11.僕の秘密
お誕生日パーティーの後でエルランド兄上はセシーリア嬢の手を取って話しかけていた。
「我が国は魔族の国のことが分かっていないものがいるのです。それをすぐに諫めることができずにセシーリア嬢の心を傷付けてしまって申し訳ありません」
「いいえ、エルランド殿下、わたくしはこの程度では傷付きません。行き遅れの年増と言われ続けていますからね。気になさらなくてもいいのですよ」
余裕の表情のセシーリア嬢に、エルランド兄上が首を振る。
「そんなことに慣れなくていいのです。この国にいる間は私がセシーリア嬢を守ります。セシーリア嬢以外で私の愛するひとはいないのですから」
行き遅れとも、年増とも言われていたが、それに慣れている様子のセシーリア嬢に、エルランド兄上は慣れなくていいのだと伝えている。手を取られてそんな熱烈なことを言われて、セシーリア嬢は頬を染めていた。
「エルランド殿下がわたくしを選んでくださってよかったと思っています。お慕いしております、エルランド殿下」
「私も愛しています、セシーリア嬢」
そのまま二人がキスをしそうないい雰囲気だったので、僕もロヴィーサ嬢もエリアス兄上もユリウス義兄上も父上もダミアーン伯父上も、王家だけの私室からそっと出た。
廊下を歩いて応接室に移りながらダミアーン伯父上が誇らしげに語る。
「エルランドもいい男になったな。伯父として嬉しい」
「私も父親としてとても誇らしい」
「エンシオ殿、いい息子を持ったな。これで魔族の国の宰相家も安心だろう」
「そう思ってもらえると嬉しいな」
エルランド兄上とセシーリア嬢の結婚は、運命の相手というだけでなく、魔族の国と我が国の結びつきをより強固にするためのものでもある。エルランド兄上がセシーリア嬢の心を掴んで、魔族の国の宰相家を安心させているということは、両国にとってもめでたいことだった。
「それにしても、ロヴィーサ嬢は勇気のある振る舞いをしましたね」
「いえ、本来は黙っていて、エルランド殿下にお伝えして対応を待つべきでした。差し出がましいことを致しました」
「ご立派でしたよ」
「どうしても許せなかったのです。セシーリア嬢は魔族として、人間の国に嫁いでくるのは非常に心細いことでしょうに、この国のものがそれを歓迎しないようなことを結婚前から言って、子どものことまで話しに持ち出すなんて。子どもができない夫婦などどれだけでもいるのに」
エリアス兄上の前でロヴィーサ嬢がこれだけ強く語るのも初めてなのではないだろうか。それだけロヴィーサ嬢は王城で陰口を叩いていた連中が許せなかったようだ。
「エドは素晴らしい女性を婚約者にしたな」
「はい、ロヴィーサ嬢は僕の誇りです」
エリアス兄上に言われて僕が答えると、ロヴィーサ嬢は目を伏せて恥じらっていた。
ロヴィーサ嬢は勇敢で、モンスターも倒すが慎ましやかな淑女で、大人である。
僕はそんなロヴィーサ嬢に言えていないことが一つあった。
「爺や……あの毛布のことなんだけど……」
「あれだけでは寒くなってきましたか? 分厚い布団を出しますか?」
「まだ大丈夫。そうじゃなくて……」
僕は毛布を一枚持っている。
淡い緑色で、薄手の毛布で夏場も使える優れものだ。
ロヴィーサ嬢と初めて会ったときにも、僕はこの毛布に包まれていた。
僕が体調をすぐに崩して熱を出すので、爺やはこの毛布で小さな頃から僕をくるんでくれていた。毛布に包まれると僕は安心して眠りにつくことができる。
十五歳にもなって、毛布が手放せないなんて、あまりにも子どもっぽいと思うのだが、僕はこの毛布がないと眠れないのだ。
ロヴィーサ嬢はそんなことは知らない。
勇敢で格好いいロヴィーサ嬢にそんなことを打ち明けて、笑われないだろうか。子どもだと思われないだろうか。
でもいつかは打ち明けなければいけないことだった。
晩ご飯の後にロヴィーサ嬢が僕の部屋に勉強を教えに来てくれたときに、僕は思い切って秘密を打ち明けることにした。
「ロヴィーサ嬢、実は、僕はこの毛布がないと眠れないのです」
「わたくしは、母に買ってもらったぬいぐるみを枕元に置いて寝ていますよ」
「へ?」
「エド殿下も大事な毛布があるのですね」
あっさりと受け入れてくれるロヴィーサ嬢に、僕は必死に言い訳をする。
「小さな頃から使っていて、熱が出たときにもこの毛布に包まれると眠ることができたから」
言っていると、爺やがそっと言葉を添えてくれた。
「その毛布は、エドヴァルド殿下のお母上がこの国に嫁いでくるときに作られたもので、春夏秋冬問わず使える魔法のかかったものなのです。包むと体力を回復するので、エドヴァルド殿下に使っておりました」
僕は知らなかったが、なければ眠れない毛布は、母上の形見だった。
「これは母上の形見なの?」
「そうです。何度エドヴァルド殿下のお命を救ってくれたか分かりません」
包むと体力を回復する毛布のおかげで僕の命は繋がれていた。
そんな大事なことを爺やはこれまで僕に伝えてくれなかった。
「それで、これに包まるとよく眠れるのか」
「エドヴァルド殿下のために、先帝陛下がお母上の毛布を与えたのです」
「父上が下さったんだ……」
僕の毛布は母上の形見であり、父上の愛もこもっていた。
「そんな大事な毛布ならば、ずっと使わねばなりませんね」
「ロヴィーサ嬢は僕が毛布に執着するのを、子どもっぽいと思いませんか?」
「全然思いませんよ。慣れた寝具の方が寝やすいのは確かですし、その毛布には亡き先帝陛下のお妃様の愛が詰まっているのでしょう」
僕を産んで亡くなった母上は、どれほど無念だったか僕には想像もできないほどだ。僕だけでなく、母上にはヒルダ姉上もエリアス兄上もエルランド兄上もいた。幼い子どもを残して亡くなった母上は本当につらかっただろう。
その母上の毛布を使って、僕は命を繋ぎ止めていた。何度も栄養が足りなくて、普通の人間の食べるものが合わなくて熱を出して寝込み、生死の狭間を行きかったが、そのたびに毛布に包まれて僕は生還した。
今生きていられるのもこの毛布のおかげかもしれない。
「わたくしも、母が買ってくれたぬいぐるみを枕元に置いています。見ますか?」
「見たいです」
僕が言えば、ロヴィーサ嬢はぬいぐるみを持ってきてくれる。
大きな抱き枕になりそうなくらいのドラゴンのぬいぐるみ。羽があって角があって尻尾の長いスタンダードなドラゴンだ。
「これをロヴィーサ嬢のお母上が買ってくれたのですか?」
「そうです。わたくしが小さな頃に、乗れるくらいのぬいぐるみが欲しいと強請ったのです」
確かに小さな子どもならば乗れるくらいの大きさのぬいぐるみだった。
大きなぬいぐるみを抱き締めているロヴィーサ嬢はとても可愛い。
「エド殿下はわたくしを子どもっぽいと思いますか?」
「いいえ、そのぬいぐるみはロヴィーサ嬢のお母上との大事な思い出でしょう?」
ロヴィーサ嬢は僕の年でお母上を亡くしている。
生まれたときからいなければ、最初からないものだと諦めの付くものだが、十五歳まで一緒にいたお母上を亡くしたロヴィーサ嬢はどれほど悲しかっただろう。
思い出として枕元にドラゴンのぬいぐるみを置いて、抱き締めていないと眠れないとしてもおかしくなど全くない。
「わたくしとエド殿下は似ているのですね」
「ロヴィーサ嬢はぬいぐるみ、僕は毛布がないと眠れない。似ていますね」
笑い合って、僕はロヴィーサ嬢に秘密を打ち明けられたことに安堵していた。
「エド殿下の毛布、触れてもいいですか?」
「僕もロヴィーサ嬢のぬいぐるみ、抱いてみたいです」
ロヴィーサ嬢が壊れ物にでも触れるように僕の毛布を撫でる。
僕はロヴィーサ嬢の大きなドラゴンのぬいぐるみを抱き締めた。
ドラゴンのぬいぐるみはロヴィーサ嬢の匂いがする。
「確かに毛布には魔法がかかっているようですね。どの季節でも使えるとは便利ですね」
「僕はこれをマジックポーチに入れて、旅行先にも持って行っているのです」
白状するとロヴィーサ嬢は微笑んで答えてくれる。
「大事な毛布ですからね」
理解ある婚約者がいて僕は本当に幸せだった。
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