第五話*《一日目》さぁ、名づけようではないか!
私のフィニメモでの職業は、どうやらレア職業の洗濯屋らしい。
フィニメモの職業は初期は物理攻撃メインのファイターか魔法攻撃メインのウィザードの二種類しかない。
しかし、ゲームをすすめていくと、ゲーム内で取った行動により、職業が派生していくという。
短剣を主に使っていればシーフ系に、弓を使っていたらアーチャー系に、タンクをしていたら騎士系に……という具合だ。だから二次職は自分がなりたい職業を狙いやすいという。
ウィザード系はちょっと違っていて、選択した種族によってボーナスがあるみたいだけど、いわゆる魔法使いに精霊魔法、召喚士やトレーナーなどがあるという。これらは二次職に転職できる状態になると出てくるという。あとはファイター系と同じで、二次転職までに取っていた行動によって出てくる職業もあるらしい。
とはいえ、二次職はこれらだけではなく他にもたくさんあるらしく、三次職を含めると何百種類とあるとか。
なので私も職業については網羅していない。
しかし、こんな謎の洗濯屋なんていうのが元からあったのならば、話題になってないはずがない。
これは楓真に報告案件なのかしら?
「理解していただけましたか?」
控えめな声でNPCが声を掛けてきた。
そうだった、NPCと話していたんだ。すっかりびっくりな情報に忘れていた。
「あ、はい」
「では、はじめにその手にしてるアイロンの使い方からです」
すると、私の目の前に「チュートリアルクエスト」という文字が浮かんできた。その下に「受諾する」「受諾しない」という選択肢が。
なるほど、そういう仕組みなのか。
「お願いします」
選択肢でも答えられるけど、目の前にNPCとはいえ、人がいるのだ。直接お願いした方がいいと思うし、なんだか味気ないので口頭で答えた。
すると、気のせいかNPCの表情が嬉しそうだ。
NPCっていうけど、これ、中の人がいるんじゃない?
……その真偽はともかくとして。
「それでは、説明に入りますね」
と説明をはじめそうになったんだけど、ちょっと待って!
「あの、説明の前にあなたたちの名前を教えてほしいのですが」
「NPCに名前を聞くなんて、変わった人ですね」
運営、なんてセリフを仕込むんだ。
って、そういえば、公式に書かれていたけれど、フィニメモの売りはゲームのグラフィックや職業の豊富さ、生産の種類の多さもさることながら、このNPCにもあると書かれていたのを思い出した。NPCの基本のセリフは設定しているけど、他はAIを使用しているとか。
要するにプレイヤーがNPCに声を掛ければ掛けるほど学習して、会話の種類も増えていくとか。
なんちゃらシステムと書いてあったけど、そのあたりは「ふーん」としか思っていなかったので、覚えていない。
「それでは、紹介させていただきます。私は洗浄屋一と申します」
「……え?」
「私は洗浄屋二……」
ちょ、ちょっと待って?
「ま、まさか」
「オレは洗浄屋三」
以下、洗浄屋五まで名乗られた。
私はそれを聞いて、頭を抱えてしまった。これはひどい。
いくらNPCといえども、これはないわ。運営、仕事してっ!
……気を取り直して。
たぶんだが、レア職業を捻出して、職業別のスキルやらなんやらを設定したところでタイムアップになったとか、そんな理由でどうでもよさそうな部分は手を抜かれたのだろう。とはいえ、すべてを名なしにできなかったから、後から分かりやすいように記号的な名前を与えたのだろう。
さらにはβテストでレア職業が出なかったため、運営もそこまで出ないのではないかと油断して後回しにした可能性もある。
まぁ、それならば分からないでもない。
まずはレア職業を引き当てる確率が大変に低かったのと、さらにはレア職業の中でも当たりやすいのと当たりにくい──要するに再抽選と言うヤツだ──があったのではないだろうか。
だからといって、超レアを引き当ててもそれが当たりであるとは限らないところがなんともだが。
この手抜き具合を見ると、レア職業の中でもレアなのかもしれない。そして、超レア職業といっても、運営の手抜きから考えてゲームではあまり重要ではなさそうだ。
なんでだろう、嬉しくない。
「……色々複雑な気分ね」
とはいえ、一さんとか二さんなんて言うのもなんか運営に負けた気がするし。
うん、決めた! 勝手に名付けてしまえ!
「一のあなたはウーヌス、二のあなたはドゥオ、三のあなたはトレース、四のあなたはクァットゥオル、五のあなたはクイーンクェ!」
悩んだけど、結局、私も運営とあまり変わりがなかった。
というのもこの名前、フィニメモで頻繁に使われているラテン語に合わせて、ラテン語の数に置き換えただけなのだ。
それでも、なんでだろう、NPCも人間っぽくなったような気がしないでもない。しかも彼らはみんな、喜んでくれているようだ。
「ありがとうございます、リィナリティさん!」
「名前、長いからリィナでいいよ」
自分でつけておいてなんだけど、リィナリティは長いと思う。
でも、リィナだと本名に近いし、だからといってまったく違うのをつけるのも気が引けたのだ。
あとは無難そうに花の名前ってのも考えたんだけど、考えるのはみんな一緒で、被りやすい。
となると、思いっきりオリジナリティを出そうと思って、かなり捻って考えた名前なのだ。長いけど、なかなかいい名前を思いつけたと密かに自画自賛した。
とはいえ、ゲーム内で呼ばれると長いなと感じてしまう。だから愛称を提案してみた。
「では、リィナさん、まずはその手に持っているものの使い方からです」
「はい、お願いします、ウーヌスさん」
「ウーヌスでいいですよ」
ウーヌスは早速、愛称で呼んでくれた。AIが学習するというのはこういうことなのか。
NPCの好感度なんてあるのかどうかは知らないけれど、名付けたことでなんとなく親密になれたような気がする。
「では、まずはアイロンの使い方ですが、アイロンをかけるにはアイロンの他にも必要なものがありますよね」
「え……っと、これの中に入れる炭?」
「それも必要ですが、初心者用のは自動でセットされます」
「そうなんだ」
なるほど、だから炭がアイテム欄になかったのかと納得。
「それ以外に?」
……考えられるのは、と。
「アイロン台?」
「そうです」
だけど、アイロン台なんてアイテムになかったんだけど?
私が不思議そうな表情をしていたからか、ウーヌスは小さく笑った。
しかし、美形エルフはなにしても様になるわよね!
「アイロン台はスキルで出すことが可能です」
「スキル……」
なにその謎仕様。
……もしかしてアイテムにしたらアイテムから職業を推測されるから?
あり得る、その線はかなりあり得る!
「で、スキル……と」
そういえばまだスキルを確認していなかった。
スキルはステータスから確認できるはず。
……と、ちょっと待って。
そういえばβテストのときにステータスからしかスキルを確認できないのは不便なので変更して欲しいという意見が多かったようで、スキル欄は別にするなんてことが運営から回答があったのを思い出した。
「スキルを確認するには、スキルと言っていただくと出ますよ」
「そうなのね、ありがとう」
なるほど、チュートリアルだ。
「スキル」
そう呟けば、スキル・ウィンドウが開いた。
ふむふむ、なになに?
初めてやるゲームなので、スキルは初めて見る。
それにしても……この洗濯屋というのはウィザード系列なんだろうか。
確かウィザードを選択すると、種族によって司る属性が違うために初期スキルに違いがあるものの、攻撃系スキルと回復系スキルの二種類がデフォルトで使えると公式に書かれていた。
それなのに、私のスキル欄にはその肝心の攻撃系スキルがなさそうだ。
だってあるのは、アイロン台召喚とアイロン仕上げなるスキルのみ。
……え、これ、どうやって戦えと?
「あのぉ……」
「はい、なんでしょうか」
「アイロン台召喚は……今のお話でどういったものか分かりました」
それにしても、ピンポイントでアイロン台召喚って……。
なんか変な笑いが出る。
「アイロン仕上げってなんですか?」
「それは……まず、アイロン台召喚をしてみてください」
「え……っと、『アイロン台を召喚するには、アイロンを振りかざし』」
スキルの説明のとおりに腕を上に伸ばしてアイロンを持ち上げてみた。
「『「アイロン台、召喚」と言いながらアイロン台を設置したい場所をアイロンで指定してください』っと」
なんか大変に間抜けなんですけど!
……仕方がない、書かれているとおりにしますか。
「アイロン台、召喚!」
えいやっ! とアイロンを振り下ろしつつ、アイロン台を置きたい場所をアイロンでなんとなく指定してみた。
なんだろう、アイロンがゲシュタルト崩壊しそうなんですが、気のせい?
すると、私の声に呼応して、ぼふんっと白い煙がアイロンの先に発生した。その煙が消えたところで、足の長いアイロン台が唐突に出現した。
いや、アイロン台を召喚したのは私なんですけどね?
……なんだろう、ログインしてそれほど時間は経ってないはずなのに、今のでなんだかすごく疲れた。
「ほう、最初にしてはなかなかよいアイロン台が召喚できましたね」
「はぁ……」
アイロン台によいも悪いもあるの?
ねぇ、このゲーム、剣と魔法のファンタジーRPGよね?




