第二百二十一話*《三十四日目》「邪魔をしに来ました!」
火曜日の夜の部Deathっ!
よ、ようやく麻人さんの束縛から逃れることができた……。
藍野家、我慢が外れると恐ろしい。
なんなの、あの体力。
執着もすごいし。
いえ、執着に関しては私も負けてない……と思ったけど、上回りすぎてた。
「リィナ」
「キースさん……」
「こっちでも声が嗄れて聞こえるんだ」
「だれのせいでっ!」
「オレ」
上機嫌でなによりですわ……。
はあ。
「それにしても、無理してログインしなくても」
「いえ! あのままだと私が死にます!」
「オレはリィナのもの、なんて言われたら嬉しくなりすぎるの、わかっていて言ったんだろう?」
「そんなこと、計算して言ったと思っています……?」
「いや。分かっていたら、絶対に言わないよな」
「ぅぅぅ」
「ほんと、リィナはかわいいな」
気のせいか、ずっと語尾にハートマークがついているように聞こえるのですけど。
「かわいすぎて、BANされてもいいくらい我慢できないんだが」
「あのー、話しかけてもいいDeathか?」
聞き覚えのある声に顔を向けると、フェラムさんが立っていた。
「にゃにゃっ?」
「まーたやらかしましたね」
「へっ?」
「それよりフェラム、邪魔だ。あと、殺すな」
「キースさん、あなたもやはり上総さんと同じなのですね」
「フェラムさん、キースさんは相手しなくていいですから、やらかしってなんですか?」
私の質問に、フェラムさんは額に手を当て、ため息をついた。
「ここまでふたりで到達したこと、Deathよっ!」
「あー……」
なんだかとても難易度は高かったような気がする。かなり力業で来たし。
「なので、ボス戦の邪魔をしに来ました!」
「やはり邪魔だな」
そう言ってキースは私を地面に立たせ、弓を装備してフェラムさんに向けた。
「PvPですか?」
「運営はプレイヤーなのか?」
「プレイヤーではないですね」
「なら、攻撃できるな」
あー、もうっ!
なんでこの人、こんなに血の気が多いわけっ?
私はキースの前に立ち、両手を広げた。
「キースさん、止めてくださいっ!」
「かばうのか?」
「かばうのではなくて、そんな時間があるのなら、ボス戦ですよ!」
ここのボスがなにかは知らないけど、今日は戦いに来たのだからフェラムさんの相手をしている場合ではない。
「キースさん、行きますよ!」
「……分かった」
キースの手首をつかんで引っ張った。
「リィナから手を伸ばしてくるとはな」
「っ! と、とにかくっ! 行きますよ!」
ぐいぐいと強く引っ張ってボス部屋に行こうとすると、フェラムさんが追いかけてこようとしていた。
キースをつかんでいるのとは反対の手でイロンをつかみ、
「『アイロン台召喚』っ! 壁になるくらいたくさんで!」
フェラムさんの前にそびえ立つほどのアイロン台がどちゃっと出た。
「リィナリティさんっ!」
「ごめんなさいっ! ボス戦、邪魔しないでください!」
キースをさらに引っ張り、ボス部屋の入口の前に立った。パステルブルーの開き戸には、色とりどりの貝殻が埋め込まれていた。とってもファンタジー。
開き戸は思ったよりも軽いのか、勢いよく開いた。
だからキースと共に飛び込んだ。
「あ、リィナリティさんっ!」
「運営権限を使って止めないでください! オルド、コルに運営をブロックするようにお願い」
「そうかと思って、コルは確保しています。リィナリティさんから正式に指示があったということで了解です」
ボス部屋の入口は私たちが入ってすぐにピシャンと音がして閉まった。さっそくコルが仕事をしてくれたようだ。
ボス部屋内もあのリターンポイントやボス部屋の開き戸のように壁にも地面にもさらには天井まで! たくさんの貝殻で埋め尽くされていた。
今までの道程で出てきたモンスターはヌメヌメぬるぬるした見た目も気持ちが悪いものばかりだったのに、この落差はなんなのだろうか。
それよりも、ボスが出てくる前に!
「『アイロン充て』『アイロン補強』『癒しの雨』っ!」
いつもの三点セットを詠唱したところで、向かい側の壁がパカリと開いた。
「にゃっ?」
「ボスのお出ましか?」
なんだかとっても展開が早くないですか?
いえ、下手に待たされるよりははるかによいのですけど。
開いた穴の中は暗くて、なにも見えない。
だけど、ギラリとなにかが光った? きっとボスだ。
そう思ってターゲットしようとしたけれど、タゲれない?
「む?」
「リィナ、気をつけろ。鑑定も出来ないぞ」
タゲれないのなら、ノンターゲットでもいける『乾燥』はどうなのだろうか。
と思って使おうとしたのだけど、『範囲外のため使用できません』という初めて見るメッセージが出てきた。これはなんだ?
「範囲外」
「なにがだ?」
「『乾燥』を使おうとしたらそんなメッセージが出ました」
「あぁ、攻撃が出来る場所っていうのはシステムで指定されている。あの穴の中は出来ない場所なんだろう」
「なんかズルいDeath!」
「運営側もこざかしいことをしてくるようになったもんだ」
これってもしかして、私たちのせい?
だとしても、これはさすがに駄目だと思うのですよ。
「おいっ! 監視している運営、まさかオレたち側から攻撃が出来ないなんて卑怯なこと、してないよな?」
『ぎくぎくぎくぅ』
「おいっ!」
『えーっと、あははは。……あのぉ、そこにシステムさん、いますよね? ボスを戦闘エリアに移動って出来ます?』
「システムさんに頼むんかいっ!」
これはなんというか、ひどすぎる。
「簡単なのね。はいっ!」
と言って、いつの間にかいたコルが両羽をバタバタとさせた。
そして……。
「おいっ! コル!」
「あらまぁ、ちょっとズレちゃったのね」
「むぎゅぅ」
なんと! 私の上にボスがのし掛かるという、とんでもない自体に。
「リィナ!」
「ぐぅ、無念……」
あっという間に私のHPはゼロになり、久しぶりに【最寄りの村へ】を見た。
しかし、よく見るとその下に【リターンポイントへ(十秒後に自動で移動します)】とあった。
死んだ状態だと、意思疎通をしたくてもできないし、動けない。その前に、そもそも意識があるのが不思議。
いやまあ、意識がなくなったらそれはそれで困るからわかるんだけど。
なんてことを考えていたら、目の前が暗くなって──。
「……………………」
「……………………」
リターンポイントの外には、腕を組んでこちらをにらんでいるフェラムさん。
うん、わかってた。
リターンポイントに戻ったら、フェラムさんが待ち構えているってこと。
「リィナリティさん?」
「はっ、はひぃ」
「ここで会ったが百年目、Deathかね?」
「ひいいい」
「……と言いたいところですが、なんだかこちら側が悪いみたいですから、今回は退散します」
「へ?」
「詳しい話はまた、ということで、戦闘に戻ってください」
「ありがとうございます?」
そう言うと、フェラムさんは目の前で消えた。
なんだかよくわからないけれど、助かった? どう助かったのかとかわからないことが多いけれど、今はそれどころではない。
急いで戦闘に……。
その前に、アイロン台を片付けて、と。
ボス部屋の前に行くと、当然のように扉は閉まっていたのだけど、近づいたらスーッと吸い込まれて中に入れた。
「リィナ!」
戻ってきた私を見て、キースはほっとした表情を浮かべたものの、それは一瞬だった。
「細かいことはとりあえず、あいつがボスだ」
「はいにゃ……にゃああ?」
キースがボスだと指示したのは、ビッチビッチと飛び跳ねるお腹で身体を支えている黒縁された淡い黄色の鱗を持つ超巨大な魚、だった。




