第四十三話*《三日目》キースの妹とござる
護送されているらしいキースの妹と合流するため、キースとともに村を出た。
キースは夜だというのにフードを目深に被ってあからさまに怪しい人になっていた。休みの日の夜なので、村周辺のフィールドには狩りを楽しんでいる初心者がかなりいたのだ。
認識された途端に、村だろうがフィールドだろうが関係なく女性プレイヤーに囲まれたことがあると語ったキースに、少しだけ同情した。
これだから、見た目のいい男は……と思う気持ちが強いけど、あれ、楓真は?
「フーマは?」
「……あいつはそういうところは要領がいいからな」
「なるほど、全部押し付けられた、と」
「ったく、そうだよ……」
キースの意外な一面かもしれない。
「それで、妹ちゃんとはどこで?」
「妹ちゃん……」
「やらかす人なのでしょう?」
「やらかすというか……。サービス開始から始めたばかりのくせに、すでにレベルは二十を超してると言っていた」
「それって早いの?」
「おまえ、正式サービスが始まってまだ三日だぞ?」
「でもまぁ、私なんてフィールドに行く前にすでに十ですけど」
「おまっ! それもやらかしかよっ!」
「えー? クエストをクリアした報酬ですよ?」
「いやいやいやいや、おかしいから! そんな大盤振る舞い……。まさか」
「はい?」
「おまえ、突発クエストの中のエクストラ・クエスト踏んだな?」
「なに、それ?」
初めて聞きますが、それ。
「運営が出してた変更点は読んだか?」
「量が膨大だったのでざっくりですが、一通り、目は通しましたよ」
「クエストの変更点は?」
「読んでるはずです」
「その中に突発クエスト関連は独立した項目になっていて、一定の条件をクリアするとエクストラ・クエストになって報酬がかなりよくなると書かれていたんだが」
「エクストラ・クエスト? あの、エクストラ・スキルなら」
「……またやらかしか」
キースはげっそりしたような声でそうつぶやいた。
フードを被ってるから表情が分からないけど、その分、声で感情がよくわかる。
「やらかし魔とフリーダムお嬢の面倒か。……ははは、楽しくなりそうだなー」
完全に棒読み状態ですね。
「というか! やらかし魔ってなんですかっ!」
「まんまだ」
やらかし犯からやらかし魔にステップアップ? ダウン?
どちらにしても、うれしくないです!
◇
夜のフィールドを、キースとふたり、並んで歩く。
今日は天気がよいからか、星もよく見えるし、月は三日月だけど雲がなく綺麗に見える。
世界樹の村の周辺は初心者向けの狩り場なので、あたりには視界を遮るようなものはなにもなく、くるぶしくらいの長さの草が生えている。
それが徐々に長くなってきて、膝をくすぐるくらいになったところで、キースは足を止めた。
「出てこいよ」
「?」
いつの間にか人の気配がまったくなくなっていて、虫の声だけが聞こえる少し淋しさを感じる空間でキースは静かな声でそう言った。
「……さすがでござる」
ござるっ? しかも声を聞く限りでは、女性だ。
今までにない濃いキャラだよ! ござるって! 漫画やアニメではたまにいたけど、本当に語尾につける人がいるんだ。
「やはりおまえか」
キースのお知り合い? え、まさかこの声の主が。
「お嬢はこちらでござる」
あ、違った。
ござるお嬢はさすがに濃すぎるので、違って良かった!
「しかし、おまえらもゲームの中でもあいつの護衛とは」
「いえ、これは我らが望んだことでござる」
「おう?」
「お嬢の望みでもあったのでござる」
我らって、複数人いるの?
……濃すぎる! 破壊力抜群なんですけど!
「あれ、キースさん?」
「なんだ?」
「部屋、ひとつでいいの?」
てっきりキースの妹だけだと思ってたんだけど、彼女たちが複数人いるのなら、必要じゃないの?
私の質問にキースはしばし固まり、それから私を見た。
「……要るな」
「ですよねー」
部屋に余裕があるのかしら?
「おい、雑魚寝でいいよな?」
「我らは常にそうでござる」
「……だそうだ」
「へっ? あの?」
「お嬢と一緒の部屋で問題ない。どうせ使うのもログイン、ログアウトするときだけだ」
そ、それはそうなんですけど。
「……それはいいとして。あの、私とフレンド登録しないと入れませんよ?」
「そういえば。そこのところ、問題ないよな?」
「ございません。むしろ、恐縮でござる」
「こいつらの身元はオレが保証する」
「……はぁ」
キースの妹とフレンド登録するのはまったく構わないんだけど、……この人たちも込みでということ? いいけど、なんか急ににぎやかになるなぁ。
……楓真がまた頭を抱える案件ね!
「こうなったら一蓮托生!」
「微妙に違うような気がしないでもないが」
話がまとまったところで、ござるさん(他に適切な言葉を思いつかなかった)に案内されて、お嬢……もとい、キースの妹がいる場所に案内してもらった。
今、私たちがいる場所は世界樹の村エリアから次の村に切り替わる場所のようで、先ほどまでとはまたちがう風景が広がっていた。
広い草原に変わりはないのだけど、ところどころに大きな石が転がっているのが見える。
キースいわく、世界樹の村周辺と見た目はあまり変わらないけど、モンスターが少しだけ強くなるそうだ。といっても、世界樹の村周辺のモンスターの上位版で、色が違うだけのようだけど。
でも私はまだ狩りをしていないので、モンスターの強さがどんなものなのかはまったく分からない。
ござるさんに着いて行き、たどり着いたのは、このあたりのセーフゾーンだった。
「あ、来ましたわ! こちらですわ!」
ですわお嬢だった!
「あいつ……」
キースの声がいつになく低いんだけど?
「……どうしてオレの周りはやらかしが」
「類友、類友」
キースに最初に会ったときは冷静な人だと思ってたけど、この様を見てると違うようだ。
というか、最初は取り繕っていた?
セーフゾーンに着くなり、ですわお嬢はキースに抱きついた。キースはとりあえずといった様子で受け止めていた。
「ハラスメントブロックするぞ」
「もー! やだわ、お兄さまったら! ゲーム内でも見た目まんまなんて、おっかしー!」
「それはおまえもだろうがっ!」
やはり予想どおりに見た目はいじってないのか。
リアルでもこの見た目なら、女性は放っておかなそうよね。
しかも妹ちゃんの口調からして、お金持ちっぽいし。
「あっはっはっ、おっかしー!」
よく分からないけど、おかしいらしい。
「結局のところ、その見た目、気に入ってるんだ?」
「気に入るもなにも、どういじれと?」
「ま、そうですけど」
「それよりも、それ」
「あ、これね? どう、かわいいっ?」
遠目ではあまり分からなかったのだけど、近くに来たらキースがうめいた理由がなんとなく分かった。
なんと彼女はもふもふな黒い毛並みの……犬?
「獣人を選ぶとは、なんともおまえらしいが」
「かわいいっしょ?」
「黒い犬、か」
「違いますわ! オオカミなんです!」
「黒い……オオカミ、だとっ? なんでおまえら、よりによってどーしてレアなのを選ぶんだっ!」
おまえら? ん?
「なんで複数形なの?」
私は入ってないよね? と確認の意味もあって聞いてみたのだけど。
「キャラクター作成の段階からやらかしてる自覚はないのかっ!」
「え、私?」
「そうだ!」
「どこがやらかしなの?」
「髪と瞳の色」
「紅色ですけど、そんな変な色?」
「おいいいい! そこから説明かよっ!」
あれ? 知らないうちに最初っからやらかしてたの?
「エルフは木属性というのは分かってるか?」
「木属性……? 世界樹の子どもという設定だから?」
「そうだ」
「え……と? もしかして」
「もしかしなくても赤系統の色はそもそも選択できないはずなんだ」
「ほほう? でも、選べたんだけど?」
「運営やらかし案件か」
では、この件は私はセーフ!
「たとえ色が選択できたとしても、まさかその色を選ぶとは……」
「紅色の髪ってリアルにないから混同しないかなぁと」
「そんな理由かよっ!」
「それ以上の理由がどこにあるのですか!」
ドヤァという顔でキースを見たら、ため息を吐かれた。
「あれ? 木属性ってことは、緑系統しか選べないの? でも、キースさんは青いし、フーマは黄色だよ?」
「オレのは青ではない、藍色だ」
まぁ、確かに青にしては少し暗いというか緑っぽくて濃い色だなとは思っていたのよ。でも、青と表現するしかなかったから……。と心の中で言い訳してみた。
髪の色が藍色と判明したのはいいんだけど、なぜかキースの妹ちゃんは肩を振るわせて笑っている。
なにかツボだったのかしら?
「おにーさま、そんな分かりにくいところでアピールしなくても」
「いいだろう、別に。それにもともと藍色は好きな色なんだ」
あれ?
で、エルフの髪と瞳の色って緑系統以外にも選べるのですか?




