14.アルマスの栄養剤
高等学校で、アルマスとヘンリッキが真剣な顔で僕のところに相談に来たのは、冬休み前のことだった。
二人が何か言い合っているところはそれまでも何度も見かけたけれど、恋人同士なのだから僕は放っておいた。恋人同士の中に僕が入る方がおかしいだろう。
しかし、その間に事態は深刻になっていたようなのだ。
打ち明けられたのは衝撃の事実だった。
「実はハーヤネン家の領地のマンドラゴラの収穫がまだできていないんです」
「俺のせいなんだ、エドヴァルド殿下」
「そうじゃないよ、アルマス。アルマスは私に好意でやってくれた」
「でも、結果としては酷いことになってしまった」
アルマスは非常に気落ちしている様子だし、ヘンリッキもとても深刻だ。
話が分からない僕は問いかける。
「何が起きたの?」
その問いかけにヘンリッキが言いにくそうに口を開いた。
「マンドラゴラが大脱走したんです」
「え!? 脱走!?」
「俺がヘンリッキのお誕生日に、ハーヤネン家の領地のマンドラゴラが元気になるように、特製の栄養剤を贈ったんだ。それを使ってもバックリーン家の領地のマンドラゴラは何ともなくて、艶々と大きく育ったから、油断してた」
「アルマスの栄養剤で元気に育ちすぎて、畑から脱走して群れになって領地を逃げ回っているのです。数匹は捕まえましたが、逃げ足が速すぎて」
マンドラゴラが収穫できないとなるとハーヤネン家の今年の収入にも変化が出て来る。マンドラゴラはハーヤネン家の領地やバックリーン家の領地の大事な収入源だった。
「ハーヤネン家の領地のマンドラゴラは王城にも納めているんです。王城に備蓄するマンドラゴラがなくなるとなると、ハーヤネン家の評判も落ちてしまいます」
王城にマンドラゴラを納めていたのはハーヤネン家だったのか。王城ではマンドラゴラを備蓄して、飢饉が来たときに備えている。
「王家のマンドラゴラには俺が栄養剤をお渡ししている」
王家のマンドラゴラの鮮度を保つためには、アルマスが栄養剤を送っていた。
アルマスの失態とはいえ、これはハーヤネン家の収穫が多くなるようにというアルマスからヘンリッキへの愛情だった。
これを無碍にしてしまうなんてとんでもない。その上王城に迷惑をかけて、ハーヤネン家が評判を落とす事態になってもいけない。
「マンドラゴラを捕まえよう」
「兵士たちに追い駆けさせていますが、あまりにもちょこまかと動いて、捕まえられないのです」
僕はそういうことに対応できる人物に心当たりがあった。
ロヴィーサ嬢だ。
ロヴィーサ嬢はモンスターのどんな素早い動きにも対応して戦っている。
ロヴィーサ嬢ならば逃げ出したマンドラゴラを捕まえることができるのではないだろうか。
ミエト家に帰ってから、僕はロヴィーサ嬢に相談しに行った。
ロヴィーサ嬢は居間のソファに座って話しを聞いてくれた。
「ヘンリッキのハーヤネン家の領地でマンドラゴラが大脱走したのです。アルマスが作った特製の栄養剤が原因で、元気に育ちすぎたようです。ハーヤネン家の領地のマンドラゴラは王城にも納められています。なんとか捕まえられないものでしょうか?」
「わたくしでよければお手伝いいたします。ただ、ハーヤネン家で起きた騒動をミエト家のわたくしが治めるというのは、外聞が悪いかもしれません」
貴族社会の難しさがここでも壁になっていた。
ハーヤネン家で起きたことはハーヤネン家が治められなければ、そんなこともできない家だと思われてしまうし、ハーヤネン家とミエト家の癒着も疑われてしまう。
僕はロヴィーサ嬢にお願いしていた。
「『赤毛のマティルダ』様を呼ぶことができますか?」
「ハーヤネン家に冒険者ギルドに依頼してもらうのですね。それならばできないわけではありません」
僕の提案にロヴィーサ嬢もすぐに乗ってくれた。
ヘンリッキには冒険者ギルドに依頼するようにお願いして、ロヴィーサ嬢は『赤毛のマティルダ』様の格好になってハーヤネン家の領地に向かった。ハーヤネン家の領地にある冒険者ギルドでマンドラゴラの捕獲の依頼を受けると、赤毛になっていて、その豪奢な髪を一つに纏めているロヴィーサ嬢と爺やに目立たない魔法をかけてもらった僕と、爺やに、ヘンリッキとアルマスも探索に加わった。
「俺の責任だから、最後まで見届けたいんだ」
「アルマスの責任じゃないよ」
「ヘンリッキ、そう言ってくれるのは嬉しいが、俺はちゃんと考えなければいけなかった」
そういえばアルマスはマンドラゴラの栄養剤を作れたり、薬草を調合したりできる。特別な能力があるのではないかと爺やに僕は聞いてみた。
「アルマスには特別な能力があるんじゃないかな?」
「見てみましょうか」
爺やがアルマスの手を取る。緊張した面持ちで長身の爺やを見上げているアルマスに、爺やが言う。
「これは珍しい、『マンドラゴラと薬草の使い手』の能力がありますね」
「俺にそんな能力が? 俺は魔族でもないのに」
「魔族でなくとも、こういうものは体質で能力として持っていることがあるのです」
爺やに説明されてもアルマスは俄かには信じられない様子だった。
「恐らく、アクセリ様とアンニーナ様にもありますね。素晴らしい能力です」
そんな能力を持っているのならば、アクセリはバックリーン家の後継者として安泰だし、アンニーナ嬢はダミアーン伯父上と結婚して魔族の王家に入っても大丈夫かもしれない。
僕は話を聞いて納得していた。
ロヴィーサ嬢はハーヤネン家の領地の畑を念入りに見ていた。畑の土はまだ柔らかく、穴が空いているところもたくさんある。
「夜には栄養補給のために畑に寝に帰っているのではないでしょうか」
「その視点はありませんでした。畑で待ち伏せすればよかったのですね」
「兵士たちの証言ではこの周辺に現れているということです。畑を拠点として動いていると思われます」
冷静なロヴィーサ嬢の分析に僕は唸ってしまう。
モンスターを狩るときにもこんな風にモンスターの痕跡を追って、分析して、ロヴィーサ嬢は追いかけているのだろうか。
これだけ考えているからこそ、モンスターを狩れるのかもしれない。
「びーぎゃ! びぎゃびぎゃ!」
僕の足元にいたエーメルが騒ぎ出したので、僕はそちらの方を見る。エーメルが小さな手で指しているのは林の方だ。
ロヴィーサ嬢が走り出す。
「びぎゃー!」
「びょえー!」
マンドラゴラの群れを見つけたが、その群れはただ林の中にいたわけではなかった。
林の中に巨大な熊のモンスターがいる。それにマンドラゴラは必死に飛びかかって、押さえ込んでいた。びっしりとマンドラゴラに飛び付かれて、視界も塞がれて動けなくなっている熊のモンスターを、ロヴィーサ嬢が仕留める。
「あなたたちは、もしかして、このモンスターを追っていたのですか?」
「びゃい!」
「びゃっびゅべびゃ!」
マンドラゴラはただ脱走していたわけではなかったようだ。
ハーヤネン家の領地にモンスターの気配を感じ取り、昼間はモンスターを追い、夜は畑に帰って休みながら、モンスターを追い詰めていたのだ。
「逃げ出したんじゃなくて、ハーヤネン家の領地をモンスターから守ってくれていたのか!?」
「びゃい!」
「びょびびょん」
マンドラゴラはもちろんだと言っているようだった。
感動したヘンリッキが手を差し伸べるとマンドラゴラたちは大人しく捕まえられていく。ずっと追っていた熊のモンスターを倒せたので満足したのだろう。
「アルマス、マンドラゴラは脱走したんじゃなかった。ハーヤネン家の領地を守ってくれていたよ」
「よかった、ヘンリッキ。俺の栄養剤のせいで脱走したんじゃなくて。ハーヤネン家の領地も無事でよかった」
「この勇敢なマンドラゴラを讃えて、私はマンドラゴラ兵団を作るよ」
王城に納める以外のマンドラゴラで兵団を作ると宣言するヘンリッキに、アルマスも賛成している。
「いい考えだと思う。モンスターを倒すことはできなくても、これだけ追い詰めてくれたんだからな」
「アルマスの栄養剤は素晴らしかった。マンドラゴラを勇敢にしたよ」
「申し訳なかったと思っていたけれど、俺の栄養剤が役に立ってて誇らしいよ」
アルマスとヘンリッキも絆を深くした様子だった。
「ロヴィーサ嬢、マンドラゴラはモンスターから領民を守っていたのですね」
「そうだったようです。とても強いマンドラゴラたちです」
「でも、倒すことはできなかった。ロヴィーサ嬢が来なければ解決しませんでしたよ」
「わたくしが解決できてよかったです」
最終的に熊のモンスターの止めを刺したのはロヴィーサ嬢だが、領民に被害を与えないように押さえていたのはマンドラゴラたちだった。
「ハーヤネン家から払われる報酬の半分をマンドラゴラ兵団のために使ってください。今回のことはわたくし一人の力ではありませんでした」
「分かりました、ロヴィーサ様、ではなくて、マティルダ様。あり難く使わせていただきます」
ロヴィーサ嬢とヘンリッキとの間でも話が纏まっていた。
ハーヤネン家の領地のマンドラゴラ大脱走事件はこうして幕を閉じた。
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