26.アルマスのお誕生会
ミエト公爵家のお屋敷に戻ると、僕は真っすぐにロヴィーサ嬢の部屋に向かった。ドアをノックすると、中から返事がくる。
「少し待っていてください。すぐに準備をします」
ロヴィーサ嬢も研究課程から戻って来たばかりのようだった。
僕が待っていると、ロヴィーサ嬢は中からドアを開けてくれる。
ロヴィーサ嬢の部屋に入るときに、僕は落ち着かない気分になった。
将来は結婚するといっても、妙齢の女性の部屋にみだりに入ってはいけない。それは王族として僕が教えられていたことだった。
ロヴィーサ嬢は豊かな緩く波打つ髪を一つに纏め、華美ではないが上品なワンピースを着ていた。
部屋の中は整頓されていて、ベッドもベッドカバーがかけられて、枕元にはアクセサリーボックスが置いてある。
「ロヴィーサ嬢のお部屋に初めて入りました。いい香りがします」
「庭の春薔薇を庭師さんが切ってくださったんです。窓辺に飾っていますがとてもきれいなんですよ」
窓辺には白い薔薇が飾ってあった。ロヴィーサ嬢の清楚な姿によく似合う。
「何かお話があって来られたのでしょう? 椅子に座りますか?」
机の椅子を勧められて僕は椅子に腰かけた。ロヴィーサ嬢はそばで立っている。
「アルマスがもうすぐお誕生日なのです。アルマスはお誕生日会をしたことがないと言っています。僕の学友として、貴族のお誕生日会を経験させておくのもいいかなと……いうのは、言い訳で、僕はアルマスのお誕生日を盛大に祝いたいのです」
素直に白状すると、ロヴィーサ嬢は少し考えるように口元に手をやった。
「エド殿下と同席してのお誕生日会なら、エド殿下の食事を厳密に他の方の食事と分けなければいけませんね」
「そうなのです。そこがどうにかならないかと相談したかったのです」
「エド殿下の料理を置く場所だけは別のテーブルにして、お皿も明らかに分かる別のものにいたしましょう」
僕は自分の食べるもので他のひとが害されることは絶対に嫌だったが、僕が食べることを妥協するのも嫌だった。僕が他のひとと同じものを食べると、逆に今度は僕が体調を崩してしまう。
それはアルマスもヘンリッキも望まないと分かっているのだ。
「エルランド兄上も呼びたいのです。アルマスとヘンリッキを正式に紹介しようと思っています」
「エルランド殿下が来られるのならば、他の方々の料理も考えなければいけませんね。他の方々の料理は厨房の料理人に任せますが」
僕とロヴィーサ嬢はアルマスのお誕生日の計画を立てていった。
春の週末に、アルマスの家に馬車を送って迎えに行かせて、エルランド兄上もヘンリッキも到着して、アルマスのお誕生日会が始まった。
お誕生日会は立食形式だったが、アルマスもアルマスの両親も、アルマスの弟と妹もとても喜んでいた。
「妹のアンニーナ、八歳です」
「弟のアクセリ、九歳です」
アルマスの弟と妹は可愛く頭を下げて自己紹介をしてくれた。
妹のアンニーナも弟のアクセリも、アルマスに似て赤毛で緑の目だった。
「アンニーナ、アクセリ、あのテーブルに乗っているものは絶対に食べちゃダメだからな」
「なんで、お兄ちゃん?」
「すごく美味しそうだよ?」
「あの料理はエドヴァルド殿下のためのものだ。エドヴァルド殿下は魔族で、俺たちとは体の作りが違う。エドヴァルド殿下の召し上がるものは、俺たちには毒になる」
アルマスに言い聞かせられても、アンニーナとアクセリは僕のテーブルに並んでいる料理が気になっているようだった。
ロヴィーサ嬢は僕が気を遣わなくていいように、見た目は僕の料理と他のひとの料理が変わりないように作っている。
鮭のモンスターのフライを挟んでコカトリスの卵のタルタルソースで味付けしたサンドイッチも、豚のモンスターの肉をキャベツと炒めて塩コショウと魔力を帯びたトマトのケチャップで味付けしたサンドイッチも、僕にとっては美味しいのだが、他のひとたちにとっては毒になってしまう。
僕もロヴィーサ嬢もできるだけテーブルから目を離さずに警戒していた。
「エドの学友を紹介してよ」
「エルランド兄上! 前にお話ししたし、何度か会っていますが、こちらが今日がお誕生日の学友のアルマス。それに、こっちがあの事件の後で学友になったヘンリッキです」
「アルマスとは何度も会っているね。ヘンリッキはハーヤネン公爵家の例の子息か。お兄さんの企みで酷い目に遭ったね」
同情的なエルランド兄上に、ヘンリッキは恐縮している。
「私も、意味が分からないままに重大なことをしてしまいました。今はあんなことをしでかしてしまったことを深く反省しています」
「まだヘンリッキは幼いんだからやり直しができる。父上もそれに期待している」
「はい。期待を裏切らないように頑張りたいと思います」
僕とエルランド兄上とヘンリッキとアルマスで話していると、悲鳴が上がった。
床の上にアクセリが倒れていて、アンニーナがアクセリに取り縋って泣いている。
「アンニーナ、何をしたんだ?」
「もう他のテーブルには、タルトがなかったの。あっちのテーブルから、私が行けないって言ったのに、アクセリお兄ちゃんが取っちゃったのよ」
タルトの数が足りなくなるとは思っていなかった。
アクセリは僕のために作られたタルトを口にしてしまったようだ。
真っ青な顔のアクセリに、ヘンリッキが駆け寄る。
「吐いてしまうんだ! まだ全部は吸収されていないはず。食べた分を吐いてしまうんだ」
アクセリの身体を支えて、ヘンリッキがアクセリの口に指を突っ込む。アクセリはその場に食べていたものを全て吐いてしまった。
吐き終わったアクセリをソファに座らせてヘンリッキが紅茶を飲ませる。
真っ青だったアクセリの顔色はかなり血の気が戻って来ていた。
「アクセリ、ダメだって言っただろ! ありがとう、ヘンリッキ。助けてくれて」
「私も幼い頃に庭にある木の実を、兄上が私の乳母にに無理やり食べさせて、昏倒状態になったことがあったんだ。そのときに私の乳母が口に指を突っ込まされて吐かされていた思い出があったから、すぐに処置ができた」
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ヘンリッキ様ありがとう」
「アクセリ、心配させないでくれ。ヘンリッキ、本当にありがとう」
素早いヘンリッキの対応のおかげでアクセリは一命を取り留めたようだった。
それにしても、ヘンリッキの兄のハンヌは碌でもない奴だった。権力をかさに着て、ヘンリッキの乳母の命も危険に晒していた。
修道院で一生を終えるのも当然かもしれないと思ってしまう。
「ずっと見ていたつもりなのですが、アルマス様のご両親と話している間に、タルトをテーブルから取ったようです。申し訳ありません」
「僕もエルランド兄上とアルマスとヘンリッキと話していて、すっかり油断してしまった。子どもは何をするか分からないから怖いですね」
「ミエト公爵家で催し物を開くときには、もっと気をつけねばなりませんね」
僕とロヴィーサ嬢にとってはこのことは手痛い教訓となった。
アクセリが吐いたものは使用人が片付けて、また和やかなお誕生日会が再開する。
ヘンリッキはテラスにアルマスを呼び出したようだった。
いい趣味ではないと分かっていても、どうしても気になってしまって、僕の料理が乗っているテーブルのそばに立ちながら、風の魔法でテラスの音声を拾って耳に届ける。
「アルマス、私はずっとアルマスが好きだった!」
「俺が!?」
「兄上にはその恋心を見破られていて、『平民育ちの学友が貴族社会に入ると苦労するから、嫌がらせをして王子から引き離して、自分のものにすればいい』と言われていた」
「それで俺に嫌がらせをしてたのか」
ヘンリッキとアルマスの声が聞こえてくるのを僕はニヤニヤしながら聞いていると、ロヴィーサ嬢が声をかけて来る。
「エドヴァルド殿下、どうなさいましたか?」
「しっ! 今いいところなんです。後で教えます」
「は、はい」
ロヴィーサ嬢は不思議そうな顔で僕の隣りに立っている。
「私は公爵家を継ぐ。その隣りにはアルマスがいて欲しいんだ」
「友達だと思ってたから、急にそんなこと言われても、困るなぁ」
「私には少しの可能性もないか?」
問いかけにアルマスが逡巡しているのが分かる。
「アクセリのことを助けてくれたし、ヘンリッキがいい奴ってことは分かってる。まずはお付き合いをするところからかな。公爵家の後継者なら、跡継ぎ問題もあるだろうし」
「それは養子を迎えることにするよ。ありがとう、アルマス。これからもよろしく」
「まだ、お試しで付き合うだけだからな。……でも、アクセリのことは本当にありがとう」
二人の仲はこれから進展していくようだ。
そこまで聞くと満足して、僕は風の魔法を止めた。
トラブルはあったが、いいお誕生会だったのではないだろうか。
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