第二十九話*《二日目》花火デート?
洗浄屋は一般プレイヤーには見えないように設定したし、フレンドには見えるけど、許可をしなければ入れないようにした。
そもそもが洗浄屋はNPC相手に商売が成り立っているので、一般プレイヤーに見えなくて問題がない。
むしろ、キースにはこれってありがたいのかもしれない。
ということで、花火を見るために出掛けることになった。
のだけど。
「花火ってどこが一番よく見えるの?」
花火はどこから打ち上げているのかってのも問題よね。
ゲーム内だからリアルなところまで再現されているのかは不明だけど、どうもこのゲーム、開発陣と運営陣の温度差がかなりあるような気がするのだ。
開発陣はとことんこだわって作っている感があるのだけど、運営は手抜きというと言い過ぎだけど、とりあえず遊べればいいんじゃない? みたいな空気感がある。
運営のスタンスも分からないでもないけど、せっかく開発の人たちがものすごい熱量で作ってるのに、それを台無しにしてるように見えるのよね。
……という考察はともかく。
『花火か? あれは村長の屋敷で行われている新規冒険者を祝うための宴会の最後を飾るものでち。なので村長の屋敷からが一番よく見えるでち』
その宴って例のラウとシェリを引き取るキッカケになったアレですか?
『リィナリティ、今から宴に乗り込んでぶっ壊してきてもいいでちよ?』
「いやいやいやいや、私のこと、なんだと思ってるのっ?」
『おぬしはくらっしゃぁとかいうのではないのでちか?』
「ちょ、ちょっと! いつの間にそんなものまで私に搭載されてるのっ? そんなことないし、したことないからっ!」
クイさんとオルまでなんでそんな生暖かい眼差しを向けてきてるのっ? え、なんでキースまで!
「これがやらかしというヤツか」
「だーかーらー! まだなにもしてないし、この先もする予定はないですっ!」
もうっ! みんなして人のことをなんだと思ってるのよ!
「……ともかく! 村長の屋敷の周辺が混んでるということよね、それ」
『そうなるでちね』
となると、近寄るのは色んな意味で危ない、と。
「……そうだ!」
「どうした」
「せっかくだから、世界樹のそばで見たいです!」
「その心は?」
「あそこなら花火もよく見えそうだし、夜でもログインしてくる人は多そうだけど、場所を選べば静かに見ることが出来そうな気がする!」
「そうだな。ここからも近いし、ちょうどいいかもな」
ということで、花火を見る場所も決まった。
「それでは、行ってくるね」
ラウとオルが一緒に行きたいと言うかと思ったけど、大人しく見送ってくれた。
オルはともかく、ラウももう寝る時間なのかしら?
訝しく思いつつ、キースとともに洗浄屋から出た。
そういえば洗浄屋って一般プレイヤーからは見えないようにしたのだけど、そこから私たちが出てくるのってどういう風に見えるのだろう。
「うーん……」
「どうした?」
「今は周りにだれもいないけど、一般プレイヤーには洗浄屋の建物が見えないようになっているのよね?」
「そう設定したのはおまえだろう」
「まぁ、そうなんですけど! これ、どう見えてるのかなぁ、と」
所有者の私には常に見えているので、他の人の視点で見るとどうなっているのか不思議でならない。
「それなら、オレからどう見えているか、が一番手っ取り早く確認できる方法ではないのか?」
「あー、なるほど? 実験に付き合ってもらっても?」
「本当におまえら、そっくりだな」
「フーマと? そりゃあ、姉弟だからねぇ」
見た目は似てないかもだけど、中身は似てるところが多いかもしれない。
「では、今の許可されている状態でスクリーンショットを撮る」
「はい」
「今度は、設定を変えて、許可を外してくれないか」
「少々お待ちを」
私は先ほどの設定画面を出して、フレンドも見えないように設定する。
「ほー、なるほどな」
「? なにか変化が?」
「これはなかなかよく出来ている」
設定を変えたところで、私にはなにも変わらない。
だけどキースには変わって見えているようだ。
「忘れないうちに元に戻しておいてくれ」
「あ、そうね」
これで実験は終わりということらしい。
もとに戻して見せてもらおうと思ったのだけど。
「ここでもたもたしていたら、見つかる」
「そ、そうですね」
ラウがなにかしてくれているはずなのだけど、いつまでもここにいるのも別の意味で怪しい。
なので早いところ世界樹まで移動をすることになった。
自然と横並びになり、世界樹のところまで歩くことに。
私は視界の端に地図を表示して、歩いているルートを自動でマッピングされるようにしておいた。
そうなのだ、このフィニメモには自動マッピング機能が元からついていたのだ!
その存在をすっかり忘れていました。
最初からこの機能のことを思い出していれば、始まりの広場から洗浄屋まで、洗浄屋から村長の屋敷までをマッピング出来ていたのに。
そうしたら、次から一人でも行けたのに……。
と悔やんでも仕方がないので、これからマッピングしていけばいいか。
私のいいところは、いつまでもくよくよしないところ、だ!
決して! 能天気ではないからね?
洗浄屋のある場所は地図を見てみると、村の中でもかなり辺鄙な場所にあるようだ。
とはいっても、始まりの広場から南にあるので、アクセス自体には難はない。
ただ、ここに至るまでには、地図を注意深くみなければ見つからない場所という意味で、辺鄙な場所と表現している。
「それにしても」
「なんだ?」
「よく見つけましたね」
どこを、というのはあえて省略してキースに言えば、わずかに笑みを浮かべた。
だ、だからですね! いい男の無表情からの微笑みでも破壊力がっ!
……こほん。
「フーマが見つけた」
「……あぁ」
楓真は昔からマップを埋めるのが好きで、ゲームでうろうろするのが好きだった。だからこそ私が変なものを見つけて……。
って? あれ、それって楓真のせいっ?
な、なるほど?
「動画を見て、場所を割り当ててくれたからたどり着けた」
どうやらここでも動画が大活躍だったようだ。
「オレも動画を撮っているが、さすがに丸ごと渡す勇気はないな」
「あははは」
私は丸ごと渡してますが?
別に見られて困るようなものはないし。
……たぶん。
始まりの広場が見えてきたあたりから、どちらからともなく口を閉じて少し距離を取った。
夜とはいえ、いや、むしろ金曜日の夜ということもあり、平日の昼間より人が多い。
仮にはぐれても、向かう先は決めているので、そこで合流すればいい。
それにはぐれても、どうやら向こうは私の居場所が分かるみたいだからね!
……なんか理不尽だけど。
ラウの目くらまし? が効いているからなのか、それとも降り立ったばかりで周りを見る余裕がないからなのか、特に注目されることなく移動できている。
ここで大声を出したり、なにか注目を浴びるようなことをすれば別だけど、ただ歩いているだけなので、私たちに視線が向くことはない。
それにしても……。ここは村の中だからなのか、昼間に比べれば暗いけど、夜なのに思ったより明るい。
そういえば、夜目と暗視を取っていた! けど、周りを見ると、幻想的な明かりが灯っているので、これが辺りを明るく照らしているのだろう。
「綺麗……」
私の呟きを拾ったらしいキースは、小さくうなずく。
それから周りを見ながらゆっくりと世界樹まで。
ほどよい喧噪と、世界樹の葉が風に吹かれてサワサワと軽やかな音がする穏やかな空気の中での移動は、特別感と贅沢さがあった。
ほどなくして私たちは目当ての世界樹に着いたのだけど、やはり同じことを考えるプレイヤーが多かった。思った以上の人ごみにそれまでの優しい空気が吹っ飛んだ。
うん、分かってた。
ここを独り占め出来るなんてのは、甘い考えだってこと。
キースも同じように思ったようで、小さくため息を吐いていた。
「仕方がない」
「?」
なにが仕方がないのか分からないけど、急に手を取られた。やはりその手は熱くて、でも不快さはない。
慌てて顔を上げると、いたずらっ子な表情をしたキースがいて、その不意打ちにドキッとした。
そして、グッと腕を引かれるがままにキースについていくと、なぜか世界樹の幹まで連れて来られた。
なにをするのかと見守っていると、身体を引き寄せられただけではなく、身体に密着させられ、あげくは腰に腕を回された。
抗議の声を上げる間もなく、キースは少しだけ屈むとそのまま身体を伸ばし……。
「っ?」
ヒュッと私の身体ごと、跳んだのだ。
幹の模様がザッと移り変わり、それから身体に軽い衝撃が加わった。
私の視界は世界樹の葉でいっぱいになった。




