4.魔窟から出たドラゴン
魔窟に巨大なドラゴンが現れた。
知らせを聞いたロヴィーサ嬢はすぐに冒険者の格好に着替えて出かける準備をした。
細身のパンツに動きやすいシャツ、皮のベストと太い皮のベルトを身に着けて、腰には大振りのナイフを下げている。履いているのはショートブーツだ。
ロヴィーサ嬢に倣って、僕もパンツとシャツとベストという動きやすい格好で、ショートブーツを履いて、髪を赤い鳥の魔法具で纏めた。
「ドラゴンは魔窟から出て家畜を襲ったということです。家畜を失った農家にも保証金を出さねばなりませんね」
「ロヴィーサ嬢、ミエト家から保証金を出すのですか?」
「魔窟のそばの土地の居住者は、危険を覚悟して住んでくれています。魔窟のそばの土地も有効活用できているのは、彼らの覚悟のおかげです。モンスターを倒せば冒険者ギルドから報酬が支払われるので、それを保証金に当てます」
魔窟のモンスターを恐れながらも土地を有効活用してくれているひとたちには、それなりの保証がなされなければいけない。そういうひとたちがいてくれるからこそ、ミエト領が豊かでいられるのだからとロヴィーサ嬢が話してくれる。
僕にはそういう発想はなかったので、やはりロヴィーサ嬢はミエト領の領主なのだと尊敬してしまう。
ロヴィーサ嬢が駆け付けたときには、ドラゴンは牛を咥えて魔窟に戻ろうとしているところで、冒険者ギルドの冒険者たちが周辺住民を避難させていた。
細長い体に短い手足、尻尾にはヒレがついていて、顔もなんだか丸い印象のドラゴンには翼がなかった。
「これは何なんでしょう」
「もしかして、ウナギでは」
「ウナギ!?」
知らない単語に僕が聞き返せば、ロヴィーサ嬢が答えてくれる。
「ウナギにそっくりの味のドラゴンがいると聞きました。ウナギはかば焼きにしたらご飯と食べると美味しいですし、白焼きにしてワサビを添えて食べるのもとても美味しいんですよ」
「かば焼きって何ですか?」
「特製のたれをつけてじっくりと焼くのです」
それはとても美味しそうだ。
僕にはドラゴンがウナギにしか見えなくなっていた。
食べたことのないウナギを僕も食べたい。
「食べたいです!」
「ウナギの血には毒があります。気を付けてください」
「はい」
「エド殿下のために必ずや勝って参ります」
勇ましく宣言してロヴィーサ嬢がウナギ……ではない、ドラゴンの背中に飛び込んでいく。駆け上がりながらナイフで切りつける様子はとても格好いいが、僕は血が毒だということを心配していた。
「風よ、どうかロヴィーサ嬢を守って!」
僕が魔法を展開させると、風の障壁がロヴィーサ嬢を取り巻く。ドラゴンに切りつけたロヴィーサ嬢は返り血を浴びずに、風の障壁がそれを弾いた。
「エド殿下、ありがとうございます!」
「ロヴィーサ嬢、気を付けて」
「はい!」
声を交わしながら、ロヴィーサ嬢はドラゴンの体の横を切り裂きながら顔の前まで回り込んで、顎の下から強烈な蹴りを入れた。
咥えていた牛を吹っ飛ばして、ドラゴンが地面の上に倒れてもがく。的確にロヴィーサ嬢はその喉元をナイフで切って止めを刺した。
戦いが終わると、ロヴィーサ嬢はドラゴンが咥えていた牛を確認しに行った。牛は死んでいたが、食い荒らされてはいなかった。
「この牛の持ち主に連絡して、ミエト家でこの牛は引き取ると伝えてください」
死んだ牛も無駄にすることなくロヴィーサ嬢はミエト家で引き取ると言っている。
「ドラゴンに噛まれて魔力を受けてしまったので、マンドラゴラで処理をしなければ食べられないでしょうし、ドラゴンに殺された牛を食べたいと思わないかもしれません。それくらいなら、わたくしとエド殿下で食べてあげましょう」
「魔力を受けたのなら、僕も美味しく食べられますね」
「牛肉とウナギのご馳走ですよ」
ロヴィーサ嬢に言われて僕は唾を飲み込んだ。
魔窟から出たドラゴンの退治は無事に終わったが、ドラゴンが出るくらいなので魔窟が荒れていないかロヴィーサ嬢は点検することに決めた。僕も当然ついて行く。
左側の畜肉を養殖するエリアではモンスターは大人しくしていた。右側の海産物を養殖するエリアに異変が見られた。
「養殖されているモンスターが荒らされていますね。あのドラゴンは相当の深層から来たようです」
「充分に育ったウナギが、お腹を空かせて、海産物のモンスターを食べながら地上まで上がって来たってことですか」
「そのようですね。一度、もっと深層まで魔窟を点検する必要があるかもしれません」
「そのときには新しい食材が見付かるかもしれないのですね」
「はい、エド殿下。いっぱい食べましょうね」
倒してしまったモンスターは食べる以外に利用価値はない。モンスターの血肉は魔力を帯びているので、土に埋めるとその土に生えるものが魔力を持ってしまうし、焼いても少量ならばいいが大量ならば灰が残る。
結局は食べるのが一番いい処理方法なのだ。
ドラゴンの血には毒があるということでその場では捌かずにロヴィーサ嬢はそのままドラゴンを持って帰ることにした。牛は捌いて肉だけにして、マジックポーチに入れている。
「エド殿下は馬車で帰ってください。わたくしはドラゴンを担いで走って帰ります」
「僕だけ馬車で申し訳ないです」
「気にしなくても大丈夫です。わたくしは鬼の力の指輪を使っております。脚も強化されております」
肩に軽々と巨大なドラゴンを担いだロヴィーサ嬢が僕に馬車に乗るように促している。後ろ髪引かれながら僕は馬車に乗り込んだ。
動き出す馬車とロヴィーサ嬢が並走しているのを見る。
長い豪奢な黒髪をなびかせて、ロヴィーサ嬢は走っていた。ドラゴンを肩に担いで。
なんて逞しくて格好いい姿なのだろう。
僕はロヴィーサ嬢に惚れ直していた。
ミエト家に戻ってからロヴィーサ嬢はドラゴンの血抜きをして捌いて行った。死んでいるはずなのにびちびちとまだ動くドラゴンの頭を長い剣で突き刺して地面に繋ぎ止め、そのまま体を開いていく。
見事な手さばきに僕は見惚れてしまう。
捌かれたドラゴンはたれをつけてかば焼きにされた。
串に身を刺してたれをつけながらひっくり返して焼いて行く様子に、早く食べたくてたまらなくなる。
ドラゴンの肝はお吸い物になった。
「ウナギのかば焼きと、肝吸いです。明日は白焼きにしてみましょうね」
「とても美味しそうです」
「父上も呼んでよろしいですか?」
「もちろんです」
ドラゴンにはマンドラゴラで処置をしていたので、人間のロヴィーサ嬢のお父上が食べても大丈夫なようになっていた。
お父上も呼んでの食卓は賑やかなので僕は嬉しかった。
ロヴィーサ嬢のお父上が来てからドラゴンのかば焼きを食べる。香ばしいたれにパリパリの皮、ふっくらと柔らかな身がとても美味しい。ご飯の上に乗せると、ご飯があっという間になくなってしまう。
「ロヴィーサは最近、エドヴァルド殿下のために私も食べたことのない料理を出して来ますね」
「お父上も食べたことがないのですか?」
「この料理は初めてです。エドヴァルド殿下のために書庫のレシピで研究しているのでしょう」
こういう話が聞けるから、お父上と食事をするのは大好きなのだ。
「僕のためにロヴィーサ嬢が新しいレシピを探してくれているなんて、とても嬉しいです」
「父上、言わないでくださいませ」
「ロヴィーサは小さな頃から恥ずかしがり屋で、公の場では母親の影に隠れてばかりでした。エドヴァルド殿下、ロヴィーサのそんなところも受け止めてください」
「はい。僕はロヴィーサ嬢の恥ずかしがり屋なところも可愛いと思っています」
素直に返事をするとロヴィーサ嬢の顔が真っ赤になる。
「可愛いなんて、エド殿下の方が可愛いですよ!」
「いいえ、ロヴィーサ嬢の方が可愛いですね」
「可愛いのはエド殿下です」
「ロヴィーサ嬢が可愛いですよ!」
これだけは譲れないと、僕は主張し続けることにした。
読んでいただきありがとうございました。
面白いと思われたら、ブックマーク、評価、いいね!、感想等よろしくお願いします。
作者の励みになります。




