第三十話*《二日目》やらかし属性
キースに抱き寄せられたかと思ったら、いきなり跳ばれて、次には世界樹の葉が視界いっぱいに広がって訳が分からない。
「あのぉ」
「上からなら見えるかと思ったが、葉だらけだったな」
キースは笑いながらそんなことを言ってるけど、それって少し考えたら分かることですよね?
それよりも、だ。
「あの、キースさん」
「なんだ?」
「私、重たくなかったですか?」
キースはマジマジと私の顔を見た後、プッと吹き出していた。なにかおかしなことを聞いた?
「フーマの動画を見てるのなら、知ってると思っていたんだが」
「…………。あぁ、アレ、ですか」
キースはどうやらステータスを途中からだけど力に極振りしているらしく、エルフの細い見た目と違って、力持ちらしい。だからよくフーマを担いだり、肩に乗せたりといったアクロバティックな戦いも得意にしていた。
腐な人たちからはそういう場面があると「尊い回」と呼んでるとか……。
「あれって狙ってやってるんですか?」
「まさか!」
狙ってやってたらやだけど、無意識なのもどうなのか。
「フーマに比べたらまったくもって軽い」
「……比べる対象が」
「そういえば、フーマ以外にやったの、初めてだな」
人のことをやたら天然呼ばわりしてたけど、キースの方が天然だと思うのですが!
「天然って言われません?」
「初めて言われたな」
いやいや、絶対それはないと思う!
それに、やたらとマイペースだよね、この人。
楓真もよく付き合ってるわ。
それはともかく。
下に降りるにしても、人が多いし、ここから移動した先で花火がよく見えて人も少ないかと考えると、それはそれで面倒だ。
葉は多いけれど、隙間がないわけではない。隙間から見る花火もそれはそれで乙なものではないだろうか。
「このままここで見ましょうか」
「そうだな、そうしよう」
同意も取れたので、よしとしよう。
改めて周りを見てみる。
ここはエルフとダークエルフの始まりの村で、世界樹の村。名前のとおり、村の真ん中に世界樹がそびえ立っている。
エルフとダークエルフはこの世界樹から生まれてきたと言われていて、世界樹が父であり母でもある。
その樹の枝に私たちは立っているのだけど、これっていいのかしら?
「世界樹に乗ったりしていいの?」
「いいんじゃないのか? 父か母に抱っこされているとでも思っておけ」
「そ、そうね」
そうなのかもしれないけど! なんとも複雑。
それもだけど、いくら枝が太いといっても、所詮は枝。ここに乗って花火を見ていられるかと聞かれると、長時間は怪しい。
他に良い方法はないかと考えてみるけど、思いつかない。
そんなことを考えていたら、花火が始まったようだ。
思ったより近い場所で花火の音がして、びっくりして滑り落ちそうになったのだけど、キースがそれを見越していたのか、腰を支えられていたので落ちることはなかった。
「あ、ありがと」
「いや。役得」
「…………?」
世界樹の葉の隙間から見える花火は、とても幻想的だった。
ただ、打ち上げ場所が近いからか、音が大きくてたまにビクッとしてはキースに笑われていたけど。
そうやって見ているのだけど、よくよく考えてみたら、キースは男性なのよね。しかもほぼ初対面。
そんな人なのに、密着してるのって、どうなの?
でも、不思議と不快感がないのは、イケメン効果なのだろうか?
……うーん、でもなぁ。
見た目だけだったら、こんなに密着される前に近寄らない。
なんだけど、キースって不思議と懐に入り込んでくるというか。なんだろうね、これ。
そんなとりとめのないことを考えつつ、たまにビクッとしては笑われ、そうこうしてると、花火が終わっていた。
「……戻るか」
「そうですね」
キースは私を再び抱えると、ストンと身軽に地面に降りた。それから、キースは名残惜しそうに私の腰から腕を離した。
一人になると、キースと触れていた部分が少し冷たく感じた。
そんなところまで再現されているなんて、フィニメモはすごい。
それからぽつぽつと花火の感想を述べ、洗浄屋に戻ってきた。
「ただいま」
「お帰り」
中に入ると、クイさんだけが出迎えてくれた。
「そろそろ帰ってくるころかと思って、待っていたよ」
さきほど感じた妙な淋しさを埋めたくて、思わずクイさんに抱きついた。
「なんだい」
「うん、嬉しくて。ありがと、クイさん」
「ここはあんたがいてこその洗浄屋だからね」
やっぱりすっとぼけた顔をされたけど、この時は妙にありがたかった。
◇
まだ時間に余裕はあったけど、私はログアウトすることにした。明日も朝からゲームをするつもりだったからだ。
「そうだ! 花火に行くときに撮ったスクリーンショット!」
「あぁ、すっかり忘れていた」
私も忘れていたけど、今、思い出したよ!
スクリーンショットはゲーム内で自分以外の人にも見せることができる。なかなかいい仕様だと思う。
キースから見せてもらったのは、まずは見える状態のものを先に。
私が見ている風景と変わらない。
そして、見えないようにしたら……。
「おおっ! これはすごい!」
「そうだな」
なんと! 両隣の建物の幅が伸びて、洗浄屋を隠していたのだ。
これならば不自然にぽっかり穴が空いていないので、知っていても騙される。
「もしかしなくても、フィニメモ内ではこういう建物や場所が多くありそうだな」
「そうね」
そもそも洗浄屋の両隣の建物だけど、これ、ただオブジェとしてあるだけなのか、中に入れるのか。
「それでは、オレは残ってクイさんに少し教えてもらう」
キースは残ってクイさんに料理の基礎を教えてもらうようだ。
「あんまり根を詰めないでね」
「……そうだな」
もしかして、言わなかったら徹夜コースっ?
この人ならあり得そうで怖い。
「クイさん、お願いね」
「……ん? 分かってるよ」
クイさんは良識がありそうだから、お任せしよう。
なので、私は自室に戻ってログアウトした。
◇
フィニメモからログアウトして、ヘルメットを取って、座ったまま大きく伸びをしているところにスマホが震えた。
どうやら電話のようだ。画面を見ると、楓真からだ。
今は……こちらでは二十三時過ぎ、となるとイギリスは……十五時過ぎっ? まだ仕事中のはずだよねっ?
私は慌てて電話に出た。
「楓真っ! 仕事」
『休憩時間だ!』
あら、そうなんですね。
『おねーさま、あなたという人はなんてものを』
「え? なんかあった?」
クイさんのようにすっとぼけでいこう、うん。
『なんかあったもなにもっ! チラッと見ただけでもやらかしの数々っ!』
「そうは言っても。ほとんど私のせいじゃないと思うけど?」
『そうだとしても、なんでこんなにも重なるんだよっ! おかしすぎるだろうが!』
そう言われましても、ねぇ?
「あ、そうだ。キースさんとフレンドになったよ」
『………………っ? はぁっ?』
「さっきまで一緒だったし」
『……め、めまいが』
「大丈夫? きちんとご飯食べてる?」
『……あいつ、アクティブすぎる』
「でも、本来なら私に知られないようにしようとしてたみたいだけど。ウーヌスたちが足止めしてくれてたんじゃないかな?」
キースからはっきり聞いたわけではないけど、そんなニュアンスのことを言ってたから、間違いではないだろう。
『NPCたち……莉那に忠実だな』
「忠実とは違うと思うけど。あ、あとね、キースと一緒にクイさんにお茶の淹れ方を教わって、それから花火を見に行ったの。動画撮ってるから、また送っておくね」
『莉那……。俺を殺そうとしてるか?』
「まさか!」
『莉那から送られた動画だけどな、どれだけの爆弾を仕込めばおまえは気が済むんだっ!』
「爆弾だなんて、ひどい言いようね」
『……それが今度はキースが加わる、だと? 俺の心臓、何個あると思ってるんだ!』
「えっ? ひとつだよね? それとも実は、複数あったの?」
違うのは分かっていたけど、そんなことを言われたら、こうツッコミするしかないよね?
電話の向こうでぐぬぬぬと唸っていた楓真だけど、冷静さが戻ったようだ。
「あっ! そうだ! ちょっと楓真っ! なんでフィニメモだけ痛覚設定をいじってるのよっ!」
『痛覚設定? そんなもの、いじってないぞ?』
「え、でも、むっちゃ痛かったんだけど!」
むむむ?
となると、これって?
『……そろそろ休憩時間が終わる。痛覚設定はキースに相談しろ。あと、帰ってから見るから、動画を送っておいて』
「うん、りょーかい!」
そこで通話が終了した。
今の楓真との電話で分かったけど、やっぱりキースもやらかし属性の人なのか。
うん、フィニメモ生活、楽しくなりそうだ!




