第三話*《一日目》キースとの出会いは突然に
ということで、私は自分の腰にある袋……というより、ポシェット? いや、これはどちらかというとサコッシュっぽい。どうやらこれに荷物を入れて持ち運ぶものらしい。
で、これの口に手を入れると……。おお! すごい! サコッシュの中になにが入っているのかが、これまた宙に浮くウィンドウに表示された。
フィニメモでは、一アカウントにつき一キャラクターしか所持できない。さらには、生体データを元にアカウントが発行されるため、複数のアカウントを所持することはできない。
運営の定める規約に違反したり、ゲーム内で常軌を逸する言動をしたプレイヤーは警告されたり、その警告が累積して違反ポイントを上回った場合は、アカウントが削除され、二度と登録することができなくなるという。また、違反内容によっては、即刻でアカウントが削除されることもあるらしい。そう、いわゆる「You BAN!」なのである。
ちなみに、BANってどういう意味? と思っていたのだけど、どうやらラテン語と英語で「禁止」という意味らしい。後は停止という意味もあるので、要するにアカウントの利用ができなくなる、という意味合いで使われているようだ。
で、なんで持ち物の話からこれになったのかというと、一人のプレイヤーは一アカウントで一キャラクターしか所持できないが、作成したキャラクターを削除して、再度、キャラクターを作成し直すことは可能である。できるのだが、それをするにはデメリットが大きい。
まず、ログインするまでは何度でもキャラクターの削除は可能。そのときはすぐにデータは削除される。
だが、一度、ログインしてキャラクターを作成し直すとなると……。キャラクターの削除にはまずリアル時間で三日かかる。さらには、初回作成ボーナスというのがなくなってしまう。
高レベルになって様々な事情でキャラクターを削除して作り直し……いわゆる「転生」というヤツをする人にとってはあまりデメリットにはならないかもだけど、開始してすぐにそれを行うと、初回作成ボーナスがなくなるのはかなり痛い。
そして、この初回作成ボーナスというのは、まずは所持金。
フィニメモでの通貨は、黄金を意味する「アウレウム」というのだが、ただ、アウレウムという単語は聞き慣れないため、もっぱら「A」と表記される。が、楓真から聞いた話だと、露店での表記では見かけるが、会話の中では省かれることが多いとのこと。
通貨の名称としてはちょっと長ったらしいから、そうなっても仕方がないかもしれない。
初回作成ボーナスでは、各プレイヤーに千Aが付与される。
それ以外にも、体力──いわゆるHPと表記されるアレ──を回復させることができる薬草が十個と、移動速度が上がるポーションなどがもらえる。
後は初期装備が初期村の中では一番強いものが付与されるという特典もある。
これは譲渡できないため、要らなくなったら分解するのがいいそうだ。分解はどのキャラクターも最初から持っているもので、これをすると最低で薬草一個だが、それ以外は一定の確率で様々なアイテムを入手できるとのことだった。
ちなみに、持ち物はクエスト関連のアイテムは別枠ではあるものの、所持数はデフォルトだと百個、重量は種族と職業でまちまちだ。ただこれ、腕力が関係があって、腕力がある人ほど持てる総重量が多くなるそうだ。
前衛職だとやはり受けるダメージ(被ダメという)を減らすために、防御力が高い装備を選択する。
となると、自然と装備品は重たいものになるのだが、これが支援職や打たれ弱い後衛の攻撃職も装備できたのなら、前衛のタンクなど要らなくなる。そうなるとだれもというと言い過ぎたけど、タンクをやらなくなると思う。
という話はともかく。
……なんか脱線ばかりしてるけど、そこは気のせいということで!
で、本題の私の右手がしっかりと握って離さないヒシャクもどきの謎を先に解こうではないか。
ウィンドウの中を見ると、持っているアイテムが整然と並んでた。
といっても、まだログインをしたばかりのため、初期に配付されたものしかない。
まずは前述の初回ログインボーナスの品。
それとは別で、ファイター系とウィザード系で分かれる装備品。
ファイター系は剣と革でできた上下の防具。頭と手と足は自力でそろえろ、らしい。
そして、ウィザード系は上下の防具、ローブと杖かロッド。
私はウィザード系を選択したので、これでは防御力は望めないだろうというひらっひらの薄手のローブを身につけているけど、なぜだか肝心の武器がインベントリ内にない。
その代わりに、私の手にはヒシャクもどきがある。
それで、この謎アイテムだけど……。
「昔のアイロン?」
why?
まったくもって意味が分からないのですが!
どうやって使うのかとか、そもそもなんでこんな訳の分からないアイテムが実装されているのか、なんて疑問もあるけれど、とりあえずはこれをどうやって使うのか、説明を読んでみよう。
で、だ。
『昔に使っていたアイロンで、「火のし」という名前です。先の器部分に炭火を入れてアイロンを掛けることができます。ただしそれは布にのみ使用できます』
使い方は分かったけど、炭火ってどこで手に入れるの?
私のインベントリにはないアイテムなのですが。
いや、そもそもがなんでアイロンなの?
これでどうやって戦えと?
アイロンを片手にうんうん唸っていると、そばに気配がしたので、インベントリ・ウィンドウを閉じて、顔を上げた。
目の前にだれかが立っている。
私の目線からはその人の顎の辺りしか見えてない。
不思議に思って顔を上げると、そこには青い髪のエルフ。
周りを見ると、なぜだか遠巻きに見られているような気がする。
え、なんで?
なんだか良く分からないけど、とりあえず挨拶をしておけばいい?
「え……っと、あの、こんにちは?」
少し不安に思いながら挨拶をすると、その人はハッと息をのんだ。
いや、そもそもこの人、なんで近寄ってきたのだろうか。改めてその人を見てみる。
周りにいるプレイヤーと比べると、装備しているものが明らかに違っていた。どう見てもNPCではないから、だからたぶん、この人はβ組なのだろう。
ちなみにβ組はβテストに参加した特典としてβテストの時のデータを引き継げるという。これは任意なので、一から作り直すことも可能だそうだ。
だからこの人はβ組で、キャラクターデータを引き継いだのだろうと予想できる。
で、そのβ組と思われる人がなんで目の前にはいるのだろうか。謎だ。
場所を移動した方がいいのかと考えていたら、ようやく目の前の青い髪のエルフが動いた。
「それ」
「……え? これ?」
私は右手で握っているヒシャク……もとい、昔のアイロンをかざした。
「どこで入手した?」
どこでと聞かれても、初期装備ですとしか答えられない。
だけど、それでいいのだろうか。
悩んでいると、その人は私の態度でなにか思うことがあったようだ。
「あ、いや、悪かった。それじゃ」
「?」
そういうと、青い髪の男エルフは去っていった。
……なんだったのだろうか、謎だ。
首を傾げていると、こちらを伺っていた人が何人か寄ってきた。エルフとダークエルフで、装備をしているのは初期装備のようだ。
だが、この集団をよく見ると、女性ばかりだった。
楓真から聞いていた情報によると、βのときは女性比率は三割くらいだったと言っていた。
ゲームによってはこのバランスが極端な時もあるから、女性三割は多めではあると思う。
「あなた、キースさまに話しかけられていたわよね?」
……キースさま?
え、それ、だれ?
いやそれより、この人、今の人がキースって言った?
「あの、キースって、あのキースさんですか?」
「そうよ、あの! キースさまよ!」
なるほど、あれが楓真と一番仲がよいというキースさんですか。楓真の動画にもよく映っていたけど、言われるまで気がつかなかった。
攻略動画にもよく映っていたけど、それよりも検証動画で一緒に検証をしていることが多かった。
楓真とキースさんはともに二次職のアーチャーで、しかも同じエルフという種族だからか、よく比較対象として出演していた。
そういえば、楓真はそのキースさんに私のお守りを頼んだみたいなことを言っていた。
って、お守りって酷くない?
楓真も困ったらキースさんに頼れと言っていたけど……。
この様子を見て、安易に頼るのは危険だと判断した。