第九十七話*《十日目》キースとフーマはセット
あまり得意ではないけど、楓真の好みでうちには格闘ゲームがそこそこあった。
かわいい女の子キャラがいるゲームだったら気まぐれにプレイすることもあった。セレクトするのは気に入った女の子キャラ。小っちゃくてかわいいのに強い女の子がイケメンキャラに圧勝したりすると、めちゃくちゃテンションが上がっていたのを思い出した。
……あれ? 私、もしかしなくてもイケメン嫌いだったの?
楓真はイケメンだけど、別に嫌いではない。どちらかといえば、好きな部類に入る。
それでは、麻人さんは?
……うー、き、嫌いではない。むしろ、その、……大好きだ。
ただ、キース──陽茉莉曰く、素の麻人さん──を先に知ったから好きになったのかも、と思うと、なんとも複雑な気持ちである。
キースも麻人さんの一部だ。それは重々承知しているのだけど。
……私もゲーム内では素だから、お互いさま、か。
ところでなんでいきなり格闘ゲームの話かといいますと、さっきからケモ耳少女が華麗に舞うようにしてパンチとキックを行使して運営をばったばったと倒しているのですよ。
丸い耳をした獣なんだけど、なんの動物か分からない。
でも、美少女だし、ひざ上の黒いレギンスに茶色のヒラヒラのスカートに、お腹が見えそうで見えない絶妙な裾の長さとレースがあしらわれた茶色いシャツで戦ってる姿はかわいい、すっごくかわいい!
しかも茶色の髪の毛はふたつに分けてくくられていて、動く度にしなやかに動いていて、かわいさに拍車をかけている。
まぁ、ゲームのアバターなんて、たいていはかわいく、かっこよく作るのだからあてにならないといえばそうなのだけど、あの子はリアルもかわいいに決まっている!
それにしても、あの動きはただ者ではないなっ?
『あの茶色の服を着た子、すごいですわね。わたくし、あの子に服を作ってあげたいですわ』
さ、さすがはマリー。目の付け所が一緒だ。
『あぁ、そいつはサシャだ』
『サシャちゃん?』
『βテストのとき、たまにパーティを組んでいたが、超廃人だった。空手だとか合気道だとか、あらゆる格闘をやっていると言っていたな。あと、オレより年上っぽかったぞ』
『……それでも、サシャちゃんで!』
それにしても、どうしてそんな人がVRゲームをしようと思ったのだろう。不思議だ。
『普段、対人戦ばかりしているからか、慣れてるっぽいな』
『対人戦って、た、確かにそうですけど』
それにしても、無駄のない動きで運営をざっくざっくと倒している。敵に回すと大変怖い。
『お兄さま、知り合いならコンタクトを取っておいてくださいな』
『構わないが、あいつ、極度の人見知りだぞ』
『人見知りなのに廃人プレイ……』
『ところでキースさん。サシャちゃんはなんの獣人なんですか?』
『ハリネズミ』
『ハリネズミ?』
『……今思えば、あいつもやらかしだったな、ハリネズミ』
ハリネズミの獣人なんて初めて聞いたのだけど。
あの丸い耳はハリネズミの耳なの? むちゃくちゃかわいい!
『本人いわく、リアルも身長が低いらしく、オレの胸くらいの高さだったな』
『ちっこくてかわいい……!』
『アバターとリアルとあまり変わらないようで、よくナンパされて困ったとも言っていたな。だから護身術も兼ねて格闘をやっていたと』
そういう人だからこそ、キースはパーティを組んでいたのか。
『……改めて思い返してみると、あいつ、やたらとオレに突っかかっていたな』
『珍しい?』
『珍しいといえばそうだが、サシャの指摘は的確だったし、突っかかってくるのは面白かったな』
キースが女性に対してネガティブではない感情を持つのは本当に珍しい。そうなるとサシャに会ってみたいと思えてしまう。
『こっちに向かってきてるな』
『へっ?』
サシャは進行方向にいる運営を一撃で沈めながらこちらに向かっていた。
「やあ、キース」
「おう」
「噂でハーレムパーティを組んでると聞いて見に来たんだけど」
「ハーレム……」
「なるほど、本当だった」
「どこをどう見たらそうなる」
「お目付役のフーマがいないから、好き放題してるの?」
「あのな」
「しかもその赤髪の女性とペアルックって」
なにか誤解があるようだけど、面白いから黙って見ていよう。
「この黒髪はオレの妹、紅髪はフーマの姉で、オレの嫁だ」
キースの言葉にサシャは目を見開き、マリーと私を見た。
名乗らなきゃと思ったのだけど、タイミングを逃してしまった。
「妹、超かわいいし、嫁はフーマの姉……! しかも予想外な清楚って、両手に花かっ!」
清楚……?
こういうとき、なんと返せばいいのでしょう?
「清楚、か。良く分かってるじゃないか」
「なるほどねー。そういう子が好みなら、そりゃあきゃあきゃあ言って騒ぐような輩は相手しないわよね」
私って清楚キャラだったの? かなり違うような気がしないでもない。
でも、目指しているクールビューティに近いものがある?
「ところで、フーマは?」
「あいつはリアル事情でインできない。だが、そろそろ出来るはずだ」
「そうだったんだ。なんというか、キースとフーマってセットなのよね。どちらが欠けても駄目な感じ」
そういえば、私はまだキースとフーマの二人がそろっているところを見たことがない。さぞかし映えるのだろう。
そんな話をしていたら、運営本部のあたりから悲鳴が上がった。
「なにっ?」
慌てて視線を向けると、運営本部の周りには人がまったくいなくなっていた。
訝しく思って首を傾げたけど、今度は別の場所から悲鳴が上がった。
「あたし見てくる」
「気をつけろよ」
「分かった」
なにが起きているのかはまったく分からないけど、なんだかとても嫌な予感がする。遊撃に出ている伊勢に様子を聞いてみよう。
『伊勢さん』
呼びかけた後、パーティメンバー一覧を見ると、なぜか伊勢の名前がない。
『え……?』
『どうした?』
『あの、伊勢さんが……消えた?』
私の一言に、パーティ全員の空気が凍ったように周りの温度が一気に下がった。
『いないっ?』
『回線が切れた、とか?』
『それだったら、マリーと甲斐も落ちてるだろうが』
今はめったにないけれど、今ほどネット回線が強固ではなかった頃は、なにかの拍子に回線が勝手に切れるということが度々あったらしい。そういうとき、落ちたといってたという。
ゲーム系はデータのやり取りが頻繁なため、貧弱な回線だとよく切断を起こしていたという。
今はインフラは整備されているため、滅多なことでは起こらない。
『でも、三人が同じ回線を使っていても必ずしも落ちるとは限らないかと』
『……そういうものなのか?』
『あれ? 私はそういうのを見たことがあるんですけど?』
ネットワークの歴史的なサイトでそういう記述があったのだけど、なかなか興味深くてしっかり読み込んだ覚えがある。
『それなら、待っていれば伊勢は戻ってくると』
『……だと思いますけど』
『拙者、一度、ログアウトして様子を見てくる』
『分かった』
ここでログアウトできるのか分からないけど、様子を見てきてもらったほうがよさそうだ。
甲斐の姿がスーッと消えていく。ここでもログアウトは出来るようだ。
『どうにもおかしい』
『?』
『連合の数が急に減ったんだが』
『……言われてみれば』
総パーティ数は覚えていないけど、明らかにパーティ数が減っている。
【なにが起こってる?】
【分からないが、プレイヤーが急に消えている】
【消える?】
ももすけのその返答の後、またパーティ数が減った。
【おい、ももすけ?】
つい先ほどまで返答があったのに、キースの呼びかけに無言が返っただけだった。
『なにが起きてる?』
『詳細は分かりませんけど、今、分かっているのはプレイヤーがなんらかの理由で消えて──……』
そのとき、私は妙な胸騒ぎというか違和感を覚えて、友だち一覧を見てみた。
『……え?』
『どうした』
『フレンドリストが……』
私の一言にキースも確認したようだ。
『減ってる……? いや、消えているっ?』
なんで消えているの? なんかおかしくない?
【キース、逃げろっ!】
連合内へのチャットにサシャの切羽詰まった声が聞こえた。
【ここにいるプレイヤー全員、とにかくログアウトして! 消され……】
【サシャっ?】
サシャの声が途切れ、あたりは静まり返った。
キースはなにかを確認した後、弓を取り出した。
見たことがないくらい険しい表情で弦を限界まで引くとなにかを呟き、青い光が集まって来て小さくなったところで弦を離した。
キースが放った青い光は真っ直ぐ飛んでいき、プレイヤーがいなくなったフィールドにぶつかるとまばゆい青い光が辺りに散った。
『いない……?』
今のは攻撃ではなく、隠れているなにかを探すスキルだった?
確認しようと口を開きかけ、なにか良く分からないけど、ゾワリと背筋をなぞられたかのような感覚。
とっさに数歩ほど前に出て振り返ると。
「……いた」
「っ!」
私の背後には、開発チームのぼくっ娘のミルムがいた。
「おまえのせいで! ぼくが組んだ美しいプログラムがすべてダメになった!」
ミルムの声にキースとマリーが気がつき、駆け寄ってこようとしたのだが。
「壁?」
「なんだこれはっ!」
「邪魔はさせないよ。ぼくの恨みをすべて背負ってもらわなければ気が済まないからね」
恨みって背負うものだっけ? なんて思ったけど、口にしたらさらに怒り狂いそうなので黙っておこう。
「AIを切り離すのはすんごく! すっごーくっ! 大変だったよ。絡んで絡みまくって、食い込んでっ! あんなのは醜いだけだ!」
プログラムはまったく分からないのだけど、美しいだとか、醜いだとか、そんな概念があるものなの?
「地味な顔のくせに、美しいキースに愛され、ぼくの美しいプログラムを醜くして! おまえの存在は! 世界で一番惨めで! 醜悪だ!」
ミルムはキース崇拝派なの?
「だれか知らないが、オレの伴侶だって分かっていてそんな暴言を吐いているんだろうな?」
キースの身震いするほど低くて恐ろしい声に、思わず縮み上がる。
「伴侶? キース、考え直せ! こいつは──」
そのとき、パーティメンバー追加の音が鳴り響いた。
伊勢と甲斐が戻ってきた?
いや、戻ってきたのなら、ログインを知らせるシステム音で気がつくはずだ。
それでは、だれ?
訝しく思ってパーティメンバー一覧を見ると。
って!
『フーマ?』
『うん、俺。ただいま!』
え? フーマって日本には帰ってきて? え、えっ?
『フーマ、どこからログインしてるんだ?』
『詳しい場所は俺も分からないけど、日本のどこかってのは確かだよ』
日本のどこかって……。アバウトすぎた。
「キースはこの女が何者か分かってないようだな」
「リィナはリィナだ」
「──それでは、リィナリティ。おまえはこの世界から消えろ! BAN!」
ミルムの一言に、次の瞬間、私の視界は真っ黒になった。




