13.母上の話
僕が生まれたときに母上は亡くなっている。
母上が亡くなった原因は、この国に来るときに王城に毒となる食材を持ち込まないために魔力のこもった食材を食べるのを止めると決めていて、魔力が枯渇した状態で僕という魔族の息子を生んでしまったからだ。
そのことが分かっているので父上もヒルダ姉上もエリアス兄上もエルランド兄上も、僕に母上のことは全然話してくれていなかった。僕が生まれたことで母上が死んでしまったという事実に僕がショックを受けないように、話題として避けていてくれたのだ。
父上とヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上の心遣いは嬉しかったが、僕は亡くなった母上のことが知りたかった。
魔族の国の王家から嫁いできて、魔力のこもった食材を口にしないと誓ってこの国で生き、死んでいった母上。
どんな方だったのか。
芯の強い頑固な方だったと父上からは聞いていたが、それ以上の話は聞いていない。
年末に王城に泊るときに僕は母上のことを聞くつもりでいた。
ロヴィーサ嬢とお父上にも聞きたいことがあった。
ロヴィーサ嬢のお母上は五年前に亡くなっているが、どのような状況だったのだろう。それにどのようなひとだったのだろう。
王城に出かける前の日のお茶の時間に、僕はロヴィーサ嬢のお父上も呼んで聞いてみた。
「僕が聞くことで悲しい思いをしたり、不快になったりしたら、答える必要はありません。僕は、ロヴィーサ嬢のお母上のことを知りたいのです」
前置きをして聞いてみると、ロヴィーサ嬢とお父上が顔を見合わせている。
「父上、わたくしに聞かせてくださったことがありますよね。母上との出会いを」
「あの話をするのか……。ロヴィーサの母、アマリアとは、私が馬車に乗って移動しているときに出会いました。彼女は馬車を追い駆けてくるモンスターを走って追いかけていたのです」
ロヴィーサ嬢のお父上の馬車がモンスターに追いかけられているときに、ロヴィーサ嬢のお母上は走ってそれを追い駆けていたようだ。
「アマリアはモンスターを倒して、私を救ってくれました。私が名前を聞くと、恥じらいながら名乗ったその姿に、私は一目で心奪われたのです」
「僕もロヴィーサ嬢にワイバーンから助けてもらいました。お父上も同じだったのですね」
「そうなのです。出会いは助けてもらったことでしたが、私はハータヤ伯爵家の嫡男で、アマリアはミエト公爵家の当主となる御令嬢。この想いは叶わぬものと思っておりました」
ミエト公爵家とハータヤ伯爵家では格が違うし、当主となるお母上と、嫡男だったお父上は結婚できるはずがなかった。
「それでも、私はアマリアを諦めきれずに、両親と弟に相談したのです。そうしたら、両親は私がミエト公爵家に婿入りすることを考えてくれて、弟が嫡男になってくれると言ったのです」
ロヴィーサ嬢のお父上とお母上が結ばれるまでには、煩雑な手続きはあったようだが、お父上のご両親は理解があって、弟さんを嫡男としてお父上をミエト公爵家に婿入りさせることに賛成してくれたのだ。
その話を聞いてロヴィーサ嬢が目を細めている。
「父上と母上の出会いを聞いて、わたくしもいつか、素敵な出会いあるのだろうと思っておりました。その思い通りにわたくしはエド殿下と出会えた。とても幸せなことです」
「ロヴィーサ嬢と僕が出会ったときと状況は似ていますよね」
「はい。父上の話が再現されたのかと思いました。でも、エド殿下はこの国の王子殿下。わたくしと結婚できるはずはないと諦めておりました」
僕もロヴィーサ嬢に初めて出会ったときに一目で心奪われたが、ロヴィーサ嬢の方も僕に好意を持っていてくれたことが分かって嬉しくなる。
「初めて出会ったときから、僕のことを想っていてくれたのですね」
「とても可愛らしい方だと思いました。成長すればきっと素敵な殿方になるだろうと思っておりました」
最初から僕とロヴィーサ嬢は両想いだった。
年の差があることに僕はずっと劣等感を抱いていたが、そんなものは抱く必要のないものだったのだ。
「ロヴィーサ嬢はお母上との思い出がありますか?」
「母は、鬼の力の指輪を使って、ミエト家の領地にモンスターが出ると狩りに行っていました。冒険者登録は行っておりませんでしたが、とても勇敢で、それでいて、家では優しく慎ましやかな淑女で、わたくしはあんな風になりたいとずっと憧れておりました」
「お料理上手もお母上に似たのですか?」
「母は侯爵家の当主でしたが、父やわたくしのために料理を作るのが大好きでした。わたくしも厨房に入って料理を手伝うのが好きで、母とはよく料理をした思い出があります」
話を聞いているだけでロヴィーサ嬢とお父上とお母上がどれだけ幸せに暮らしていたかが感じられる。
僕が幸せな気分になっていると、ロヴィーサ嬢が俯く。
「健康だったはずなのですが、母は病に倒れました。医者に診せたときには、もう助からないと言われたのです」
病の進行は早くて、ロヴィーサ嬢のお母上は医者に診てもらったときには助からないところまで来ていた。
「苦しい治療をするよりも、家で死にたいと母は望んで、父とわたくしで看病して、母を看取りました。穏やかな最期でした」
「眠っているようだったな……。痩せてやつれていなければ、死んでいるなんて思えなかった」
「父上……」
ロヴィーサ嬢もお父上も涙を堪えているような声になっている。
悲しい話をさせてしまったと僕は申し訳なくなる。
「思い出させてごめんなさい」
「いいえ、エド殿下にはなんでもお話ししたいのです。エド殿下と思い出を共有できるのは嬉しいことですわ」
涙を拭いて微笑むロヴィーサ嬢の強さと健気さに僕は胸を打たれた。
ロヴィーサ嬢はモンスターを狩る強さがあるが、決して乱暴でも粗野でもない。
洗練された貴族の振る舞いのできる淑女であるし、心優しく、アルマスとヘンリッキが喧嘩をしたときにはその理由も推測できるほど心の機微にも聡い。
しかも、ミエト公爵家の当主で、王族の中に入っても物怖じすることはなく、かといってでしゃばることもなく、慎ましやかに振舞ってくれる。
こんな完璧な婚約者がいるだろうかと思うくらいロヴィーサ嬢は完璧だった。
「お話を聞かせてくれてありがとうございました。これからも、色んなお話を聞かせてください」
「はい、ぜひお話いたしましょう」
「私で話せることならば何でも」
「お父上には、ロヴィーサ嬢の小さな頃の話も聞きたいです」
「エド殿下、それはちょっと恥ずかしいです」
和やかな雰囲気でお茶会は終わって、僕はロヴィーサ嬢のことをまた知れたような気がしていた。
翌日、王城に行くとロヴィーサ嬢に父上とエリアス兄上とエルランド兄上からお願いをされる。
「今日のお茶のお菓子を作ってくれないか?」
「エドの食べているお菓子はとても美味しいと聞きます」
「私たちも食べたいのです」
お願いをされてロヴィーサ嬢は優雅に頭を下げる。豪奢な巻いてある黒髪がふわりと揺れた。
「わたくしでよろしければ作りましょう。何かお嫌いなものはありますか?」
「特にないな」
「ありません」
「エドが食べているものをお願いします」
ロヴィーサ嬢が厨房に行くので、僕も手伝いに厨房に行く。ロヴィーサ嬢はパフェを作ることに決めたようだ。
コーヒーでゼリーを作って、スポンジ生地とコーヒーゼリーを入れて、アイスを重ねて、上にホイップクリームで飾り付けをする。
コーヒーゼリーパフェの出来上がりだ。
王族の使う居間に持って行くと、豪華な見た目のパフェに父上もエリアス兄上もエルランド兄上も驚いていた。
「これは何というお菓子かな?」
「コーヒーゼリーでパフェを作りました。アイスクリームとスポンジ生地が入っております」
「コーヒーでゼリーを作るのですか。美味しそうですね」
「いただきましょう」
父上の疑問に答えたロヴィーサ嬢に、エリアス兄上とエルランド兄上が早速食べ始める。
寒い日に暖かい部屋で食べるアイスクリームの美味しいこと。苦めのコーヒーゼリーとアイスクリームを合わせて食べると、コーヒーの香りが引き立つ。
パフェを食べながら、僕は本題に入る。
「父上も兄上たちも、母上の話を僕にしてくれません。僕が悲しむからと配慮してくださっているのは分かるのですが、僕ももう受け止められる年になりました。母上の話をしてくださいませんか?」
父上とエリアス兄上とエルランド兄上にお願いすると、父上が話し始めた。
「母上と出会ったのは、魔族の国に留学しているときだ。魔族の国ではモンスターが我が国と比べ物にならないくらい多い。研究課程の庭で騒ぎが起きていると思って見に行ったら、母上がドラゴンと戦っていた」
「え!? 母上はドラゴンと戦えたのですか?」
「見事な戦いぶりだった。ドラゴンを倒して、学友と共に捌いて肉にしていた。その逞しさに、私は母上に興味を持った」
なんと、母上はドラゴンを倒せるお方だった。
そんな話は初耳なので、僕が驚いていると、エルランド兄上もエリアス兄上も驚いている。
「母上はドラゴンを倒したのですか!?」
「父上と母上がそんな出会い方をしたなど、初めて聞きました」
「母上が恥ずかしがって、そのときのことは語ってくれるなと言っていたからな」
母上は魔法の使い手で、ドラゴンくらいなら倒してしまえるほどの手練れだったようだ。
「名前を伺って、魔族の国の王女殿下だと分かった。それから、学友だったダミアーン殿にお願いをして、母上と会わせてもらった。留学中何度もお会いして、留学が終わる前に私は母上にプロポーズした。母上はそれを受けてくれた」
父上と母上の間にはロマンスがあった。ドラゴンを倒すところを見て興味を持ったなんて、僕やロヴィーサ嬢のお父上と出会い方が似ている。
男は強くあらねばならないなんていうものもいるが、やはり強い女性に惹かれるのは男の本能なのかもしれない。
父上と母上の出会いの話が聞けて、僕は新しい発見をした気分になっていた。
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