第四十六話*《四日目》レベリング計画
朝の九時過ぎにフィニメモにログインしました。
台所に行くと、私が最後だったようだ。
「おはようございます」
それにしても、台所にすごい違和感があるのですが。
「ねぇ、ここ、こんなに広かった?」
「リィナ、おはよう。おや、気がつくのが早いね」
そう言って、クイさんは私の指定席にお茶を置いてくれた。
「リィナが来たら、今後のことを話し合おうと思っていたところだ」
言外に「いいから座れ」と言われた気がしたので、大人しく指定席へ。
このテーブルも最初は六人掛けと大きめではあったけど、今はあきらかにその倍以上の長さになっている。
いったい、この建物にどんな魔法がかけられているのだろうか。
私が席に着くと、クイさんをはじめとした洗浄屋の人たちも席に着いた。
あれ、思ったより本格的な話し合いなの?
「マリーと伊勢、甲斐の三人が来て、ここもにぎやかになってきた」
どうやらキースが司会進行をするようだ。
昨日、社会人失格の烙印を押しかけたのだけど、あれ? 意外にまとも?
「そこで、だ。オレのレベリングはフーマが戻ってきてからするとして。今はリィナのレベリングが最重要課題だと捉えているのだが、異存は?」
「ないね」
「リィナには強くなってもらわないと」
「強くならないと新しいスキルを覚えられないからね!」
オルがなにげに危険な発言をしているぞ。
「新しい……。やらかしの予告か」
「やらかしではないから!」
システムにないスキルであるのなら、やらかしなのだろうけど、ここはゲーム内。きちんと範囲内だから覚えられているのだし、だからそもそもが今までのもやらかしではないのよ!
そうよ、やらかしではないからっ!
なんでだろう、そう主張すればするほど、あやしくなるのだけど。
……なんか、嫌な予感。
「あの、質問です!」
私は手を上げて、キースを見た。
「なんだ?」
「基本的なことを聞くのですが、職スキルって条件さえあえば、ポイント消費が倍になるけど、取れるのよ、ね?」
「取れることになって……。ま、まさか?」
キースは私の質問の意図をすぐに分かってくれたようで、確認をしてくれているようだ。
「洗濯屋のスキルはなんだ?」
「えと……。まず、最初から覚えていたのは『アイロン台召喚』と『アイロン仕上げ』」
「スキル名だけでもすごい破壊力だな」
「ア」から始まるので、五十音順に一覧を並べ替えたら、早い段階に出てくるはずだ。
しかし。
「ない……な」
「ないって、なんで?」
もしかしなくても、レア職だから?
「レア職のスキルは覚えられないとか?」
「その可能性は否定できないが……」
うーむと唸った後、キースはキリッした顔を私に向けてきた。
「やらかしに決定!」
「なんでっ!」
「その方が面白いからな!」
判定基準がおかしい!
「お兄さま。レア職ってお姉さま以外に取得した方はいらっしゃらないのですか?」
「そこは分からん。運営から報告があがるのは、木曜日のメンテ明けだからな」
そうなのよね。
今、私たちが把握しているのは、洗濯屋のみ。
あ、あとはウーヌスがおもらしした料理人も?
たくさんあるはずなんだけど、他の人が獲得していても、情報はまだ出回っていない。
私も公開してないから、よほど目立ちたい人でないとレア職の情報は出てこないかも。
だからこそ、運営が週ごとに報告するのだろう。
「検証するには情報が少なすぎるな」
ということで、これは保留。
「では、具体的にリィナ育成計画について」
「なんですか、その育成計画って」
「まんまだ」
なんかもう、なんと言えばいいのでしょうか。
職場で出来の悪い新人を鍛える的なものを感じるのですが。
私だって好きでこんな縛りプレイもどきなことをしてるわけではないっ!
「オレとリィナはレベルが離れすぎてるから一緒に……は問題外だ」
据え置き機やポータブルのゲーム機でしかプレイをしたことがない人からすると、今のキースの発言に疑問を持つかもだけど、MMORPGを知っている人からすると、そうだよな、と思うのがこの不思議な仕様の違いだろう。
まぁ、少し考えれば分かることではあるのだけど、いわゆるスタンドアローン型──プレイヤーは自分のみ、周りはNPCだけ──なゲームなら、狩り場をいくら独占しても周りには迷惑をかけない。
しかし、MMO型──プレイヤーが自分以外にもたくさんいる──だと、同じように狩りをしてレベリングしたい人たちがいるわけで、他の人より一秒でも速く強くなりたい! モンスターをより多く倒して強くなるぜ! と思うプレイヤーはたくさんいる。
そうなると、手っ取り早いのは強い人≒レベルが高い人に寄生して甘い汁を吸ったり、より強いモンスターを倒して経験値を獲得する、となるのだろうけど、そのあたりはMMO型では調整されていて、レベル差が大きい場合、レベルが下の人たちにはほとんど経験値が入らない、あるいは経験値がゼロ、ということがある。また、モンスターとのレベル差が大きいと、攻撃が当たらなくて倒せない、ばかりではなく、逆に倒されて経験値をロストしてまったくレベルが上がらないばかりか、遠のく、なんてこともある。
それだったら、格下の敵を延々と倒していればいいじゃん、と思うかもだけど、レベルがあがればレベルアップに必要な経験値も増えることもさることながら、モンスターとのレベル格差が大きくなればなるほど本来もらえるはずの獲得予定経験値が減り、最後にはゼロになる。
要するに、強くなったら次の狩り場に移動して、後続のために狩り場を開けろという配慮が成されている。
これはスタンドアローン型ではあまりない仕様ではあるけど、自分以外にもプレイヤーがいる場合はこの形式が取られていることが多い。
ということで、私のレベリングをする=キースとパーティを組んで狩りをする、は今現在の状況であればフィニメモではない。
私のレベルが上がって、キースとのレベル差が少なくなればパーティを組むことは可能なので、それまでは一緒に狩りにはいけないのだ。
「マリーと……と思ったが、それでも十のレベル差があるのか」
「そのことなら、心配は要らないさ」
クイさんが急に口を挟んできた。
「どういうことだ?」
「私たちがリィナさんのレベリングをすることができるのですよ」
「爺は黙って見てろ」
「爺……」
MMO型だけの特徴かもしれないけど、レベル=歳という見方をすることがあり、自分よりレベルが上で、さらにはレベル差が大きい人に対して、爺だとか婆とか揶揄することがある。
今、まさにその状況なのだけど、トレースさん、なんであなたまでキースに対して攻撃的なのよ。
「てめぇ……。覚えておけよ」
うん、ここがセーフゾーンでよかった!
そうでなければまたもやキースが荒ぶる人になるところだった。
「よしっ! 今日はお店は休みにして、私らでリィナのレベリングをするかね!」
「おまえら、後ろに気をつけろよ」
やだ、キースさん、とっても怖いのですが!
「お兄さま、むき出しの嫉妬ほど醜いものはありませんことよ?」
「マリー、どうやら死にたいらしいな」
「あらやだ。事実を述べたまでですのに」
キースが闇堕ちしたっ?
「……今日もリィナと一緒にいられると思っていたのに」
「それならお兄さま。狩り場に一緒に行けばいいではありませんか」
「なん……だと?」
「彼らが無理な狩りをしていたら、お兄さまはパーティ外から手助けすればよいのでは?」
「なるほど、その手があったか!」
マリーの言葉にキースは闇堕ちから戻ってきたみたいだけど。
はて? どうしてキースは私といたいと思ったの?
キースから私のレベリングについて話が出たというのに、変なの。
「あ!」
もしかしなくても。
「キースさん、そんなに料理がやりたかったの?」
「え……? いや、そうではなくてだな」
「……リィナさんは鈍くて鈍感、なのですね」
マリーちゃん、今の一言。
私も闇堕ちしそうなんですけど。
「お兄さま、がんばっ!」
マリーの一言に、キースはあからさまに肩を落としていた。
「?」
分からなくて周りを見てみると、全員が「ダメだこりゃ」みたいな表情で私を見ていた。
「あの、私も闇堕ちしてもいいですか?」
「リィナには無理だと思うよー」
そんなのんきな声に、私はため息を吐いた。




