第七話*楓真に報告
フィニメモからログアウトしてきた。
「……ふぅ」
身体をゆっくりと起こして、ヘルメットを外す。
楓真が私用にと用意してくれたそれは、だいぶ軽量化されたものだった。
楓真のも荷物と一緒に送られてきたから見たけど、こちらはフルフェイスで、大きさもかなりのものだった。楓真いわく、これでも初期に比べて小さくなっているそうだ。
そして私のはというと、それよりも二回りくらいは小さいうえに軽い。これからはこの形がスタンダードになりそうだということだった。
高いのを無理して買わせたのではないかと思って聞いたら、なんとこれ、もらったというのだ。
え、これ、貰ったの? と思ったら、なんと楓真のスポンサーからだった。
本当は買おうと思ったのだそうだが、楓真が海外勤務になる関係で連絡をして、VR機器を私に譲渡するという話をしたら、それならと私用にとプレゼントされたとか。
なんというか、さすがはゲーム動画で有名なだけある。
座ったまま身体を動かして解していると、私のスマホが震えた。画面を見ると、楓真からだ。
「おはよ」
楓真の海外勤務先はイギリスで、日本との時差は八時間だ。今、日本は十四時なので、イギリスは朝の六時。
ちなみに日本は日付変更線の近くなので、世界の中でも日付が変わるのが早い地域となる。
昔、「日出ずる国」と言ったとか言わないとかあるし、日付変更線が決められたのはいつかは定かではないけれど、世界の中で朝を迎えるのが早いのは昔も今も変わらない。
だから有利とか不利とかはないけど。
『Good morning, Rina』
相変わらずというか、楓真はたまにチャラい。
今はまぁ、イギリスだから仕方がないとしよう。
『で、フィニメモ、やってる?』
「うん、サービス開始と同時に始めたよ」
このまま英語で話し続けられたらどうしようかと思ったけど、日本語だったので安堵した。
『いいなぁ……』
かなり羨ましそうな声に思わず苦笑する。
『で、早速だけど、なんかやらかしたっぽいね』
「やらかしたとか言うな!」
というか、なんでもう知ってるの?
『ゲーム内でキースと会ったでしょ?』
「あー……。青い髪のエルフのおにーさんね」
『そそ。キースから聞いたんだけど』
え、ちょっと待て。
「キースとはリアルでも連絡を取ってるの?」
『うん、高校からの知り合い。まぁ、あっちは二つ上で先輩だけど』
それは知らなかった。
いや、だからこそ『困ったらキースに頼れ』だったのか。なるほどね。
「え、でもさ。こちらからはキースさんは分かるけど、なんで向こうが私って分かったの?」
キースはフーマと同じくβ組だし、キャラクターデータを引き継いでいたから分かったけど、向こうがなんで私だと分かったのか謎だった。
『それ、ね』
電話の向こうで楓真が笑ってるのが聞こえる。
やっぱりなんかやってたのか。
ちなみに私は楓真にはエルフで始めるとしか言ってなくて、キャラ名や見た目はゲームを始めてから決めたので、知らないはずだ。
まぁ、キャラ名を伝えていても名前は見えないからね。名前で探すことは出来ない。
となると、他のことで特定したのだと思うけど……。
『莉那には言ってなかったけど、渡したコード、β上位組特製仕様なんだよね』
「……は?」
昔は物理カートリッジにデータが入った物も販売されていたようだけど、回線速度の大幅向上とデータを保存するメモリの小型化と大容量化がされたため、無限というと語弊があるけど、容量を気にすることなくデータを保存することが出来るようになっている。とはいっても、基本はデータ保存はクラウドが多いけど、ローカルでの保存も容量を気にしなくていい。
ローカルでの保存も基本はトリプルレイドになっていて、ひとつ壊れても残り二つがあるので問題ないという。
トリプルレイドとはなんぞや、って思うかもだけど、簡単に言えば同じデータを物理的に切れたメモリに保存して管理しているということだ。ひとつに見えて、中を開けるとメモリが三つある、と言ったら分かりやすいだろうか。
ちなみに、ゲーム内でレイドというと、一パーティでは倒すことが困難な強敵で、何組ものパーティが連携して討伐するという大規模ボス戦と言えばいいのだろうか。
毎度のことながらなんか本題からズレるけど、VR機器はヘルメット内蔵のメモリにゲームデータを入れて、それを呼び出してプレイする。
不正が行われないようにキャラクターデータは鯖にあるのだけど、マップなどいちいち鯖から呼び出していると処理が遅くなるものがローカルに保存されている。
まずは公式などからデータをダウンロードするためのコードを購入して、ダウンロードサイトでコードを入力してヘルメットにデータを入れる、というのが最近の主流だ。
『あ、心配しなくても、そこ以外は他の人と同じだから』
「……そうだろうけど。で、なにが他の人たちと違うの?」
『プレイヤーのマーカーって白だろう?』
「うん」
『それがβ上位組は黄色いんだよ』
「黄色?」
キースに会ったとき、彼のマーカーが何色だったか……覚えてない。というより、見る余裕はなかったような気がする。
『そ。β組はデータの引き継ぎと、上位組には黄色のマーカーが付くっていう仕様』
「……聞いてない」
『うん、言ってないから』
さすが楓真。そういうさりげないいたずらというか、意地悪なところは健在のようだ。
『キースから聞いたところによると、なんかヒシャクを持ってたとか』
「あぁ……」
知らなければあれはヒシャクにしか見えない。
なので私はログインしてからログアウトをするまでのことを、適当に端折りながら説明した。
『洗濯屋……。初っぱなからのやらかしっぷりが半端なかった』
「ちょっと! やらかしたとか言うな! 私のせいではないし!」
『だけどまぁ、βでは未確認だったレア職業のさらにレアを引くとは……。さす姉って言えばいい?』
「言わなくてもいいから」
実はログアウトをするときもちょっと問題……というと違うけど、驚いたことがあるのだ。
フィニメモでのログアウトはセーフゾーン内ならどこでもできる。極端な話、人通りの多い場所で立ったままログアウトしても問題ないのだが、運営は宿泊できるところを推奨している。
なので洗浄屋から出て宿に行こうとしたら、私を呼びに来てくれたおかみさんNPC──クイーンクェと私が名づけた──に呼び止められ、店の二階で寝泊まりすればよいと言われたのだ。
なんと、冒険初日にして、拠点となるところまでゲットしてしまったのだ。
『……さす姉』
「いやそれ、要らないから!」
『やー、でもほんと、なんか色々とやらかしてくれたなぁ』
「あのね……」
『あ、スクリーンショットとか動画は』
「撮ってると思う?」
『ですよねぇ……』
それから楓真は五秒ほど黙り込んだ。
時計を見ると、十四時半を過ぎていた。よく喋った。
『莉那がなかなかおもろいことをしてるのが分かったけど、もし問題がなければ、スクリーンショットと動画を提供してくれないか?』
「……え?」
『いやぁ、この先もなんかやりそうだからさ。動画の配信をしたいなぁ、と』
楓真なら言いそうだ。
「それがVR機器を貸してくれてるお礼になるのなら」
『お礼は要らないけど。……あ、それはもう、莉那が好きに使ってくれていいからな』
「えっ?」
『だって俺が日本に戻ったらその頃は新しいのが出てると思うから、そっちを買いたいんだよね』
な、なるほど?
『莉那の性格的にただ貰うのはって言うのが分かってたから言わなかったんだけど。まぁ、莉那から動画がもらえれば、それで収入を得られるから、俺としては助かるけど』
私に関してはゲーム内だから別に問題はない。楓真も悪いように使わないだろう。
「……でも、ウーヌスたちがいいって言うか分からないし」
『あー、うん。それは彼らに聞いてみて』
とそこで、通話は終わった。
とりあえず、遅くなったけどお昼を食べて、少し休憩をしたらフィニメモに戻ろう。
私はそう決めて立ち上がると、部屋を出た。




