10.友達の喧嘩
アルマスが三人兄弟の長男、ヘンリッキは二人兄弟の次男、僕は四人兄弟の末っ子の三男。
アルマスは僕たちよりも年が一つ上、ヘンリッキは学年の始めの生まれ、僕は学年の終わりの生まれ。
アルマスは元平民で今は子爵家の子息、ヘンリッキは公爵家の子息で嫡男、僕は国王陛下の息子で将来はミエト公爵家に臣籍降下する予定である。
僕とアルマスとヘンリッキは全く違う境遇で育ってきた。
ぶつかることも当然ある。
「アルマスは日常的に敬語を使うことを覚えた方がいい」
最初はヘンリッキが言った、正論が発端だった。
アルマスもそれは気にしていたのか、少し口を噤んだが、すぐに言い返す。
「それなら今のヘンリッキはどうなんだ? 敬語じゃなかったよな」
「揚げ足を取るなよ。私はアルマスの婚約者だから、敬語じゃなくてもいいんだ」
「エドヴァルド殿下も俺と話すときは敬語じゃないよな?」
単なる痴話喧嘩で終わるかと思ったのだが、話は僕にまで飛んできた。
僕は答える。
「僕は一応、王家の人間だからね。国王陛下の息子で、王子だし」
「俺が敬語じゃないのは嫌か?」
「そこがアルマスのいいところと言えるし、僕は嫌じゃないよ」
僕が答えればヘンリッキが困った顔になる。
「アルマスのこれからのことを考えれば、日常的に敬語を使えた方がいいのです。エドヴァルド殿下にも敬語を使うべきです」
「学友で、これまで散々普通に喋ってきたのに、今更敬語を使えって言うのか?」
「私はエドヴァルド殿下と話しているんだよ」
「ほら、俺には敬語じゃないじゃないか」
「揚げ足を取るなって言ってる! 私とアルマスは婚約者だろう?」
ヘンリッキとアルマスの言い争いが白熱してきたところで、僕はロヴィーサ嬢とのことを考えた。
僕は日常的にロヴィーサ嬢に敬語を使うし、ロヴィーサ嬢も僕に敬語を使う。
「僕とロヴィーサ嬢は敬語を使い合っているよ?」
「ロヴィーサ様はお淑やかな貴族のレディだからだろう? 俺は平民出の粗野な男なんだよ。それが嫌なら婚約破棄でもなんでもすればいいじゃないか」
「アルマス!? 私との婚約はそんなに軽いものだったのか!?」
何だかまずい方向に話が向いている。
僕はヘンリッキとアルマスを仲介しなければいけないと思った。
「僕たちで話すときくらいは普通に喋っていいと思うんだ。ヘンリッキも三人でいるときには、僕に敬語を使わなくていいよ」
「そういうエドヴァルド殿下の態度が、アルマスを甘えさせるのです」
「え? そうなの?」
「エドヴァルド殿下のせいにするなよ。エドヴァルド殿下は親しみを持って敬語じゃなくていいって言ってくれているんだろう?」
「親しき中にも礼儀ありだ。特に、エドヴァルド殿下は王子なのだぞ?」
「もう、面倒くさいな!」
しつこいヘンリッキにアルマスは呆れ果てたようだ。それ以上話をせずに黙っている。
「アルマス、聞いているのか、アルマス!」
「ヘンリッキ、そんなに拘ることじゃないよ。アルマスは公の場所では敬語を使えているんだからね」
「エドヴァルド殿下はそう仰いますが、私はアルマスが心配なのです。貴族社会はどこで足を掬われるか分からない場所。アルマスの礼儀作法がなってないことで、誰かが責めるのが嫌なのです」
ヘンリッキの気持ちも分かるのだが、アルマスはずっと自由にやって来た。僕と出会って三年目になるが、ずっと親し気に交流してきたのだ。それを急に変えろという方が難しかった。
「ロヴィーサ様にアンニーナとアクセリがマナーを習いに行っているのに、アルマスも加わった方がいいんじゃないか?」
「アンニーナが学びに行ってるだけで、アクセリはついて行ってるだけだよ」
「それでも、アルマスよりもアクセリの方が礼儀作法がちゃんとしているじゃないか」
ヘンリッキの語調が段々と粗くなってくるのを感じる。
止めなければと思うのに、僕は上手く間に入れない。
そのまま険悪なムードのままでヘンリッキとアルマスは高等学校から帰って行った。
ミエト家に帰るとロヴィーサ嬢の顔を見て僕は弱音が吐きたくなった。
ロヴィーサ嬢の顔を見るとホッとしてしまう。
「ロヴィーサ嬢、僕はどうすればよかったのでしょう」
「どういたしました、エド殿下?」
「話を聞いてくれますか?」
「はい、おやつを食べながら聞きましょう」
ロヴィーサ嬢は厨房でクレープを焼く。僕はロヴィーサ嬢を手伝ってクレープの間にクリームと林檎の煮たものを入れて、重ねていく。
最後に粉砂糖を振るってオーブンで少しだけ焼くと、香ばしいクレープの重ね焼きが出来上がった。
クレープの重ね焼きをロヴィーサ嬢が切ってくれて、僕は食べながらぽつぽつと話す。クレープの重ね焼きは表面に振るった粉砂糖が溶けてカリカリに焼けてとても美味しい。
「ヘンリッキとアルマスが喧嘩をしてしまったのです」
僕はあのときどうすればよかったのか、ロヴィーサ嬢に聞いてみたかった。
「喧嘩のきっかけはなんだったのですか?」
「アルマスが僕やヘンリッキに敬語を使わないことです。ヘンリッキはそんなことだと将来困ると心配していました」
「アルマス様はエド殿下のご学友。エド殿下が許可しているのならばよいのではないでしょうか」
「その話もしたのですが、ヘンリッキは譲らなくて」
俯いてミルクティーを飲む僕に、ロヴィーサ嬢は逡巡してから答えてくれた。
「もしかすると、嫉妬なのかもしれません」
「え? ヘンリッキが僕に嫉妬?」
「アルマス様はエド殿下とヘンリッキ様にだけ砕けた口調を使います。ヘンリッキ様もアルマス様には砕けた口調を使いますが、エド殿下には敬語を使います。ヘンリッキ様はアルマス様の砕けた口調を独り占めしたかったのではないでしょうか」
ロヴィーサ嬢に言われてみればそうだったのかもしれないと思い至る。
嫉妬されているなんて考えもしていなかったが、アルマスとヘンリッキは婚約していて、僕はその親友という立場で、恋人同士と一緒にいる状態になっていたのだ。
元が学友だったので学友の親しさで接していたがヘンリッキにはそれが嫉妬してしまう原因だったのかもしれない。
僕に嫉妬しているのを、直接言うわけにはいかず、アルマスに当たるようなことになってしまったのか。
「僕はどうすればいいのでしょう?」
「そのままでよろしいのではないでしょうか」
「このままでいいのですか?」
聞き返すとロヴィーサ嬢は穏やかに頷いた。
「ヘンリッキ様も今頃冷静になって、自分のしたことが恥ずかしかったと悶えていると思います。アルマス様はマイペースにヘンリッキ様が甘やれば許すでしょう」
ヘンリッキとアルマスは、アルマスが大らかだからヘンリッキを受け止められている。ロヴィーサ嬢はそう言っていた。
僕はロヴィーサ嬢の言葉を信じて、次の日も高等学校に行った。
高等学校では午前中の授業ではヘンリッキとアルマスは僕を挟んで、一切口を聞かなかった。
お互いに口を聞かないのに、僕には話しかけて来るので気まずい。
「エドヴァルド殿下、この問題はどう思いますか?」
「あってるんじゃないかな?」
「エドヴァルド殿下、公式が間違ってるよ」
「あ、そうか、こっちの公式か」
別々に話しかけられてきて、僕も対応に忙しい。
「公式が間違っているようですね」
「う、うん、アルマスが言ったよ?」
「エドヴァルド殿下解き直したら答え合わせをしよう」
ヘンリッキの方を見て答え、アルマスの方を見て問題を解き直し、僕は早く二人が仲直りしてくれないと、首が痛くなるのではないかと困ってしまった。
お弁当の時間になって中庭に移動すると、ヘンリッキがやっとアルマスに話しかけた。
「アルマス……昨日は、ごめん」
「何に対しての謝罪だ?」
「アルマスがエドヴァルド殿下と私と三人のときには敬語を使わないことに対しての謝罪だよ。分かってるだろ。悪かったって言ってるんだよ」
「ヘンリッキ、何で昨日はあんなに苛々してたんだ? 教えてくれよ」
謝るヘンリッキに対して、アルマスは大人の対応をしていた。
ヘンリッキは困ったような顔をして、話し出す。
「私の婚約者が元は平民であることを、よく思っていない親戚が来たんだ。そういう貴族はきっとたくさんいるだろうと思う。そんな中で、アルマスが少しでも責められないようにしたかった」
「そうだったのか。怒ってないよ」
「ありがとう、アルマス」
それに、とヘンリッキが続ける。
「私にだけ親し気にして欲しかった」
頬を染めて言うヘンリッキに、アルマスが苦笑している。
「エドヴァルド殿下にヤキモチを妬いていたのか」
「帰った後で自分でも恥ずかしくて反省したよ」
どうやらヘンリッキとアルマスの喧嘩は終わったようだ。
「巻き込まれた僕に謝ってほしいんだけどな」
悪戯っぽく僕が言うと、ヘンリッキもアルマスも僕の方に向き直る。
「申し訳ありませんでした、エドヴァルド殿下」
「ごめんな、エドヴァルド殿下」
「許す」
ロヴィーサ嬢の言っていただけではなかったけれど、ヘンリッキはアルマスのことを心配していたし、僕にも嫉妬していた。
そのことが分かって、僕はこれからは気を付けるべきかと考えてしまう。
「これからは、ヘンリッキとアルマスがお弁当を食べるときに別に食べた方がいい?」
「そんなことはありません」
「エドヴァルド殿下とおかずを交換するの、俺、好きだよ」
「私も光栄に思っています」
二人に否定されて僕は安心していた。
初めて見た喧嘩の場面に僕はびっくりしたけれど、丸くおさまってよかったと思っていた。
読んでいただきありがとうございました。
面白いと思われたら、ブックマーク、評価、いいね!、感想等よろしくお願いします。
作者の励みになります。




