12.魔族の国の夜
シャワーを浴びたロヴィーサ嬢がベッドの端に腰かけて、髪の毛を編んでいる。
ハーフアップにしていることの多いロヴィーサ嬢が髪の毛を三つ編みにしているのは初めて見たので、僕はロヴィーサ嬢をじっと見つめてしまった。
白い小花柄のネグリジェを着ているロヴィーサ嬢。石鹸とシャンプーの香りがする。
「ロヴィーサ嬢は髪を三つ編みにして寝るのですね」
「寝ている間に絡まったり、踏んでしまったりしたら、よく眠れないので」
「三つ編みもお似合いです」
僕が微笑むとロヴィーサ嬢が顔を赤くして目を伏せる。
あれ?
僕は非常に大胆なことをしてしまったのではないだろうか。
僕は十三歳でまだ子どもの域を出ないかもしれないけれど、ロヴィーサ嬢は今年で十九歳になる大人なのだ。
そんな淑女と同じ部屋で眠るというのは、ものすごく大きな意味があったのかもしれない。
「ろ、ロヴィーサ嬢! ごめんなさい! 部屋を変えてもらいます」
「え?」
「僕は妙齢の女性に失礼なことをしてしまいました!」
やっと気付いて部屋を出ようとする僕のパジャマの袖を、ロヴィーサ嬢がツンっと摘まむ。見上げられて、僕は心臓が高鳴るのが分かった。
「エド殿下が意識してくださるとは思いませんでした。違うベッドですし、エド殿下はわたくしのことを考えて同室にしてくださったのでしょう?」
「全く知らない異国で、僕のように爺やを連れているわけでもなく、たった一人で僕と離れた部屋でロヴィーサ嬢が眠るのが、心配だったのです。それで、勢いで言ってしまいましたが、ロヴィーサ嬢はお困りですよね」
「いいえ……エド殿下のお気持ちが嬉しいです」
僕の心遣いはロヴィーサ嬢に届いていた。
いい香りのするロヴィーサ嬢と同じ部屋で眠るのは、僕の方が心臓が持たないかもしれないが、ロヴィーサ嬢はそんなに気にしていないようだった。
ほっとして僕は自分のベッドに腰かけた。
壁があるわけではないが、カーテンで区切ることができて、ロヴィーサ嬢と僕は手前の部屋と奥の部屋で眠ることになっている。
手前の部屋のベッドはソファをベッドにしたものだったが、寝具がちゃんと準備されていて、寝にくそうではない。
僕は奥の部屋をロヴィーサ嬢に譲りたかったのだが、ロヴィーサ嬢はそれに関しては賛成してくれなかった。
「エド殿下が奥の部屋で眠ってください」
手前の部屋は襲撃があったときにすぐに対処できる場所でもある。お祖父様とお祖母様が治める平和な魔族の国で襲撃などないと分かっているが、形だけでも僕はロヴィーサ嬢を守りたかった。
それを許されず、僕は奥の部屋でロヴィーサ嬢に守られている。
眠ろうと部屋の灯りを消したところで、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
ロヴィーサ嬢が顔を出すと、使用人が頭を下げている。
「厨房で眠らせていた電気羊が目を覚ましました。暴れていて危ないので、お部屋でお待ちください」
「電気羊、ですか?」
さすがは魔族の国である。新鮮な肉を取るためにモンスターを捕獲して眠らせて、厨房で保管しているのだ。
ロヴィーサ嬢が僕を振り返る。
「マトンはお好きですか?」
「食べたことがないです」
「狩りましょう!」
カーテンを一度閉めて素早く冒険者の衣装に着替えたロヴィーサ嬢が、部屋から駆け出る。僕も着替えてロヴィーサ嬢の後を追った。
王城の入口の天井の高いホールに、小山ほどもある巨大な羊が角を振り回して暴れている。ロヴィーサ嬢が近寄ろうとしても、電撃を降らせて威嚇してくる。
「お下がり下さい! 今、捕獲する兵士を呼んでおります!」
「それ、借りてもよろしいですか?」
「え?」
箒を持って勇敢に抵抗する使用人に、ロヴィーサ嬢が手を伸ばす。箒を借りたロヴィーサ嬢は、槍投げの要領でそれを電気羊に向かって投擲した。
脳天に箒が刺さって、仰け反った電気羊の顎に、滑り込んだロヴィーサ嬢の蹴りが入る。
ごきっと骨が砕ける音がした。
血泡を吐きながら床に頽れる電気羊に、ロヴィーサ嬢はいい笑顔で僕の方を振り返った。
「明日の朝ご飯は、マトンかもしれません」
「マトン、美味しいのですか?」
「癖はありますが、香草を使うと美味しいですよ」
新しい味覚が拓けそうな予感に、僕は唾を飲み込んでいた。
ロヴィーサ嬢が厨房から逃げ出した電気羊を仕留めたと聞いて、エリアス兄上もダミアーン伯父上もお祖父様もお祖母様もやってくる。
「魔族でもこれだけ見事に狩れるものは少ない」
「とても素晴らしい婚約者を得ましたね、エドヴァルド」
「本当にロヴィーサ嬢がこんな大きな獲物を狩ったのか!?」
「エドヴァルドを任せるに相応しい人物だな」
お祖父様もお祖母様もロヴィーサ嬢を褒めていて僕は鼻が高かった。エリアス兄上は狩りの場面は初めて見たので驚いている。ダミアーン伯父上はすっかりとロヴィーサ嬢に信頼を寄せていた。
「明日の朝食に電気羊の肉を出してくれますか?」
「調理させましょうね」
「厨房に言って下処理をさせておこう」
僕がお願いすると、お祖母様もお祖父様も快く了承してくれた。
明日の朝ご飯を夢見て、僕はぐっすりと眠った。
ロヴィーサ嬢の勇姿を瞼に焼き付けて。
翌朝には、マトンの香草焼きが出てきた。確かに癖が強かったが、脂が全然重くなくて、食べやすい。癖が強いのも慣れれば美味しいと感じられた。
「とても美味しいです、お祖父様、お祖母様」
「それはよかった」
「たくさん食べてくださいね」
僕は朝からお腹いっぱい食べて、お弁当も作ってもらって、お祖父様とお祖母様にご挨拶をした。
「お祖父様、また来ますから、お元気でいてください」
「エドヴァルド、待っているよ」
「お祖母様も、健康に気を付けて長生きしてくださいね」
「ありがとう、エドヴァルド」
二人に抱き締められて、僕は魔族の国の王城から辞した。
ミエト家に帰ると、着替えて高等学校に行く準備をする。
ロヴィーサ嬢も着替えて研究課程に行く準備をしていた。
「冬休みには魔族の国へ参りましょうか?」
「そうですね。お祖父様があんなに寂しがっていたなんて気付いていませんでした」
僕は自分が生きることに必死で、周囲のことまで気にすることができていなかった。魔族の国でお祖父様はずっと僕のことを心配し続けていてくれたのだ。
今回の訪問でロヴィーサ嬢が料理上手なのも、モンスターを狩るのが上手なのも見せられたので、お祖父様も安心したことだろう。
「僕も高等学校を卒業したら、魔族の国に留学するべきなのでしょうか」
「エド殿下がいなくなると、わたくしが寂しいですね」
こんなことを言ってしまってはいけないのかもしれないけれど。
ロヴィーサ嬢の素直な呟きに、僕は考える。
「爺やが持っている魔法石を使ったら、毎日帰って来られるかもしれません」
毎朝ミエト家から魔族の国に行って、魔族の国の研究課程で学んできて、授業が終われば魔法石でミエト家に帰ってくる。
「爺や、そんなことができる?」
「できると思いますよ」
「それなら、ロヴィーサ嬢と離れないで済むね」
ダミアーン伯父上がくれた魔法石という素晴らしいアイテムが僕にはあった。
ロヴィーサ嬢を寂しがらせずに、魔族の国へ行って帰ってくることができる。
「その頃にはエド殿下も十八歳ですね」
「成人したら、僕はロヴィーサ嬢と結婚して、公爵家に降下します」
それは父上とも話し合って決まっていること。
王族ではなくなる僕だが、魔族の国のお祖父様とお祖母様の孫ということには変わりない。
お祖父様もお祖母様も魔族の国の研究課程で一年間学ぶことは歓迎してくれるだろう。
「魔族の国の国王陛下も王妃様も、わたくしを認めてくださったようでよかったです」
「認められなくてもロヴィーサ嬢は僕の婚約者だし、僕が認めさせてみせます!」
結果的に認められたからこんなことを言えるのかもしれないが、僕はロヴィーサ嬢との仲を誰に反対されても諦めるつもりはなかった。
「エド殿下、お慕いしております」
頬を染めて囁くロヴィーサ嬢に、「僕もです」と答えて、僕はロヴィーサ嬢の手を取って左手の薬指に口付けた。
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