第六話*《一日目》ますます謎が深まる洗濯屋
エルフNPCのウーヌスに言われるままに、洗濯屋がなんたるかを知るために、まずはアイロン台を召喚した。
……これだけ聞いたら、それ、なんてクソゲー? と思われても仕方がないと思う!
ほんと、運営、仕事しろ!
「ほう、最初にしてはなかなかよいアイロン台が召喚できましたね」
とは言われたけど、これ、プレイヤーにやる気にさせるために運営が仕込んでいたセリフでしょう?
……なんというか、疑心暗鬼になっている。
それに、アイロン台に良いも悪いもあるの?
なんか良く分からないけど、運営の仕込みであろうがなかろうが、ウーヌスが良いと言うのならそうなのだろう。そうしておこう、そうじゃないとなんか悲しくなってくる。
ちなみに私が召喚したアイロン台は、足が長くて立ったままアイロン掛けが出来るものだ。そこがウーヌス的に高得点だったのかしら?
「では、まずは……アイロンは掛けたことがありますよね?」
「……はい」
これはリアルでのことを聞かれているのよね? ちょっと悩んで、返事をした。
「でも、その手にしているアイロンを使ったことは」
「いやぁ……、さすがに」
「ですよねぇ」
ウーヌスでさえ苦笑しているところを見ると、この昔のアイロンはそれはないだろうってことなのだろう。
私も激しく同意するのだけど、でも洗濯屋の初期アイテムはこれらしいので仕方がないのではないだろうか。
しかし、これは武器にならないからなのか、セーフゾーンでも手に持っているのはどうなのかと。
「では、試してみるにはこの布あたりがいいかもですね」
そうしてウーヌスが取り出したのは、ハンカチサイズの一枚の布切れだった。
というかだ、それ、どこから出てきました?
……これは私にも言えるのか。
現実とは違って、アイテムはインベントリにしまってあるので、どれだけ大きなものでもインベントリに収納出来てしまえば簡単に持ち運びができてしまう。
そう、インベントリに収納できればなんでも、だ。
これ、リアルでも欲しい。
さて、ウーヌスから渡された布だが、受け取って、とりあえずアイロン台に置いてみた。サイズはハンカチくらいだろうか。
「では、アイロンを布の上に置いてください」
ウーヌスの指示を受けて、布の上にアイロンを乗せてみた。
「おっ!」
「はい、炭火が自動的にセットされます」
「おお、便利!」
え、これってある意味、最強じゃない? だってこれなら無尽蔵に使えるってことよね?
「すぐに適温になりますので、そのまま布を撫でるように……そう、なかなか上手ですね」
ウーヌスさんったら、褒めるのが上手ですね!
やっていることはアイロン掛けなのに、なんかすごい仕事をしているような気になってくるのだから不思議だ。
そして、ハンカチらしき布は問題なく端から端まで無事にアイロンを掛け終わることができた。
ふぅ……と思わず額を拭ってしまった。
ウーヌスは私がアイロンを掛け終わった布を手に取ると、なにやら確認をしていた。
「初めてにしてはなかなかいいです。それではこれ、リィナさんが初めてアイロンを掛けたものということでお渡ししておきますね」
ウーヌスはきれいに畳んでから先ほどの布を渡してくれた。
ウーヌスから布を受け取った、まではよかったのだけど。
……あれ?
なんかこれ、さっきまで白いただの変哲のない布切れでしたよね? なのにウーヌスが畳んでから渡されたのは、十センチ四方の白くて薄い鉄の板?
「あのぉ……」
「はい」
「これ、さっきの布、ですよね?」
「そうですよ」
「でも、今渡されたのは……鉄の板になってますけど?」
私はアイロンとともに白い鉄の板を持ち、左の人差し指のツメで弾いてみせた。布に対してこれをやると、音などしなくてゆらゆら揺れるだけであっただろうが、鉄の板に変わったそれは、カツカツという音がした。
「いいことに気がつきましたね」
ウーヌスは人が悪い笑みを浮かべて、ニヤリと笑った。
美形エルフがそんな表情をすると、とっても悪い人? いや、悪いエルフが正しいか? に見えてしまう。
「その鉄の板は片付けていただいて、次はこちらにアイロンを掛けていただいてもよろしいですか?」
ウーヌスの指示に従い鉄の板はインベントリに入れた。薄青い布がアイロン台に置かれたので、その上に昔のアイロンを乗せ、端からアイロンを滑らせた。
アイロンを掛けたところは少しだけキラキラしている。
なかなか綺麗だと思いながら掛けていると、パチッと炭火が爆ぜて、布の上に落ちた。火の粉はジリッと音を立てて、布を焦がした。
「あっ!」
「問題ありません、続けてください」
私の声にウーヌスは今の状況は想定内だったようで、特に慌てている様子はない。
でもこれ、マズくない?
「でも布、焦げましたけど」
「そこは心配要りません。とにかく、今は時間内にアイロンを掛けてください」
時間内?
疑問に思って首を傾げると、視界の端に数字が見えた。
『終了時間、十秒前』
脳内にアナウンスが聞こえた。
え、これ、時間制限があるのっ?
私は慌てて、だけど丁寧にアイロンを掛けた。
五秒前になったところでカウントダウンが始まった。
『二……』
「お、終わった!」
どうにか端まで掛け終わり、私は安堵した。カウントダウンの声もそこで途切れた。
「よく出来ましたね」
ウーヌスは少し頬を緩めて私を見た。
「ですが、それで終わりではありませんよ」
「へっ?」
「今回はこの布に『アイロン仕上げ』を使ってみてください」
「……はい」
アイロン台に乗っている先ほどより少し大きな薄青い布を改めて見ると、真ん中あたりに焦げ跡が残っていたが、そこ以外は少しキラキラして綺麗だ。
で、この布にアイロン仕上げなるスキルをかける?
アイロン仕上げのスキル説明は至ってシンプルだ。
『アイロンの終わりに使います』
としか書かれていない。
とりあえず、ここは恒例になりつつあるセリフを吐くとするか。
「運営、仕事しろっ!」
ウーヌスからは生温かい視線を感じたが、スルーした。
さて、と。
スキル説明が簡潔すぎて良く分からないけど、とりあえず使ってみよう。
「アイロン仕上げ」
スキルを使うのは簡単である。スキル名を口にするだけだ。
すると、私の声に呼応して、布の端がキラキラと輝き始めた。それは薄青い布全体に広がって……すぐに消えた。
特に変化は……。
「あっ!」
私は慌てて布を手に取った。
「焦げたのが、消えてる……?」
「そうです。そのアイロン仕上げを使うと、このように焦げ跡が消えるのです。それに、それだけではありません」
「?」
そういって、ウーヌスは私が持っている布をスルリと取った。
「先ほどは鉄の板になりましたが、アイロン仕上げを使うと、布のままです」
ウーヌスはそう言って、先ほどと同じように畳んだ布を私に渡してきた。
受け取るとそれはクタリと本来の布の動きをした。
「まだスキルレベルが低いので、最初にお渡しした布くらいにしか効果を付与できませんが」
「! こ、効果を、付与っ?」
ウーヌスがサラリとなんでもないと言わんばかりに口にしたけど、効果を付与するってすごいことよ!
「ですが、今はまだあの大きさの布にしかできませんし……それにあまり効果のないものしか付けられませんよ」
「そ、それでも!」
「洗濯屋はそれだけではありませんよ」
「えっ?」
「リィナさんがもっと成長しなければ出来ないことですから、その時に改めてお話しします」
そこで、このチュートリアルクエストは終了したようだ。私の目の前に『チュートリアルクエストが終わりました』という文字が浮かんだ後、消えた。
「基本の使い方は今ので終わりです」
そして、ウーヌスから何枚かの布を渡された。
「こちらは練習用の布になります」
「ありがとうございます」
これがどうやらクエストに対する報酬のようだ。
「さて、リィナさん」
「はい」
「少し休憩をされた方がよさそうですね」
ウーヌスに言われて、そういえばと思い出す。
フィニメモのサービスは朝十時からで、今はリアル時間で十四時前。本当はお昼を食べるために途中でログアウトをするつもりだったのが、気がついたらこんな時間だ。
楓真から起きたら連絡をするとメッセージが来ていたことを思い出した。
「それでは、そうします」




