第六十一話*きゃー(棒)
地獄の移動作業が終わり、台車とともに麻人さんと並んで社内を歩いているのですけどね?
なんで歩くだけでこんなに見られるのですかっ?
おかしい。
おかしすぎるぞ。
……明日からもっと地味な服を着てこよう。いっそのこと、黒子みたいな服を着てきて、「見えてるかもだけど、いない人として扱ってね」アピールをしたほうがいいのかしら?
……そうしよう!(迷案)
まぁ、そもそもがそんな服は持ってないし、逆に目立つような気がするから止めておいたほうがいいかもだけど、それくらいしたい気分です!
だめだ、現実逃避をして見られていることを忘れようとしたのだけど、無理だった!
楓真と一緒に街を歩くときより見られてますよ!
さすが、国家版座敷わらし……。
しかし、なんでそんな人が三年目のぺーぺーに声を掛けてきたのだろう?
もしかして、あれ? キャーとか言わなかったから?
しまった、部屋に入ってきたときに顔を赤らめて「きゃー(棒)」とでも言っておけばよかった?
今さら気がついても、遅いか。いや、今からでも遅くない?
しかし、今、このタイミングではないな。
それにしても。
なんだか妙な既視感があるのですが。
うーん?
隣を歩く麻人さんは足が長いからか、油断をすると置いていかれる。
いや、置いていかれてもどこの部署か分かっているからいいのだけど、なんか意地になってついていってます!
私の身長は平均だと思うのですよ。でもね、隣にいたはずの麻人さんとは頭ひとつ分くらいの身長差があるし、足の長さがですね。
短足ではない! 私の足は別に短くない! 麻人さんが長すぎるのですよ!
……並んで歩くのは諦めよう。
変に並んで歩くから見られるのだから、距離を取れば問題ない!
そう思って自分のペースで歩いていたのですが。
……いや、立ち止まらなくてもですね。
「行き先は分かっていますから、どうぞお先へ」
「そういうわけにはいかない」
相変わらず淡々と抑揚のないしゃべり方なんだけど、声もなんだか聞き覚えがあるのよね。
つい最近、聞いたような気がするんだけど。うーむ?
改めて見た目を確認してみる。
黒い髪の毛はきれいに切りそろえられていて、なんだか艶々している。前髪はすべてあげていて、ワックスで固められていた。
顔は言わずもがな、整っていて、とてもきれいな顔だと思う。
……見覚えがあるような、ないような?
声も聞いたことがある気がするんだけど、私の周りにこんなに淡々と喋る人なんていないのよね。
麻人さんを観察しつつ、待っているからには立ち止まるわけにもいかず、仕方がなく台車を押して近寄った。
「……気がつかれないものなんだな」
「?」
うん?
気がつく? なにに?
「お待たせしました」
「台車、オレが押したほうがいいのか?」
「いえいえ、自分の荷物ですし、台車に乗っているから重くないので大丈夫です!」
座敷わらしに仕事をさせるなんて、後が怖いです!
……あれ? でも、ラウは仕事をしていたな?
「座敷わらしとブラウニーの違いってなんだろう……」
「くっ……」
また肩を振るわせて笑ってるんですけど、この人。
というかだ。
なんだ、この人もちゃんと生きてる人間なんだ。
さっきまでの無表情で淡々としたしゃべり方しか知らないから、実は人形を相手にしてるみたいで怖かったのよね。
「常ににこにこしていてほしいとは言いませんけど、無表情だと妖怪かと勘違いされますよ」
「別にそれでいい」
いいんだ。
……まぁ、こんな無表情でも周りにわらわらと女性が沸いてくるから、愛想良くしていたら大変なんだろうな。
それは分かるけど、なんというかですね!
「……笑顔のほうがよいと思うのですよ」
ボソリと呟いたんだけど、麻人さんはしっかり拾っていて。
「これでいいのか?」
そう言って笑顔を向けてきた。
う……っわぁ。
むちゃっくちゃっ! 破壊力が!
だ、ダメです! これは日本が壊れるレベル!
自分の顔に血液が集中的に集まり、真っ赤になったのが分かった。耳まで熱い!
「や、い、いいです! む、無表情で! 無表情がいいです!」
「そうか?」
かなり残念そうな声だったけど、笑顔は禁止で!
結局、顔が真っ赤なまま麻人さんと並んで歩いた。
◇
異動初日ということで、定時で上がれることになった。
ちなみになんですけどね!
私は三年目、麻人さんは一個上なので四年目なんだけど、なぜか個室なのですよ!
本人いわく、正規ルートで就職したのだから他の人たちと同じ扱いにしてほしいとお願いしたところ、入社当初は願いどおりだったのだけど、そうすると他の部署から見学に来たり、居座る人がいたりと迷惑がかかったので個室にさせられている、とのことだった。
……えと、麻人さんには悪いけど、今日もDeathね……あ、死んでる? 今日もですね、隙間から中をのぞきこんでくる人があとを断たなかったのですよ!
おまえら! 仕事しろやぁぁぁ!(心の叫び)
……とりあえず。
明日も様子を見て、減らないようなら必殺技を繰り出すしかないようだ。
ちなみに、必殺技は「必ず殺す技」なので、本当にやったらたいへんに危険Deathからね?
よし、帰ってご飯を食べて、お風呂にゆっくり浸かって、それからフィニメモをしよう。
夜遅いからラウとオルは寝ているかもだけど、クイさんに美味しいお茶を淹れてもらって、のんびり過ごすのもいいかもだ。
うん、そうしよう!
帰宅後のプランを心に握りしめて帰ろうとしたのだけど。
「陸松、ちょっと待て」
と麻人さんに呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「送っていくから待て」
「え、いいですよ。電車で帰れますよ?」
「おまえ、分かってないな」
「なにがですか?」
「オレがなぜ個室なのか」
「麻人さんが色んな人に追われてるからですよね?」
「分かってるじゃないか」
ちなみに、だけど。
最初、苗字が同じだから下の名前で呼べと言われたときはかなりというか、非常に抵抗があったのですよ。
なんですけどね、これは下の名前ではない、苗字よっ! と自分に言い聞かせた結果、スルリと口から出るようになった。
いえ、それだけです、はい。
「就業中に何度かここから出て、なにか違和感はなかったか?」
「んー? あ、むっちゃ見られてましたっ!」
「あと、変な男たちもつけ回してただろうが」
「? いました、そんなの?」
ぶっちゃけ、スルーしてました!
楓真や父と外に出るとやたらに見られるのでその時に身につけたスキルDeathよっ!
……麻人さんと並んで歩いてると、スルースキルが発動しないくらい見られていたので、相当だなとは思ったけど。
「いいか、これから言うことは業務以上に大事なことだからな」
「はぁ」
「まずは、周りをよく見ろ」
「はい……」
「あとはオレの場合は周りがお互いに牽制しあって拮抗しているが、陸松の場合は違うからな」
「どういうことですか?」
「はっきり言わないと分からないか?」
「あの、疑問なのですが」
「なんだ?」
「麻人さんは私のどこが良かったのですか?」
私の質問に、麻人さんは目頭に指を当て、ため息を吐いた。
あれ? この仕草、どこかで見たような?
麻人さんといると、なんだか既視感の固まりみたいなんだけど、どこで見たのか思い出せない。
「はぁ……。まず、オレと普通に話せているところ」
「? え? そんなこと?」
「陸松の当たり前はオレにとっては当たり前ではない。分かるか?」
「分かりませんっ!」
まぁ、顔はいいと思うのだけど、そんなに騒ぐほどのことなの? というのが私の率直な感想だ。
今日いちにち、一緒に仕事をして、とても働きやすいとは思ったわよ? そこは確かにいいところではある。顔がいいだけではないってのはすごい。
天は二物を与えずというけれど、麻人さんは違っていた。
そういうところをひっくるめての評価なら今の騒がれ具合は分かるのですよ。でも、明らかにそうではない部分で騒がれてるからなぁ。
「あとは……そうだな。一緒にいて心が安らぐ」
「……それ、どちらかというと今日の感想ですよね?」
こうやって声を掛けられる前に何度かやりとりはしたけど、どうもこの人、覚えてなさそうなんだよね。
まぁ、周りがきゃあきゃあ言うのなら、だれに対しても淡々とした対応になるわよね。
「麻人さんは私と仕事でやり取りしたこと、覚えてます?」
「…………。覚えている」
返答にかなりの間があった!
「ズバリ! 覚えてませんね?」
「正直に話そう。言われて思い出した」
「ほらっ!」
ついドヤァという顔をしてしまったのだけど、ハッとして表情を戻した。
「……どうも麻人さんと話してると緩むというか」
「緩む?」
素が出てしまう!
仕事ではクールビューティを目指しているというのに!
「ま、まぁ、それはともかく」
時計をチラリと見ると、思っていたより時間が経っていた。
「ということで、帰ります! おつかれ……、うきゃあ!」
いつの間に麻人さんは立ったのか、私の首をつかんでいた!
「くっ、首っ!」
なんでこの人、私に必殺技をっ!
「……なるほど」
なるほど、じゃないっ!
「にゃぁぁぁっ!」
なんで猫っ?
というかだ。
今まで築き上げてきたクールビューティがぁ……。
必死に暴れて、ようやく麻人さんの腕を掴むことができたのでグッと自分に引き寄せて投げようとしたのだけど……。
「ほう? 護身術か」
うきゃあ! なんでこの人、投げられないのっ?




