23.魔窟の視察
下賜された土地に魔窟があることを告げると、ロヴィーサ嬢はそれほど驚いていなかった。
「恐らく、あの土地だろうと思っておりました。モンスターの大量発生の折りには、わたくしも冒険者として駆り出されておりましたから」
ハーヤネン公爵家の所領にある魔窟では、定期的にモンスターが大量発生したり、強いモンスターが魔窟から出てきたりする。それに自分の兵士だけで対処できなかったハーヤネン公爵家は、冒険者を駆り出していた。
「ミエト家が公爵家になって所領も増えるということで、他の貴族から文句が出なかった理由も分かりました。ミエト家は魔窟のある土地を押し付けられたと思われているのですね」
「父上は分かっていてその土地を下賜されたんだと思います。僕の食料のために」
僕が言えば、ロヴィーサ嬢は真面目な顔になって、僕に向き直る。ロヴィーサ嬢も僕に付き合って、新年のパーティーの間、お茶にも口をつけなかった。喉が渇いてお腹が空いているのは僕と同じだろう。
「魔窟が何故存在するか、エド殿下は不思議に思ったことが御座いませんか?」
「あります。魔窟は様々なモンスターが出現する迷宮のようなものですが、それが何故存在するのか、どの文献を調べても載っていませんでした」
僕の疑問にロヴィーサ嬢が答える。
「母上が曾祖父から聞いた話なのですが、魔窟は魔族のためのモンスターの養殖場ではないかと言われているのです」
「モンスターの養殖場!?」
「魔族と人間が共に暮らしていた古代に、魔窟は作られたと考えられています。曾祖父の仮説なのですが、魔族はモンスターの血肉を必要とするけれど、野生のモンスターを捕まえていると食い尽くしてしまうので、養殖場として魔窟を作ったのではないかということです」
それならば一か所で多種多様なモンスターが発生するのも理解できる。
作られたのが我が国と魔族の国が別れる前の古代なので、場所も我が国にあってもおかしくはない。作られた経緯が憶測でしか考えられないのは、作られたのが古すぎるのでどうしようもないことなのだろう。
「父上はそれを知っていたのでしょうか?」
「薄々勘付いていらっしゃると思いますよ。国王陛下は魔族の国へ留学もなされていますから」
厄介ごとを押し付けられたと他の貴族からは気の毒がられているかもしれないが、僕は魔窟がモンスターの養殖場であるならばますますその土地をミエト家に下賜した父上に感謝しなければいけない。
養殖場ならば食べ尽くすことを考えずにモンスターを存分に狩れるし、そこに行けば必ずモンスターを手に入れることができる。
僕にとっては食料の供給源を手に入れたも同然だった。
「周囲の貴族から文句が出ずに、僕はモンスターをお腹いっぱい食べられる。父上は本当に僕のことを考えてくださっていたのですね」
この件に関しては、父上にお礼の手紙を書こうと思う僕だった。
魔窟のある土地への視察は、冬休みの間に行われた。
ロヴィーサ嬢は軽く魔窟の中を探索してみるつもりで、冒険者の格好で腰に大振りのナイフを下げ、左手の中指に鬼の力の指輪をつけて馬車に乗った。
ロヴィーサ嬢がSSランクの冒険者であることは周知されているので、魔窟のある土地へ行くと馬車はすぐに所領の民に囲まれた。
「魔窟に生活を脅かされております」
「どうか、魔窟のモンスターを狩ってくださいませ」
「ミエト公爵様がこの所領の持ち主となったことを歓迎いたします」
魔窟のある土地に住んでいる者たちは、危険と隣り合わせの生活をしている。
定期的に魔窟のモンスターを狩って、減らしておいて、魔窟からモンスターが出て来ないようにしなければいけないだろう。
「この土地はわたくし、ロヴィーサ・ミエトと、エドヴァルド殿下が守ります。わたくしの所領の民に傷一つつけさせはしません!」
馬車から降りて宣言するロヴィーサ嬢の凛々しい姿に、民衆から拍手喝さいが起きていた。
魔窟は街から少し離れた森の中にあった。
入口が洞窟のようになっていて、そこから緩やかに下方に傾斜していて、中は広く、天井が高く、暗くて見えないくらいに長く深く続いているのが分かる。
「エド殿下、ランプを持っていてくれますか? わたくしは戦わねばならないかもしれないので」
「分かりました」
この暗い中で灯りを持っているというのは、狙われる危険性があるということだ。それが分かっていてロヴィーサ嬢は大事な役目を僕に任せてくれた。
僕とロヴィーサ嬢が魔窟の視察をしている間、ロヴィーサ嬢のお父上は所領の収穫量や税率などを調べに街で働いてくれている。
魔窟に入っているのは、僕とロヴィーサ嬢と爺やの三人だ。
僕は赤い鳥の髪飾りをつけて戦闘に備えていた。
広い部屋を抜けると、細い廊下がある。二本に枝分かれした廊下の右側にロヴィーサ嬢は向かった。
かしゃかしゃと何か硬質な音が響いている。
廊下を抜けた先は、じっとりと湿って水草が天井から垂れ、床は濡れた空間だった。
そこに数匹の巨大なモンスターがいる。
モンスターを見て僕は思わず声を上げてしまった。
「蟹だ!」
そう、そのモンスターは巨大なハサミを持った蟹だったのだ。
僕は海老も蟹も食べたことがない。
父上やヒルダ姉上やエリアス兄上やエルランド兄上が、美味しいと海老や蟹を食べているのを、見ていることしかできなかった。
父上たちにとって美味しいものでも、僕にとっては栄養にならないし、食べると体調を崩す有害なものだったのだ。
モンスターならば違う。
蟹のモンスターならば、僕も食べられる。
「ロヴィーサ嬢、お醤油を持ってくればよかったです」
「蟹はお好きですか?」
「まだ食べたことがないのです。ずっと憧れていました」
「それならば、全部狩りましょう」
ロヴィーサ嬢が蟹の群れに突っ込んでいく。ハサミを振り回してロヴィーサ嬢を襲おうとしている蟹は、逆にハサミを掴まれてロヴィーサ嬢に投げられている。
投げられて壁にぶつかった蟹が甲羅にひびを入れて昏倒しているのが分かる。
ロヴィーサ嬢はマジックポーチから縄を取り出して、蟹のハサミを縛ってしまった。ハサミを封じられた蟹が三匹、ロヴィーサ嬢のマジックポーチに納まった。
「お刺身が美味しいのでしょうか? 蒸した方がいいのでしょうか?」
「お刺身は寄生虫が怖いので、火を通しましょう。お鍋にすると味が抜けてしまいそうなので、焼くのが一番いいかもしれません」
巨大な蟹を焼いて食べる。
お行儀が悪いが、涎が垂れそうだ。
まさか魔窟で出会う最初のモンスターが蟹とは思わなかった。
「蟹は水辺に生きるモンスターですよね。魔窟が人工的に作られたモンスターの養殖場だというのは当たっているかもしれません」
「そのようですね。先ほどの道を戻って、左側にも行ってみましょうか」
道を戻って左側の道を行くと、天井がやたらと高い空間に出た。見上げると、巨大な鳥のモンスターが上から飛び降りてきている。
「エド殿下、下がってください!」
風圧に負けてすぐには動けない僕に襲い掛かろうとする鳥のモンスターに、爺やが僕を抱えて入口の方に走っていく。
僕を襲えなかった鳥のモンスターはまた舞い上がって機会を狙っている。
「ちょっと、失礼いたします!」
ロヴィーサ嬢が壁に向かって飛び上がった。
壁を蹴って、向かいの壁に到達して、更に壁を蹴って、高い空間を駆け上がっていく。
天井まで到達したロヴィーサ嬢は、そこから真っすぐに羽を動かして飛び上がっている鳥のモンスターの元に飛び降りて行った。
強烈な蹴りを受けて鳥のモンスターは魔窟の床の上に落ちて来る。
まさか飛んでいるのに攻撃されるとは思わなかったのだろう。
床に落ちた鳥のモンスターの喉を切り裂いて、ロヴィーサ嬢は止めを刺した。
手早く血抜きをして鳥の羽を毟って、ロヴィーサ嬢が鳥のモンスターを担ぐ。
「羽は加工できそうですから、街で売りましょうね」
毟った羽もしっかりとロヴィーサ嬢は回収していた。
入口から近い二か所の部屋のモンスターを退治したので、しばらくは魔窟からモンスターが出て来ることはないだろう。
ロヴィーサ嬢が鳥のモンスターを担いで街に戻ると、街のひとたちの注目の的になっていた。
「鳥肉がしばらく食べられますよ。それに蟹も食べ放題です」
「蟹はとても美味しいと聞いています。兄上や姉上が食べているのがずっと羨ましかったのです」
「それでは、今日の晩ご飯は蟹尽くしにしましょうね」
僕は美味しいものが食べられて嬉しいし、ロヴィーサ嬢は所領の民からの信頼を得られる。今回の新しい所領の視察は大成功だと言えた。
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