3.隣国の疫病とヘンリッキのお誕生日
新年度が始まって、ヘンリッキのお誕生日が近くなった頃に、隣国では疫病が蔓延していた。始まりは一部の地域だけだったようなのだが、それが国中に広がってしまったのだ。
この事態を受けて、僕はアルマスを連れてエリアス兄上のところに行っていた。
「エリアス兄上、アルマスを隣国に派遣できませんか? アルマスとアクセリとアンニーナ嬢は、同じような高熱を伴う病気が幼年学校で流行ったときに、マンドラゴラと薬草を使ってそれを治しています」
「今回の疫病がそれと同じとは分からないが、可能性はあるかもしれないな」
「エリアス、隣国では貴族まで疫病にかかって、ヒルダ王太子妃殿下とカスパル王太子殿下とミルカ様とラウラ様も危ないと言われている」
「国王陛下が倒れられたと今さっき報が入ったのだ。エド、時間はないかもしれない。急いで行ってくれるか?」
疫病は市井だけでなく、貴族の中にもはびこっていて、王城にも入り込んでいた。
国王陛下が倒れられたという報は僕も今聞いた。
これは一刻の猶予も許さないかもしれない。
僕はアルマスとアクセリとアンニーナ嬢を連れて、ロヴィーサ嬢と一緒に隣国に飛んでいた。
隣国ではヒルダ姉上とカスパル義兄上が迎えてくれたが、厳しい表情だった。
「父上が疫病で倒れました。命が危ないかもしれません」
「気をしっかりと持ってください。マンドラゴラの調合ができる場所を貸していただけますか?」
「厨房を使ってください」
ロヴィーサ嬢が料理を作るときには使わせてもらえなかった厨房も、国王陛下の危機となると使わせてもらえるようになる。
アルマスとアクセリとアンニーナ嬢は厨房に入って、マンドラゴラを次々と出して洗っていた。マンドラゴラたちはもう心を決めているのか、大人しく洗われている。
「ひとの命を助けるためだ。頼んだぞ」
「びゃい!」
まな板の上に大の字になって切られるのを待つマンドラゴラの姿には、僕は涙を目に浮かべてしまった。マンドラゴラはその命を全うして、僕たちに尽くしてくれようとしている。
アルマスが切ったマンドラゴラを蒸して潰して濾して、アクセリが薬草と混ぜて煎じていく。
アンニーナ嬢が歌い出すと、大根マンドラゴラの大根一号と人参マンドラゴラの人参二号と蕪マンドラゴラの蕪三号も歌い出した。
厳粛な雰囲気の中で出来上がったマンドラゴラの薬湯を国王陛下の元へ持って行く。僕たちはひたすら厨房で待っていたが、カスパル義兄上が走って知らせに来てくれた。
「父上の熱が下がりました。体調もすっかりとよくなったようです」
「本当ですか?」
「アルマス殿、アクセリ殿、アンニーナ嬢、ありがとうございました」
お礼を言われて、アルマスもアクセリもアンニーナ嬢も安堵したようだった。
やって来た医師たちにアルマスとアクセリとアンニーナ嬢がマンドラゴラの薬湯の作り方を伝授する。マンドラゴラを使って、薬草も使って作る薬湯は、隣国では全く考えの付かないものだったようだ。
医師たちの手によって広められるマンドラゴラの薬湯の効果によって、隣国は無事に疫病の脅威から救われる。僕はそれを確信していた。
「アルマス殿とアクセリ殿とアンニーナ嬢はこの国を救ってくださった。このお礼は必ず致します。父とも話し合っておきます」
国王陛下が病み上がりなのでその場は辞するとしても、カスパル義兄上はとても感謝していて、アルマスとアクセリとアンニーナ嬢に恩賞が贈られるのは間違いなかった。
「ミルカもラウラもいつ罹患するか分からなかった。とても不安でした。薬が開発されてよかったです。ありがとうございます」
ヒルダ姉上も涙ぐんで喜んでいた。
魔法石でミエト家に戻ってから、僕はアルマスとアクセリとアンニーナ嬢に改めてお礼を言った。
「急だったのに、隣国に行ってくれてありがとう、アルマス、アクセリ、アンニーナ嬢」
「エドヴァルド殿下のためなら大したことないよ」
「国王陛下がご無事でよかったです。隣国の疫病となると、この国にも影響してこないと限りませんからね」
「お役に立てて幸いです」
アルマスは相変わらずだが、アクセリはきっちりと貴族の受け答えができているし、アンニーナ嬢は優雅にお辞儀までして完璧だ。アクセリとアンニーナ嬢の教育の成果も見せつけられた事件だった。
ヘンリッキのお誕生日には、アルマスも婚約者として隣りに立っていたが、貴族たちの視線がアルマスとアクセリとアンニーナ嬢に集中していた。
「隣国の疫病を治めたのはバックリーン家の御子息とご息女という噂です」
「近々隣国に招かれて恩賞をいただくとか」
「バックリーン家は隣国の覚えもめでたいのですね」
隣国の覚えがめでたいということは、ヒルダ姉上は我が国のエリアス国王陛下の姉でもあるのだから、この国での覚えもめでたいということになる。
バックリーン家に注目が集まってもおかしくはない出来事だった。
僕はヘンリッキのお誕生日でヘンリッキの家の腸詰にしないソーセージが食べたくて、会場をさまよっていた。見つけるとパンに挟んで、ザワークラウトを入れて、たっぷりのケチャップと粒マスタードをかける。
肉の食感の残る腸詰にしないソーセージはヘンリッキの家でしか食べられないのだ。
「エドヴァルド殿下、口元にケチャップがついていますよ」
「え!? どこですか? ここ?」
「反対です」
ロヴィーサ嬢がハンカチを出して僕の口元を拭ってくれる。子どものような気分になってしまうが、一瞬ロヴィーサ嬢の指が僕の唇に触れたのに、僕は胸がドキドキとした。
ロヴィーサ嬢も目を伏せて顔を赤くしている。
二人でいい雰囲気になっているところに、ヘンリッキがアルマスと一緒にやって来た。
「エドヴァルド殿下、アルマスが隣国で活躍したそうですね」
「そ、そうなんだ。隣国の国王陛下を助け、疫病を治す薬湯の作り方を医者たちに伝えていたよ」
「私の婚約者がそんなことをして、とても誇らしいです」
「俺に直接言えよ」
「エドヴァルド殿下に自慢してるんだよ」
アルマスとヘンリッキも相変わらず仲がいい。
言い争いも惚気にしか聞こえない。
「本日は私のお誕生日に来ていただき誠にありがとうございます」
「ヘンリッキ様も十六歳。大人に近付く年ですね。どうか、いい年でありますように」
「ありがとうございます、ロヴィーサ様」
ヘンリッキとロヴィーサ嬢が挨拶をしている。ロヴィーサ嬢は今日は白地に青い花柄のドレスだ。僕が白が似合うと言ってから、ロヴィーサ嬢は何着か白地のドレスを誂えたようだ。
「ロヴィーサ様は少しイメージを変えられましたか?」
ヘンリッキもロヴィーサ嬢の変化には気付いているようだ。
「エドヴァルド殿下が、わたくしには白が似合うと仰って、白を着るようになったのです」
「とてもお似合いですよ。素敵です」
「ありがとうございます。婚約や結婚の場ではないのに、恥ずかしいです」
婚約や結婚の場でしか白のドレスを着てはいけないとロヴィーサ嬢を咎めるものがいたら、僕は断固として戦うつもりだった。僕は国王陛下の弟で、王族である。僕と権力で争いをするという輩はいないだろう。
ぎろりと周囲に視線を巡らせると、周囲が黙るのが分かる。
僕のロヴィーサ嬢に何か言って、ロヴィーサ嬢が白いドレスを着てくれなくなったら、僕はそいつを絶対に許さない。
「僕のロヴィーサ嬢はとても可愛いでしょう?」
「ロヴィーサ様は美しい。間違いないです。私のアルマスも素敵ですが」
「ヘンリッキにとってはアルマスが一番だからね。だから、ロヴィーサ嬢を褒めていても安心していられるよ」
これが別の人間だったら、僕は嫉妬していたかもしれない。
「ヘンリッキ殿、お誕生日おめでとうございます。ハーヤネン家の嫡子として相応しいひとに育っているのを感じます」
エルランド兄上もヘンリッキのお誕生日に来てくれていた。
「ありがとうございます、エルランド殿下。兄が犯した過ちの分も、私はハーヤネン家を盛り立て、王家を支える存在として努力していくつもりです」
「エドの学友としてもよろしくお願いします」
「それは、こちらの言葉です。私こそ、よろしくお願いします」
生まれながらの貴族のヘンリッキはエルランド兄上との受け答えもしっかりとできている。アルマスが緊張している様子なのに、エルランド兄上が声をかける。
「アルマス殿、弟のアクセリ殿と妹のアンニーナ嬢と共に、隣国を助けてくださってありがとうございます。隣国には私たちのヒルダ姉上がいます。ヒルダ姉上に被害が出ることなく疫病が終息したことを我が王家からも深く感謝します」
「私ができることをしただけです。前に幼年学校で流行った病気と似ていたので同じ対処をしてみたのです」
「それをできる勇気と実行力が隣国を救いました。ありがとうございました」
エルランド兄上に感謝されてアルマスは恐縮しているようだった。
ヘンリッキはお誕生日を迎えて十六歳になった。
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