第四十一話*【キース視点】厄介ごとがやってきた
リィナとは一度、だれにも邪魔をされることなくサシで話してみたいと思っていた。
それが思ったより早くにもたらされたのは、NPCのくせにそういう機微に聡いクイさんが場を設けてくれたからだ。
リィナもその十分の一でいいから、オレの気持ちを感じ取ってほしいのだが、今の状況もそれはそれで面白いから、このままでもいい。
別室に連れて行くと、なにを言われるのかとびくびくしてる様もかわいくて、ついいじめてしまった。
だからなのか、報復めいたものはされたが。
しかし、楓真から聞いてはいたが、油断するとリィナのペースに巻き込まれそうになる。ナチュラル巻き込みは最初に洗礼を受けたが、手加減をする気はないようで、……いや、あれは明らかに無自覚だからこそ、手強い。意識しなくとも呼吸をしているように、リィナのあれはそういった類のものらしい。
あとは、自分の価値が分かっていない。
フィニメモをプレイし始めて日が浅いのもあるが、どれだけやらかしてるのか、本当に分かっていないようだ。
だけど、オレはこれでいいと思っている。
なぜなら、これを口実にそばにいられるからだっ!
そう、下心、満載である。
いや、だが、好きな子のそばにいられるにはどうすればいいのか、策を練ると思うのだが、違うのか?
なんだろう。
知れば知るほど、もっと知りたい、もっと一緒にいたい。
そう思ってしまうのは、なんだろう。
とにかく、だ。
リィナとはこの先、一緒に狩りをするという約束──場合によっては脅しとも取れるが──はできた。
さて、この先、あいつをどうやって育成していくか。
これはクイさんたちに相談だな。
それにしても、システムに登録された者とはだれなんだ?
◆
台所に戻ると、まだ全員がいた。
どうやらオレとリィナが戻ってくるのを待っていたようだ。なんとも律儀だ。
「思ったより早かったね」
クイさんの言動が思いっきりオヤジなんだが。
「クイさん……。おっさんって言われないか?」
「あっはっはっ! たまにあるよ!」
クイさんの中の人はおっさん、と。
「その様子だと、話はできたようだね」
「まー。それなりに?」
あれが説明になったかどうかは分からないが、リィナはネットゲーム、MMORPGは初心者ではないということは分かった。
ただ、「VR」MMORPGはほぼ初心者。
「リィナに自覚を持たせるのは無理だぞ」
「ま、そんなの分かりきってるさ」
「あのな。なら、なにが目的で」
「そりゃあ、あんたがリィナと話したがっていたからさ!」
こいつ、狸じじいだ。
「あたしらもいつまでもリィナを護っていくわけにはいかない。なんたってあたしらはあんたたちじゃない」
あんたたち=中身がいるプレイヤー、か。
どうにもこいつらと話してると、そういう概念が消えてるんだよな。あまりにも自然で。
「キースが頼りだよ」
「まぁ……。信頼されてるのはいいんだが、どうもあんたたちと話してると調子が狂う」
それに、なんだってこいつら、こんなにもリィナに親身になってるんだ?
「ところで、なんでそんなにリィナのことを心配する?」
「分かってるようで分かってないんだね」
「私たちはあなたとフーマさんに助けられました。もしあそこで助けられてなかったら、消えていたかもしれないのです」
「……消える?」
「あなたたちは何度も体験したでしょう、突発クエストを」
「……あぁ」
「定常クエストも世界が進むにつれて淘汰されることもありますが、突発クエストは期限が決められていて、それを過ぎると関連したものすべてが消えるのです」
「なかったことになる?」
「いえ、この世界に確実に存在していた。のですが、期限が過ぎた、ということはクエストが失敗したと判定されて──」
「消える、と?」
「そうです」
なんという酷い仕様。
さすがのオレでもそう思ってしまった。
リィナあたりが聞いたら……って。
「なんでそんな部屋の隅にいる?」
「ぇ。あれ、バレた?」
バレた、じゃないだろ。
「こっち来いよ」
「あー……。うー」
来ないのなら、行くまでだがな。
リィナはオレが近寄って来るのを見て、慌てて目元をぬぐっていた。
まったく。
「ゃ、そのねっ、盗み聞くつもりはなくて!」
「言い訳はいいから、こっちこい」
そう言っても動かないので、さらに近寄り、頭を引き寄せて腕の中に閉じ込めてみた。
「ぅひゃぁっ!」
「ほれ、だれも見てないから、好きなだけ泣け」
「いやいや、泣いてないしっ!」
「見てないのは否定しないのか」
「え、そこもツッコミ入れないとダメなのっ?」
リィナはしばらくバタバタと暴れていたが、オレが離さないのが分かったようで、大人しくなった。それでよし。
「だから、私たちはリィナさんがいてこその存在なのですよ」
なんともひどい仕様にしたものだ。
「でも、心配しないでください。この世界はすでにだれからもの手を離れていますから」
「それは──」
「そのままの意味ですよ」
ウーヌスは意味深に笑みを浮かべた後、オレとリィナに改めて視線を向けてきた。
「キースさん、気をつけないとBANですよ」
「その前に警告だろうが」
「リィナさんも嫌なら拒否しないと」
「ふぇっ?」
「嫌じゃないとさ」
「ぇ、ゃ? だ、だってですね! 離してくれないからっ!」
「ハラスメントボタンがあるじゃないですか」
「あー……」
そんなのもあったなぁという声が聞こえてきそうな返答に苦笑する。
「ひっつかれても問題ないんだな?」
「なんというか、ですね」
花火の時にも思ったが、本当にこいつ、ガードが固いのか?
「とりあえず今は不都合がないので」
「そういうことを言うと、その男はつけあがりますよ」
この間もだが、本当にこのウーヌス、腹が立つ。
にらみつけても動じないし、ったく。
「それで、あなたたちはそろそろ一度、戻った方がよい頃合いでは?」
「あ!」
「……おい、今日、ちょっとボケ過ぎてないか? 大丈夫か?」
「なんというかですね、楽しくて忘れてました!」
こいつ、廃人プレイが出来る素質があるな。
もろもろ含めて見守らないといけない、か。
普段だったら面倒だと思うことも、リィナが絡むと楽しく感じられるのだから、オレも大概だな。
「飯食って、風呂入ってから集合か?」
「時間は?」
「二十一時くらいか?」
「らじゃ!」
リィナは元気に手をあげて返事をして、それからオレの腕の中から抜けた。
リィナがいた場所がぽっかりと空いて、自分の周りの温度が急激に下がったような錯覚。
「じゃ、また後で!」
リィナはひらりと台所から出て行った。
「オレも戻るか」
割り当てられた部屋に行き、ログアウトする。
◆
リアルに戻ってきて、ヘルメットを外しながら無意識のうちに大きなため息が出た。
現実でも手を伸ばせば届きそうな場所にいるのに、手を伸ばせずにいる。
ゲームの中でなら、あんなに触れ合えるというのに。
そんな物思いに耽っていると、部屋のドアがけたたましく叩かれた後、ガンッと音を立てて開いた。
「おにーさまっ!」
怒りが爆発する寸前の見知った顔がドアの向こうにあった。
「なんだ、陽茉莉」
「なんだ、ではありませんわっ! おにーさま、なんだかとっても楽しそうなことをなさっているのね?」
「……なんのことだ?」
「VRですわっ!」
「ぉ、ぉぅ?」
「わたくしもやるって前から言っていたではないですか!」
「あー……」
なるほど、こういうときにリィナのような反応になるのか。
「前はβテストだから出来ないっておっしゃっていましたけど、わたくし、フィニメモのダウンロードコードをゲットしましたのよっ!」
「……良く取れたな」
「ふふっ、優秀なスタッフがいますから」
「なるほど、裏ルートで手に入れたのか」
「裏ルートなんて、そんな卑怯なことはっ!」
「家の名前を出せば、向こうから喜んで何十というコードを提供してくるだろうな」
「違いますって!」
「まぁ、いい。で?」
「で、とはっ?」
いつまでも妹のペースでいると、話が進まない。
ダウンロードコードもある、VR機は両親にねだって買ってもらったか、あるいは自力で手に入れたか。まぁ、入手経路はどうでもいい。
セッティングはさすがに業者に頼んだだろう……、いや、こいつなら配達はともかく、残りは自分でやってるな。
「それで? 別に設定の手助けも要らないだろう? まさかインストールの仕方が分からない、はないな」
隣とはいえ、なんでわざわざ来たのか分からないんだが。
「なんの用で来た? まさか顔が見たかったから、なんて言わないよな?」
こいつも曲がりなりにも血の繋がった妹だ。なんの益にもならない行動は取らないのは分かっている。意図があって来ているのは容易に想像が付くのだが、なんの用かはさすがに分からん。
「まぁ! なんて冷たいのかしら!」
「陽茉莉からよく言われる」
「わたくしだけではありませんわ! 本当は他の方も同じように思っていらっしゃるわ」
「陽茉莉、オレは腹が減っている。早く用件を言え」
「それなら、お食事をしながら聞いてくださいます?」
「……長くなるのか?」
「それはお兄さま次第ですわ」
まったくもって、厄介な。
オレはため息を吐いてから、諦めの境地で陽茉莉とともに食堂へと向かった。




