消えて行った。


 そして残された俺と、眼鏡のリーダー。 

 彼女が出て行ったドアからゆっくりと視線を戻すと、今度は俺とリーダーの困惑顔がかち合った。


 一瞬見つめ合った後、今度はリーダーが赤くなり、「失礼しました!!」と頭を下げた。

 急に頭を振ったものだから、眼鏡がずれて「シュッ!」と下に向かって伸び、俺のテーブルに「コトリ」と音を立てて止まった。


「うわぁ! 伸びた!」意図せず声が出てしまった。


 慌てて拾い上げ、真っ赤な顔に斜めに眼鏡を張り付けたリーダーが、今度はバックヤードに向かってドタドタ戻って行った。





「あら、すごい料理じゃない」

 そこでようやくソルベールが戻ってきた。 


 俺はあんぐりと口を開け、ソルベールを凝視する。


「……? どうしたのよ? 何かあったの?」


「いや……。 何か? ……あったけど」

 頭に浮かんだ全ての言葉が、使われるのを拒否するという初めての事態に困惑した。



 『あれ』をいったい何と説明したものかと、頭を抱える。 妖精が見せた白昼夢だと言われれば、そのまま信じてしまいたくなる出来事だった。

「その……。 ……ええと」

 そこでテーブルにポツンと残った、空のピッチャーの存在に気付いた。

 小太りのおばさんが手の中で温めていたしろものだ。


 (なんにも言えねぇ)


 不審がるソルベールをよそに、乾いた笑いがしばらく尾を引いた。


「まずは食べよう。 その後話すよ」




 フライセットは、うまかった。かなり、やっぱり、うまかった。 

 腹がきつくなったころ、爆食を誓い意気込んでいたソルベールは、結果、やっぱりフライとパンと野菜をそれぞれ少しづつ残した。結構笑った。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたのなら、幸せです。

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