第八十三話*《七日目》寝落ち……だと?
災厄キノコの子どもたちのおかげで、アネモネと対等に戦えているようだ。
アイロン台がアネモネの触手に絡みついているからか、アネモネは攻撃することができないようだ。とはいえ、今は楽勝ムードだけど、油断ならない。
アネモネのHPは半分を切っているけど、今のところは形態変化も攻撃パターンも変わりない。
……ところで、アネモネってこれまで、こちらになにか攻撃してきたこと、あった?
せいぜいがこちらの身体を触手で巻き取って、ぐるんぐるんと振り回されて投げられただけのような?
もしかして、戦闘力皆無、とか?
いやいや、まさか、ねぇ?
……………………。
思い返してみたけど、攻撃を受けた覚えはやはりない。
アネモネから距離を取っているから、攻撃を受けていない可能性も……。と思ったけど、それならばアイロン台とキノコたちがノーダメージな説明になってない。
アネモネ、攻撃力皆無説。
しかし、イソギンチャクって触手に毒があってそれで相手を弱らせるのよね?
……ということは、知らないうちに毒をもらってる可能性が?
「『浄化』っ!」
念のために自分に浄化をかけておいた。
災厄キノコ戦でデバフを解除して回ったときは手応えがあったけど、今回は特になかったので毒は喰らってなかったようだ。
ホッとしたけど、油断していると危ない。
アネモネの体力はジリジリと減っている。このままいけば高確率で倒すことができるだろう。
……そう思った時点でなんか分岐点を作ったような気がしないでもないけど、気のせいっ!
緊張感を保ったまま、ただひたすらアネモネの体力が減るのを待つというのはなかなか辛い。油断したらあくびが出そうになる!
そうです、眠いのです。
ちらりと時間を確認すると、二十三時を過ぎたところ。
普段なら寝ているか、あるいは寝ようとしている時間だ。
ヤバい、時間を認識したら激しく眠くなってきた!
だ、ダメよ、リィナ! 寝たら、駄目っ!
と思っても、まぶたが下がってくる。
うぅ、眠い。寝てしまいたい!
ところで、フィニメモで寝落ちしたらどうなるのだろう?
いえ、というのも、パソコンでやるMMORPGでよく起こる事故(?)として、プレイヤーの寝落ちというものがある。
寝落ちとは、字のごとく! プレイヤーが寝てしまってキャラクターが動かなくなった状態──中の人だけログアウト──のことを言う。
眠いのに無理してやるなよ、と思うのだけど、ゲームというのは楽しいのだから睡眠を削ってでもやりたくなるという心情も分からなくもない。が、寝落ちされると大変に困るのも確かだ。
これがスタンドアローン型であればだれにも迷惑はかからないのだけど、MMORPGだと他のプレイヤーに迷惑がかかる。特にパーティ中にこれをされると、本当に困る。
……とはいえ、今は私一人だ。
あ、一人じゃなかった! サラがいることを忘れていた!
ちらりとサラを見ると、こちらもやはり眠そうな顔をしていた。
ま、まぁ、そうなるわよね。
これが据え置き機であれば、眠くなったからと戦闘中でもスリープさせてしまえばいいのだけど、フィニメモではそういうわけにはいかない。
うーん、困った。
……まさか眠さとの戦いになるとは思わなかった。
それにしても。
NPCも眠くなるものなの?
いえ、NPCも時間で行動しているのは知っている。だから夜になればあくびもするし、時間になれば就寝する。
だからサラが眠そうな顔をしていても不思議はない。
そう、不思議はない。のだけど。
なにかがおかしい。
そう思ったときにはすでに遅く。
サラの身体が崩れ落ちた。
「サラっ!」
駆け寄ろうとしたのだけど、身体から力が抜けて、その場にがくりと崩れ落ちた。
「……え?」
なに、これ?
冷たい地面に臥した状態で周りを見ると、サラも同じように地面に横たわっているけど、キノコたちのワンマンショーは続いていたし、アイロン台も変わらずにアネモネの触手に絡んだまま。
なにが起こっているの?
分からないまま、私の意識は闇に飲み込まれるかのように消えていった。
◇
なにかが鳴っている。聞き覚えがあるけど、なんの音?
疑問に思いつつ、ふ……と意識が浮上した。
目の前には、フィニメモのログイン画面。
……………………?
あれ? なんで私、ここで寝ているの?
身体を起こしてからヘルメットを外す。
すると音がはっきりと聞こえてきた。
あぁ、スマホでかけていたアラームが。
え? アラームっ?
私は慌ててスマホを探し出し、アラームを止めた。
時間を見ると、朝の六時過ぎ。平日の起床時間だ。
それからVR機を見て、思い出した。
昨日、アネモネとの戦闘中に眠くなって寝落ちしてしまったことを。
ゲーム内で睡眠を掛けられて、リアルでも寝てしまったようだ。
まさか寝落ちをするとは思わず。
「はぁ」
いやぁ、やっちまいましたなぁ。
寝落ちしたらどうなるんだろうなんて考えたのがいけなかった。
まさかVR機を装着したまま寝て、朝を迎えることになるとは思わず。
大きく伸びをしていたら、まさかの人から通話が。
なんと、麻人さんである。
私が麻人さんの補佐として異動した日に番号の交換はしていたんですけどね。掛かってくるとは思わず。
「おはようございます、陸松です」
『……起きていたか』
あ、なんか機嫌が悪そうな声。
『心臓に悪いことは止めてくれないか』
「心臓に悪いこと、とは?」
『部屋に入ったら倒れていたからビックリするだろうが!』
「……あれ? 私のアバター、残ってました?」
アバターが残るのって、あの宿屋だけではないの? ……それか、キースが来たときはまだログイン判定がされていたという可能性も。
『頬を叩いても、身体を揺すっても起きないから、どうしたものかと』
「それは申し訳なく……」
ゲーム内で睡眠を掛けられて、寝落ちしました、なんて言えない。
「にゃあ」
『……許す』
「はいっ?」
『オレとしては色々と役得なこともあったし、今の「にゃあ」で許す』
うわぁ、残念すぎる! そんなもので許すな!
『それで、陸松。今日から在宅なんだが』
「却下!」
『まだなにも言ってないだろうが』
「麻人さんが言うことなんて分かりますよ! どうせオレのところに全部持って来い、でしょう?」
『良く分かったな』
どうやって私を連れて帰ろうかしていたのを知っているのだから、それくらいは分かる。
『オレがそちらに行ってもいいぞ』
「仕事道具はともかく、VR機はさすがに置けませんよ?」
『……やはり莉那がこちらに来るのがいいのか』
「行きませんからね!」
『ぐぬぬぬ』
まったくもう。
『そうだ、リィナ』
「あいにゃ!」
ぅっ、反射的ににゃで答えてしまった! リィナと言われるとどうしても猫になる。
私も残念すぎるにゃあ。
『クエスト報酬、まだもらってなかったな?』
「うにゃ? なんのことですにゃ?」
すっとぼけとおしてやる!
『まぁ、いい。今日のフィニメモはゆっくりと報告させてもらうからな』
あ、なんかこの人、たくらんでるな。
「あの、朝の準備があるので、電話、このあたりでよいですか?」
『あぁ。それではまたあとで』
「はいにゃ!」
最後のはサービス!
『……直接逢えないのが、辛すぎる』
麻人さんはそれだけ残して、電話を切った。
直接逢えないって、今までそうだったじゃないの。
それとも、あれか?
直接逢えるのが分かったから、逢えないのは辛いってこと?
まぁ、気持ちは分からないでもないけど。
なんだろう。
麻人さんってものすごく淋しがり屋だったりするの?
楓真が言ってたけど、特殊な家の生まれだって話だからなにかあるのかもね。




