27.ロヴィーサ嬢のお誕生会
ロヴィーサ嬢は初夏の生まれだった。
ロヴィーサ嬢のお誕生日は、ミエト公爵家の当主なので盛大に祝われる。
エリアス兄上は魔族の国に留学に行っているので来られないが、エルランド兄上は王家を代表して来てくれると約束してくれた。
「アルマス様のお誕生日会で練習ができて良かったです。エド殿下のテーブルには兵士をつけて厳重に守らせます。絶対に事故があってはなりません」
「アクセリの件は肝を冷やしましたね。僕も僕が食べるもので誰かが害されるようなことは嫌です」
「重々気をつけましょう」
貴族社会は陰謀の渦巻く場所でもある。
僕のテーブルから取ったものを他の貴族に食べさせて、命を奪ったり、ミエト公爵家の管理がなっていないことを指摘したりするようなことがあってはならない。
僕もロヴィーサ嬢もアルマスのお誕生日会以上に警戒していた。
ロヴィーサ嬢のお誕生日には、ロヴィーサ嬢は新年のパーティーで着た薄紫のドレスを着ていた。スカートが膨らみ過ぎていなくて、ロヴィーサ嬢の細身の体によく似合う。
僕も新年のパーティーと同じ、深い海のような青のスーツを着た。スーツが若干小さくなったような気がしているのは、嬉しいことだ。
「僕はまた背が伸びたようです」
「ダミアーン王太子殿下も国王陛下も背がお高いですからね。エド殿下も背が高くなるのでしょう」
これまではモンスター由来のものがなかなか手に入らなくて、万年栄養不足だった僕は、成長不良だった。それを取り戻すように今はよく食べ、よく眠り、健康に成長している。
「エドヴァルド殿下のお誕生日は王城で開きたいと国王陛下から書状が届いております」
爺やがロヴィーサ嬢と話している僕に、そっと耳打ちしていく。
ロヴィーサ嬢も僕も、爺やが同じ空間にいても、存在しないような気分で話をしていた。
それだけ爺やがそばにいることが僕にとっては自然なのだ。
「まだ僕はミエト公爵家に臣籍降下していませんから、王城でお誕生会を開かれるのも仕方がない、ですよね」
呟きながら僕はちょっとがっかりしてしまう。
僕のお誕生日なのに、僕は王城では食べるものを準備されない。国王陛下である父上とエルランド兄上のいる場で、毒物となりえるモンスター由来の料理は出されないに決まっているのだ。
「王城でお祝いしてもらった後に、二人きりで特別なディナーをしましょう」
「特別なディナーですか?」
「その日のために、魔窟で食材を集めておきます」
ロヴィーサ嬢に言われると僕は気分が浮き上がってくる。
父上もエルランド兄上も心苦しく思っているだろうが、貴族社会とはそういうものなのだと僕は納得しなければいけなかった。
ロヴィーサ嬢のお誕生日会にはハーヤネン公爵家の夫妻も参加していた。ヘンリッキが僕のところに挨拶に来る。
「ロヴィーサ様、お誕生日おめでとうございます。これからもエドヴァルド殿下と仲良くされてください」
「ありがとうございます、ヘンリッキ様」
「ありがとう、ヘンリッキ」
僕とロヴィーサ嬢がお祝いの言葉にお礼を言っていると、ハーヤネン公爵家の夫妻が頭を下げている。
「あんなことをしでかしてしまったヘンリッキを学友としてくださって、受け入れてくださるエドヴァルド殿下の懐の深さに感謝いたします」
「今後ともロヴィーサ様とエドヴァルド殿下のご多幸をお祈り申し上げます」
ミエト家が公爵家になったことで、ハーヤネン公爵家にはライバルが増えたことになるが、ヘンリッキと僕が親友であるのならば、公爵家同士が仲良くできる可能性もある。
「アルマスがエドヴァルド殿下とロヴィーサ様からいただいたマンドラゴラの種を分けてもらって、我が領地でも育てています」
「ハーヤネン公爵家の領地でもマンドラゴラを栽培しているのですか?」
「大量の収穫は難しいですが、薬として病魔に苦しむひとたちに届けられるようにしたいと思っております」
ヘンリッキはアルマスからマンドラゴラの種も分けてもらっているようだ。僕が考えているよりもヘンリッキとアルマスの関係は進んでいるのかもしれない。
アルマスはマンドラゴラにラインダンスをさせたいと言っていたが、ヘンリッキは領地の民のことを考えている。
エルランド兄上も僕とロヴィーサ嬢のところに挨拶に来てくれた。
「父上からお祝いの書状を預かっております。ロヴィーサ嬢、お誕生日おめでとうございます。これからもエドのことをよろしくお願いします」
「国王陛下からのお祝い、有難く受け取らせていただきます。エルランド殿下もありがとうございます。今後ともエドヴァルド殿下と共に歩んでいきたいと思っております」
深々と頭を下げて書状を受け取ったロヴィーサ嬢に、エルランド兄上はロヴィーサ嬢にそっと耳打ちした。
「そのドレスはとてもお似合いですが、エドのお誕生日には新しいドレスを誂えることをお勧めいたします。同じ色で構わないので」
エルランド兄上の言葉に僕ははっとする。
僕は貴族の上に立つ王族で、ロヴィーサ嬢は王族と結婚する公爵なのだ。
新年のパーティーと同じドレスとスーツでいてはいけなかった。
誰も教えてくれないことを、エルランド兄上は言いにくそうだったが教えてくれた。
教えてもらえなかったら、僕もロヴィーサ嬢も同じドレスとスーツで僕のお誕生日に出席していたかもしれない。
こんな細かいところまで貴族は見ているのだと身が引き締まる思いだった。
エルランド兄上は僕の料理の乗っているテーブルも見ていった。
「豪華な料理が並んでいますね。エドは毎日美味しいものを食べているのですね」
「わたくしが作らせていただいております」
「ロヴィーサ嬢が? エドは幸せ者ですね」
テーブルの上の料理は魚料理も鳥肉の料理も豚肉の料理もあって、どれも会場の料理と変わらないように見える。
「父上が下賜された所領にあった魔窟で、ロヴィーサ嬢がモンスターを狩って来てくれるのです。僕は、海老も蟹もホタテもイクラも、フォアグラも食べました!」
王城にいた頃は、自分のお皿の上に乗っているものが品数も少なく、決まったものばかりで、ヒルダ姉上やエリアス兄上やエルランド兄上や、父上の食べているものが羨ましくて仕方がなかった。
今は僕はそれらの味を知っている。
「僕は白身魚が好きだということが分かりました。青魚はちょっと苦手です。肉も、一番好きなのは豚肉だと分かりました」
どれもモンスターの話なのだがエルランド兄上は笑顔で聞いていてくれる。
「好き嫌いが出るまで、エドに選択肢が広がったということだな。エドが幸せそうでよかった」
エルランド兄上は僕を抱き締めて喜んでくれた。
貴族たちからの挨拶を受ける間、僕とロヴィーサ嬢は少し落ち着かない気分だった。
新年のパーティーと同じドレスとスーツのロヴィーサ嬢と僕を、貴族たちが腹の底で笑っているかもしれないと思うと、愉快な気持ちにはなれなかった。
「エルランド兄上に言われなければ気付きませんでしたね」
「わたくしも、所領がなかった時期の癖が抜けていませんでした」
質素倹約を重んじるのはいいのだが、貴族社会は見栄も大事なのだ。
僕は小さくなりかけたスーツを着ていてはだめだし、ロヴィーサ嬢はお誕生日にあたってはドレスを新調しなければならなかった。
「わたくしは、公爵としての自覚がなかったかもしれません」
「それを言うなら、僕もです。僕も、王子としての自覚がありませんでした」
幼い頃から魔力が足りずに病弱で、あまり公の場に出されずに、箱入りで育ってしまったがために、僕は王族としての自覚が足りていなかった。
「エドヴァルド殿下、ロヴィーサ様、どうなさいましたか?」
「エルランド兄上に言われたよ。新年のパーティーと同じドレスとスーツではいけなかったと」
「それは私も気付きませんでした。役立たずの爺やで申し訳ありません」
「ううん、爺やは悪くないよ。僕が自分で気付かなければいけなかった」
ロヴィーサ嬢は料理もして、モンスター狩りにも出かけ、家庭菜園を作る非常に働き者で素晴らしい方だが、貴族としては自分を着飾ることをあまりよしとせず、慎ましやかに暮らしている方だと思う。
僕という王子の婚約者になってしまったから、ロヴィーサ嬢の平穏を僕が壊してしまったのだ。
「僕と一緒にいるとこのような問題がたくさん出てくると思います。それでも共にいてくれますか?」
僕の問いかけにロヴィーサ嬢が微笑む。
「もちろんです、エド殿下」
僕がロヴィーサ嬢を守らなければいけない。
守られているだけではいけないと思った日だった。
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