第五十四話*《四日目》討伐、成功?
詰んだかと絶望していたところに、マリーが走ってやってきた。
『お姉さま、お願いがあるのです!』
『ぉ、ぉぅ?』
『また、さっきの泡を出してくださいっ!』
『出すのはいいけど?』
『ありがとうございますっ! お礼は、耳と尻尾の触り放題でっ!』
マリーはそう言いながら、チラッとキースを見た。その顔はものすごく誇っていて、キースは逆にぎぎぎとマリーをにらみつけていた。
『わたくし、お兄さまのように浅ましくありませんから』
うっわぁ、マリーちゃんったらキースを煽るようなことを言っちゃっていいの?
『……覚悟は出来てるんだろうな?』
『お兄さまったら、お姉さまが絡むと本気になりすぎですわよ』
『え、私っ?』
あれ、キースが切れるのって私のせいなのっ?
『お姉さま、泡をお願いしますね』
『う、うん』
なんかうやむやにされたけど、今はそれどころではなかった!
『伊勢と甲斐が立っているあたりがいいですわ』
マリーにそう言われて、オルとラウのスパルタを思い出した。
──洗浄の泡はなにも考えないで使用すると、適当な場所に泡が沸く。だけど意識をすれば、自分の視線が届くところならどこにでも泡を出すことが出来るという。
この任意の場所に泡を出す、というのが思いのほか難しく、ラウに何度も『違うでちっ!』と怒られたのを思い出した。
その時の苦労が報われるときがきたのね……!
伊勢と甲斐が立っている間に視線を向け、
『洗浄の泡っ!』
と詠唱すれば、思った場所に泡がモコモコと沸いてきた。
『さすがお姉さま!』
『ふふんっ、これくらい朝飯前ですわ!』
あ、マリーのしゃべり方が移った!
『あのキノコは横倒しにして、起きるまで殴るのが正解だと思いますの』
な、なるほど。
『なので、行ってきますわっ!』
マリーが言うとおり、あのキノコは行動不能にしたうえで殴ってHPを削るのが一番だ。
【今からまたマリーが災厄キノコを横倒しにするから、そうなったら一斉攻撃をしてくれ。今、攻撃してるのは止めなくていいぞ。ただし、倒れるから気をつけろよ】
キースは注意事項を伝えると、私を半ばにらむように見てきた。
『リィナ』
『は、はいな?』
『マリー相手だから浮気は認めよう』
『はいっ?』
『ぶはっ! お兄さまっ!』
キースの言っていることがさっぱり分からないのですが。
今、キースは日本語で言ったのよね?
『だが、トレースにマリーと同じことをしたら、たとえあいつがNPCでも、復活できないくらい痛めつけるからな』
『トレースは……もふもふしたいとは思わないのよね』
『……それならよい』
ひぃぃぃ、キース、怖いよっ!
『シェリは?』
『……………………。ウサギでもいいのか?』
『だってあの子、かわいいもの』
『かわいいは正義、なのか』
なにを今さら、と思って特に返事をしないでキースを見ると、眉間にしわを寄せて私を見ていた。
『……どう考えてもオレがかわいくはなれないな』
キースさん、あなたがかわいくなってどうするのよ。
『やはり、かわいいもふもふになるしか』
『い、いや、キースさん、それはちょっと止めておいた方が』
『なんでだ?』
『キースさんがかわいいもふもふになったら、今以上に追われますよ?』
『……ぐぬぬぬ』
なんでそんなにかわいいもふもふにこだわるの?
いや、そんなことよりだ。
マリーはキリッとした表情で泡から少し離れて見ていた。
その様はキースと似通っていて、やはり兄妹なのだと強く感じた。
それからマリーは背負っていた盾を取ると装備せずに斜めに構えると……。
『な、投げたっ?』
え、まさか泡の滑りで盾で攻撃っ?
いや、さっきのを思い出すと、そうではないだろう。
マリーは身体をグッと前に倒し、走り出した。
さすがはオオカミの獣人、かなり速い。盾にすぐに追いつき、ジャンプをすると盾の上に乗り、泡にツッコんだ!
そして泡の滑りを利用して……。
『にゃははははっ!』
オオカミなのになぜか猫っぽい笑い声を上げて、災厄キノコにツッコんだ!
先ほどはカサが下だったから容易に倒れていたけど、今は柄の部分が下になっているため、かなり安定感がある。それでも盾に乗ったマリーの体当たりにグラリと揺れた。
これは倒れない? と思っていると、緑の光が複数本、災厄キノコに飛んでいった。
あれってもしかして? とキースを見ると、弓を手にして険しい表情をしていた。どうやらキースが後追いで災厄キノコが倒れるように仕向けたようだ。
マリーの体当たりとキースの追加攻撃を受け、さすがの災厄キノコもバタンと大きな音を立てて倒れた。
【よし、行けっ!】
キースの号令に、全員が災厄キノコに攻撃を開始した。
そうやって災厄キノコが起き上がるとマリーが盾サーフィンで体当たりをしてグラつかせ、キースがさらに攻撃を加えて倒れるようにした。
災厄キノコのHPはみるみると減っていき、ほとんど削れたところでまたもや立ち上がった。
あと一息だったのにという空気感と、もう少しという安堵感。
マリーが盾サーフィンをするために洗浄の泡をあちこちにばらまいていたのだけど、そろそろ踏み場がなくなるとまではいかないけど、片付けをしておこう。
ちなみに、キースは私がいきなり飛び出していかないようにと背後に立って肩を掴んでいる。
『キースさん』
『なんだ』
『あの、泡を片付けたいのですが』
キースは先述のとおり私の後ろにいる。だからキースの表情などはなにも見えない。
なにかキースから返事があるのかと思っていたのだけど、なにもない。
むしろこの無言はそれで? と続きを促されているような気がする。
『浄化ですが、近寄らないと効果がないみたいなんですよ』
『だろうな』
洗浄の泡の射程距離は私が見える範囲という、破格なものだ。
一方、浄化はあまり射程距離はないみたいで、近くに寄らないと効果がない。
とはいえ、スキル発動者の私でも浄化は使えても効果が見えないため、感覚的なものではある。
キースは見えるらしいから、私より浄化のことが分かっているような気がする。
『なので、泡を消すために近くに』
『却下』
『な、なんでっ?』
『もう少しで討伐が成功する。しかし、おまえのことだ、なにかやらかす』
『ひどいっ!』
肩を掴んでいる手を外そうとするのだけど、キースはそれを阻止するために、肩から手を移動させて、腰に腕を回してきた。
ちょ、これっ!
『キ、キース、さんっ!』
『キース、アウト』
ドゥオの言うとおり、これはアウトだ。ハラスメントブロックを使うかどうか悩むまでもなく使うべきだろう。
頭では分かっているのに、なんでだろう、それが出来ないのは。
『お兄さま、後で説教ですわよ?』
『今、これが許されているのなら、後でいくらでも説教を受けよう』
あ、これ、いくら抗ってもダメなヤツだ。
なまじ父の行動を見ているだけあり、それはたやすく想像できた。
『リィナは充分に働いた。ここで見ていても問題ない。というより、今、下手に動くと混乱を招くだけだ』
マリーは災厄キノコが立ち上がるのを待つことなく、盾サーフィンで突進して巨体を地面へと倒していた。
最後の足掻きと言わんばかりに災厄キノコはバタバタと暴れていたが、ようやくHPが弾けてくれた。
災厄キノコの動きが止まり、歓声が上がった。
一時は危うかったけど、無事に倒せたようだ。
と思っていたのだけど。
『っ!』
【みんな、災厄キノコから離れてっ! 弾けるっ!】
災厄キノコの身体が変に震え、それから収縮をした。
これ、爆発前の動作に似ている。
そう判断してアナウンスをしたのだけど、どう見ても間に合わない。
『乾燥っ!』
癒しの雨を使うにはMPが足りない、洗浄の泡はなにか違う、浄化は範囲が狭い。
ボスフィールド内はマリーが体当たりをするためにあちこちに泡が散らばっている。
それを乾燥させて固めたら、少しは爆発の余波や飛び散るものを防げるのではないか。
そんな浅はかなことを思って発動させたのだけど。
詠唱したと同時に私のMPは潔いくらいに綺麗にぶっ飛び、空に。
ボスフィールド内の水分もそれに呼応するかのように驚くほど吹き飛び、泡からも災厄キノコからも水分が抜けた。
災厄キノコは私の予想どおりに爆発したのだけど、乾燥していたから粉塵が飛び散っただけですんだようだ。
判断は間違ってなかったとホッとしたところ。
『リィナっ!』
キースに名前を呼ばれたと同時に、頭になにかがガンッ、ゴンッとあたり……その後の意識はまったくない。




