第九話*《一日目》愛称をつけて!
遅いお昼ご飯を食べて、ゆっくり休憩をした。
それから逸る気持ちを抑えてVRをセットして、と。
「それでは、ログインっ!」
ちなみに、別にログインと言ってもログインはできない。機械にスイッチがあるのでそれを押さなければならないのだ。
でもほら、なんていうの?
要するに、気分である。
それで、と。
暗い画面からログイン画面に移り、認証が始まる。
これはゲームによるのだけど、フィニメモはフィニス文字が画面をザーッと流れ、それからキャラクターデータのチェックが入り、ゆっくりと最後にログアウトした場所に移動となる。
ちなみにここで出てくるフィニス文字を解析した暇な……ごほん、失礼。大変に好奇心が旺盛な人がいて、その人によると、フィニメモの舞台であるディシュ・ガウデーレの成り立ちから現在までの歴史が書かれていたという。
MMORPGには、明確なストーリーが存在しているものもあれば、世界観の設定はあるけどこれといったストーリーがないものや、当初はストーリーらしきものがあったけれど、アップデートを繰り返すうちに方向性を見失ったり、当初の設定と齟齬が出てきてグダグダになってしまったけど惰性で続いているようなものもある。
フィニメモはいまのところ、世界観の設定はあるけど、特にこれといった目的がないに分類される。
キャッチコピーが「生きることは戦うことだ」っていっているくらいなので、フィニメモは戦ってこの世界を生き抜いていくというのがコンセプトのようだ。
それを考えたら、私のレア職業の洗濯屋って、どうみても戦えないのだけど、なにこれ、はじめからゲームの落伍者ってことなの?
……ま、まぁ、戦うことがイコール直接の戦闘とは決まってないし!
うん、決まってないから問題ない!
だって、この世界の名前は「ディシュ・ガウデーレ」ですよ?
……このディシュ・ガウデーレという言葉に引っかかりを覚えた人は私と握手!
って、だれと握手する気なのよ、私!
と毎度のように脇道をそれるわけですが、このディシュ・ガウデーレは初めてログインをしたときに出てきたラテン語の警句と同じなんですよ!
意味は「楽しむことを学べ」だ。
そう、このゲームは楽しんだもの勝ちなのだ。
ということで、私はこの謎職業とともに、フィニメモを楽しむぞ!
決して落伍者ではない。……たぶん。
そして、目を開けると……。
「見慣れない天井だ」
いや、一度、やってみたかったのですよ!
本当は「見知らぬ天井だ」みたいなセリフだったけど、残念なことにログアウトの時に見ていたからね! 嘘は吐けない。
でもね、よくよく考えると、私、リアルで寝てるとき、上を向いてないわ。目が覚めたらだいたいが横にある壁か、部屋の中の風景だ。
目が覚めて最初に入るのが天井なんて、そんな寝相のいい寝方はしてませんって。
だけどフィニメモはベッドや布団には仰向けにならないと睡眠判定とならないようで、必然的に寝たときの状態をキープした形でのログインとなる。
ちなみに、今日はログインしてからすぐに動画を撮っている。
だから私の馬鹿なつぶやきも入っているわけだけど、楓真がいいように編集をしてくれるだろう。
ちなみにストレージの容量は無制限と言ってもいいほどなので撮り放題だ。
さて。
起きて部屋を出て、下に降りるとしよう。
しかし、フィニメモは楽でいい。着替えもお風呂も食事もしなくてもいいのだから。
他のゲームの比較になってしまうけど、この手のMMOで多いのは武器や防具の耐久値の設定があることだ。あとは食事の必要があり、体力ゲージとは別に満腹ゲージ、あるいは空腹度なるものがあるゲームもある。この満腹ゲージがゼロ、あるいは一定数より低下した場合、戦闘の効率が悪くなったり、下手すると戦えなくなったり、ハードなゲームでは空腹になると死亡になるものもある。
その点、フィニメモは緩いかもしれない。なんたって耐久値はないし、満腹ゲージもない。
なので、洗濯屋という職はますます謎なのだ。
名前のとおりならば、クリーニング店みたいなものだと思うのよね。となると必要なくない?
……まぁ、職の必要性についてはゲームをすすめていけば分かるからいいとして、だ。
トントントンっと小気味よく鳴る階段をリズミカルに降りると、フワッといい香りに包まれた。
先ほど母の美味しいお昼を食べたばかりなのに、なぜだかお腹がぐぅっと鳴った。
おかしいぞ、フィニメモでは満腹ゲージなるものはないというのに。
ログアウトする前にこの洗浄屋の建物内の説明を簡単にしてもらった。
一階は店舗と作業場、それから台所。ここには簡易のテーブルもあり、食事をすることが可能。
二階にNPC別の部屋とプレイヤー用──今は私の、だけど──の部屋、それからお風呂場。
しかしだ、序盤の序盤でこんな設備が独り占め出来るって、レア職業って優遇されてるの?
その割には洗濯屋は意味が分からないのだけど。
ということで、匂いの元がなにか確認するために台所へ。
すると、そこにはおかみさんNPCであるクイーンクェと最初に抱きついてきた妖精族のクァットゥオルがいた。
「ねー、まだなのぉ~?」
「まだよ。それに出来てもリィナさんを待たないと」
あれ、もしかしなくても私を待ってくれているの?
なんだかそのことに感動してしまった。
台所の入口でジーンと感動していると、クァットゥオルが私に気がついた。
「あ、姉ちゃん!」
「おはよ、クァットゥオル」
クァットゥオルは私を見つけると嬉しそうに笑って、超スピードで飛んできて、抱きついてきた。
う、うん、かわいいし、重たくないから平気なんだけど、でも、やっぱりびっくりする。
クァットゥオルは絶滅危惧種である妖精族の子どもという設定なのだけど、そんな子がなんでここにいるのか謎で仕方がない。
ちなみに、性別は不明。男の子にも女の子にも見える。
髪の毛は淡い水色で、瞳は青い。服は地味な生成りの綿と思われるチュニックとカボチャパンツ。羽は光を反射して綺麗な虹色だ。
「あのね、姉ちゃん。ひとつ、頼みがあるんだ!」
「ん、なに?」
「ぼくの名前、せっかくつけてくれたのはすっごく、すっごーぉっく! 嬉しいんだけど、ちょっと難しくて……」
「あぁ、そうね。実は私もクァットゥオルって舌をかみそうで……」
名付け親として失格発言を思わずしてしまった。
ついしょぼんとしてしまった私を見て、クァットゥオルは笑った。
「姉ちゃんがそうなら、ぼくが言えなくても仕方がないよね!」
うぅ、すまぬ、クァットゥオルよ……。
「で、姉ちゃんがリィナって呼ばれてるのと同じように……だめ、かなぁ?」
駄目ということはない。むしろ歓迎である。むしろ、愛称で呼ぶ方が楽だ。
「じゃあ……。クァットゥオルはオルって呼んでもらう?」
「うん、それがいい! さすが、姉ちゃんだね! ありがとう!」
「それでは、あたしも便乗しようかしら」
「クイーンクェさんも愛称がよいの?」
「えぇ、ぜひとも」
「それなら、クイさんで!」
残りの三人はウーヌス、ドゥオ、トレースと呼びにくくはない。だからこのままで問題ない。ないったらないのだ!
ちなみに、ウーヌスはエルフ、ドゥオは女性でダークエルフ、トレースはヒョウの男性獣人だ。
店番はウーヌスとドゥオが交代でしていて、トレースたち三人は裏方だ。
さて、ずっと気になっていた洗浄屋だけど、予想どおりにクリーニング店で、客はNPCばかり。世界樹の村というだけあり、ほぼエルフとダークエルフがお客さんだ。
とはいえ、他の種族も少数ながら暮らしていて、たまに他の種族も訪れるという。
ウーヌスから聞いた話だと、村長の屋敷で働いているウサギ族の少女がたまに来るそうなのだけど、来る度に傷が増えているという話だった。
それを聞いて、これはなにかのクエストが発生しそうだと思った。
話を戻して。洗浄屋は基本は店舗で受けて、オルとクイさんの二人が預かった品物を洗って、アイロンを掛けて仕上げ、また店舗に取りに来てもらって返却、というのが通常のようだ。
だが、中にはお得意先に直接行って品物を預かってきて、また配達するということもあるそう。配達係はトレースだ。
ますますクエストが発生しそうな感じである。
「お戻りですか、リィナさん」
そんなことを思い返していると、ウーヌスたちが店舗から戻ってきた。
「今日は少し早いですが、店は閉めてきました」




