第四話*《一日目》職業「洗濯屋」ってなんですか?
女性集団は私を半ば睨みつけるように見ていた。
こういうとき、どうすればいいのだろうか。
楓真の……というか、フーマの姉だと伝えればいいのだろうか。
うーん、それもなにも証拠がないからなぁ……。なんかそれを言ったらマズいような気もするし、うん、黙っておこう!
フーマがこの場にいるのならいざ知らず、いないところで言えば、下手すると騙ってるとか言われそうだ。
とはいえ、この状況、どうしたものか。
そう悩んでいると、女性集団を割って入ってくる人がいるではないか。怖いもの知らずというか、なんというか……すごい。
と思っていたら、青いマーカーが頭の上に浮いていた。
ってことは、この人、NPCってこと?
「探したよ、さぁ、行くよ!」
そういうと、NPCは周りが見えてないのか、私の手をつかむと歩き始めた。
「えっ? ちょ、ちょっと、あの?」
「まったく、客を待たせてなにこんなところでのんびりしてるんだい」
客? なんの話ですか?
とはいえ、NPCに引っ張られたおかげで、あの女性集団から抜け出せた。それは助かった。
「よく分からないけど、ありがとうございます?」
私の言葉に、NPCはすっとぼけた顔を向けてきた。
このNPC、女性なんだけど、村のおかみさんって感じの恰幅のよい見た目だ。エルフとダークエルフばかりのこの村だけど、どうもこの女性は人間のようだ。
そこになにか物語があるような気がして、なんだかわくわくしてくる。
私はおかみさんNPCに手を引かれて村を歩く。
私がいた場所はどうやら初めてログインしてきたら降り立つスタート地点のようだ。
そこにはかなりの人がいて、NPCに引っ張られている私に気がついた人は不思議そうに見ていたけれど、声はかけられなかった。
そうやって人混みを抜け出し、ホッと息を吐く暇もなく、おかみさんNPCはずんずんと歩く。
なんだかよく分からないけど、怒っているようなので黙って従った。
そうしてついたのは、村の中心から離れた場所。
細い路地を入ってたどり着いたのは、一軒の店舗だった。看板には『洗浄屋』と謎単語が書かれていた。
ちなみにこのゲーム、日本のゲーム会社が作ったので日本のサービス開始が一番早いけれど、徐々に世界に展開していくという。
そのためなのか、ゲームの中の看板などの文字はフィニス文字というゲーム内の独自の言語で書かれている。だけどなぜか読めてしまうのだけど、自動翻訳がされているからだという。それってなんだか手間のような気がするんだけど……。
「ほら、入って」
ようやくおかみさんNPCは足を止め、それから私を見ながら扉を開けた。
促されるままに中を覗けば、思っていたよりも広い空間が広がっていた。おかみさんNPCに背中を押され、中に足を踏み込む。
すると、どこから現れたのか、わらわらとNPCがやってきた。
NPCは口々に待っていたとかなんとか言っている。
私は訳も分からずにオロオロしていると、小柄なNPCが飛び出してきて、私に抱きついた。
「うわっ!」
まさかここで抱きつかれると思っていなかったのだけど、そのNPCは小柄だったからなのか、私は特によろめくことはなかった。とはいえ、びっくりした。
いやそれより、ここはどこで、なにをするところなのか。それにこのNPCたちは?
疑問に思っていると、私に抱きついている小柄なNPCをよく見ると、羽が生えていた。
って、羽っ?
……まぁ、ここはゲーム内だから羽が生えたNPCがいても不思議はない。
ないのだけど。
初期の村にはいないとか聞いていたけど、サービス開始で変わったのかしら?
まぁ、正式サービスが始まったことでβから変わったことはたぶんたくさんあると思う。
とはいえ、妖精なのか精霊なのかわからないけれど、驚いた。
「おねーちゃん、お帰り。どこに行ってたの?」
少しウルッとした瞳で、しかも上目遣いにかわいい声で言われたら、戸惑いと罪悪感が沸いてくる。
そういえば楓真も幼いころ、こうして抱きついてきたことがあったな、なんて回顧をしていると、もう一人の別のNPCが近寄ってきて、この羽NPCをさりげなく離してくれた。
「お帰りなさい、リィナリティさん」
「あ、はい。ただいま?」
なんだかよく分からないけど、NPCたちは私のことを知っているようだ。
一方の私は、彼らのことはなにひとつ知らないのだけど。
「帰ってきて早々に申し訳ないのですが、あなたが仕上げないとお客さまから預かったものをお返しできないのです」
「……はぁ」
思わず気の抜けた返事しか出来なかったけれど、だって本当に意味がわからないのだ。
確か、始まりの村──私の場合は世界樹の村──がスタート地点で、そこからファイター系とウィザード系はチュートリアル的なクエストを受けて世界の仕組みやスキルの使い方、戦闘方法など学んで行くはずだ。
それなのに私はどうして今、ここにいるのだろう。
私が訳が分からないという表情で佇んでいると、私の名前を呼んだNPCがうなずいた。
「なるほど、あなたが戸惑うのも無理はありません」
そのNPCは私と同じエルフのようだ。金髪に緑の瞳の、私たちがエルフと言われて最初に連想する色をしていた。エルフというだけあり、私の平民エルフとは違い、とても美形である。
「ここは、世界樹の村。そこまでは分かりますか?」
その問いに、私はうなずいた。
「そしてここは、『洗浄屋』と呼ばれるところです」
そこまでは私も情報として知っているので、うなずいた。
「私たちは、あなたをサポートする者たちです」
「……サポート?」
NPCからチュートリアルを受けるのは分かっているけど、サポート?
眉間にしわ寄せて悩んでいると、エルフNPCは手を叩いた。そういうのを見ると、本当にNPCなのかと疑いたくなる。
「もしかして、あなたは自分の職業が分かっていない?」
職業?
確認するまでもなく、選択したウィザードですよね?
とは思ったけど、手には昔のアイロンなんて謎アイテムを持っているし、そういえば使えるスキルを確認していない。
まずは職業の確認……と。
「ステータス・オープン」
最初に確認したとき、名前と種族と見た目しか確認をしていない。職業はファイターかウィザードしかないし、私はウィザードを選択したのだ。他の職業なんて可能性は……。
って。
「はぁぁぁぁっ?」
思わずそんな声が出てしまった。
それから慌てて口に手を当てて、周りを見回した。
NPCは私のことを若干生暖かい目で見ているような……。被害妄想かしら?
しかしこれ、確認をスタート地点でしなくてよかった!
「……って、なにこの『洗濯屋』って……」
そもそもそんな職業、聞いたことがないのですが!
「それはレア職業ですよ。おめでとうございます」
「……ありがとう?」
レア職業?
そんなものが存在すると楓真から聞いてたけど、βテストのときには確認が取れなかったはずだ。βテストではそもそもなかったのではないかとプレイヤーの間では言われていたけど、運営いわく、βテストでも実装していたという。
というのも、このレア職業、本当にレアで、狙っても取れないものだというのだ。確率として一万分の一だとか、十万分の一だとか言われている。
フィニメモもβテストはかなり大規模だったようで、五万人くらいがプレイしたらしい。
そしてβテストの時はキャラクター削除の制限がなくて、一度、ログインしてもすぐにキャラデリはできたらしい。
中にはこのレア職業を検証するために何度も削除&作成を繰り返した強者がいるという。
昔はよくあったというリセマラ──リセットを繰り返す耐久レースのような行動なので、リセットマラソンと言われていた──とかいう行動をした結果、結局、レア職業を引き当てられなかった。
そして、βテストが終わった後に色々なデータが運営から提供されたようなのだが、やはりレア職業はだれもいなかったという。
このレア職業、いやらしいことにログインしなければ確認ができないのだ。
だからキャラデリがβテストと同じだったとしたら、かなりの人たちがレア職業が出るまで粘っただろう。そうなるとβテストの時よりも遥かにユーザーが多いのだから、下手するとサーバー──ゲーム内ではもっぱら鯖と呼ばれている──に負担がかかって倒れる可能性がある。だからこそキャラデリの制限をして、さらには最初のキャラにのみつく特典なんてつけたのだろう。
となれば、この職業はどうやらレア職業ということになる。だからこそ謎アイテムを持っていたのか、納得、納得……。
って、そうではなくてっ!
しかし、はて、洗濯屋ってなにをするのですか? よく分からないのですが!




