第二百十八話*《三十三日目》二倍→四倍
『乾燥』とは、そもそもが洗濯物を洗って乾燥させるためのスキルだ。
それを極限まで強めて体内の水分をすべて飛ばすという、改めて考えたらとっても残酷な方法でモンスターを倒している。
しかも攻撃されている側は体内から水分が蒸発していることに気がつかないまま、だ。
『……『乾燥』はとっても残酷ですね』
『剣や槍で切られたり刺されたり、拳で殴られたり、矢に貫かれたりと苦痛を与えられるより、苦しみを知らず、知らないうちに殺されてしまう『乾燥』は、モンスターにとって楽に逝ける手段だと思うのですよ』
『さすがイロン、自分を正当化している!』
『そもそもわたしはアイロンですからね!』
あれ?
ということは、本来は武器としてまったく考えられていないし、だれもアイロンを武器にしようとも思ってもいなかったものを魔法の杖のように攻撃の媒介にしたシステム? AIが恐ろしいってこと?
『……もしかしなくても、AIは現実世界を支配するためにフィニメモ内で実験をしている?』
『支配して楽しいモノなのか?』
『……さぁ?』
『そんな面倒なこと、よくやろうとする』
ため息交じりの嘆息に思わず笑った。
『別にキースさんが支配するわけではないではないですか』
『そうなんだが、どうして世界を手にしようとするのか、理解に苦しむ』
『自分の思い通りになるからじゃないですか? ……知らんけど』
たまーにだけど、自分が願ったとおりになればいいのにと思うことがある。
だけど、いつも思い通りになるのもどうかと思うのだ。
もちろん、願ったことが現実になればいいと思っている。けれど、世界はそんなに自分だけに都合良くは出来ていない。
それに、いつも思い通りになれば際限なくワガママになりそうだし、いつか願ったとおりにならなくなったらなんてことを考えると、怖くなる。
だから、叶ったり、叶わなかったり。
そうなるのがバランスがよいし、世界というのはそうあるべきだって思っている。
『だれかひとりが支配する独裁の世界なんて、歴史を見るまでもなくいいことないに決まっているではないですか』
『AIをひとりと数えるのかはともかくとして、やはり反対勢力は必要だし、それは暴走の抑止力となる。もしもAIがそんなことを考えているのなら、阻止しなければならない』
『悪は必要、と?』
『悪というと語弊はあるがな』
正義だとか悪だとか、立つ位置によって変わるから一概には言えないってことか。
うん、キースって意外にも中立っていうの? そういう立場でモノを見ることができるのね。
というより、藍野っていうことは、そうならなければならない?
……それって私もそうならなければいけないってことなのか。
これからそうあるように頑張ろう、うん。
『……あれ?』
『どうした?』
『AIの暴走を阻止しなければならないのですか?』
『そうだ』
『それはキースさんがしなければならないのですか?』
『……そうだな』
むむ?
そもそもこの人、こんなに正義感に強い人だっけ?
『なんで疑いのまなざしを向けてくる』
『どうしてそこで義務になっているのかと』
『それはオレが藍野だからだ』
『ふむ?』
『藍野の役割は世界の繁栄だ。AIが支配する世界など、人類が滅びる未来しか見えてこない』
『ふーむ……』
そこでふと、どうしてこんな話になったのかということに気がついた。
『ナメコをフリーズドライにする話からどうしてこうなった』
『そういえばそうだったな』
キースと話をしているといつも脱線するのだけど、今回は脱線しすぎだ。
『少しずつ調整してフリーズドライにしてみましょう』
『あぁ、頼んだぞ』
さっきまで話していた続きがとっても気になるのだけど、いまはそれよりも食欲っ!
ナメコをフリーズドライにして、味噌を見つけて味噌汁を作るのだっ!
そんなの、現実で食べられるでしょという意見があると思うけれど、ゲーム内で再現をすることにロマンがあるのですよ!
そう、ロマンっ!
とはいえ、これをフリーズドライにして食べるのかと思うと、汚れていそうでやよね。気分的な問題ではあるけど。
なのでまずは。
『『癒しの雨』』
で洗い流して、と。
……なんか床のナメコが一瞬キラリと光ったような気がしたけど、気のせい、と。
『んんーっ? 加減はこれくらい? 『乾燥』』
今までは一撃で倒すことに固執して来ていたのだけど、粉々に砕いていた……ような気がする。
要するにモンスターの体内の水分をすべて飛ばして、粉々にしていた。だから過剰に水分を飛ばしていたような気がしないでもない。
なので加減してスキルを使うというのは初めてだ。
……とここで、はて、フリーズドライって水分を吹き飛ばすだけでよかったの? とふと疑問が。
『あの、キースさん』
『なんだ?』
『フリーズドライって、なんでフリーズドライって名前でしたっけ?』
私の質問に、キースが固まった。
『あー……』
ナメコの一部に加減してかけた『乾燥』の結果は、粉々に砕けていた。
うーむ? まだ加減をしないといけないのか、それとも無理なのか。
『フリーズドライ──真空凍結乾燥だな』
『真空凍結……。え? 真空にして凍らせるってことですか?』
『まずは凍らせて、それから真空にして乾燥させる技術だな。難しい話はともかく、凍らせて真空内に入れると固体である氷が気体になって乾燥されるみたいだな』
『へー』
『だが、フリーズドライ技術の前には、天日干しなど熱を加えた乾燥もされていたから、不可能ではないだろう』
いわれてみれば、一夜干しだとか天日干しなんてものもあるから、必ずしも凍らせないといけないわけではないようだ。
『ナメコはまだあるし、さっきのところもまた生えてきてるな』
『ぅ……』
これは無限に採れるということですか?
……それはともかく、なんだかこのままでは負けたままな気がして、『乾燥』で乾燥ナメコを作るため、ひたすら調整を続けた。
結果。
『おおお、出来たっ!』
ちょうどよい具合に出来たからなのか、乾燥ナメコが手のひらに乗っていた。
キースが私の手のひらの上にある乾燥ナメコをちょんちょんと指先で触った。気のせいか、ピクリとしたような気がする。
「!」
『っ! 動いたっ?』
『……動いた、な』
乾燥しても動くの?
……今の状態は完全にHPをゼロにしたわけではなくて、極限まで水分を抜いて、動けなくしているだけだ。
『水を与えたら動き出すとか?』
『あり得るな』
『熱湯なら……』
『動かなくなるだろうな』
そういえばすっかり忘れていたけれど、私のインベントリには災厄キノコの子どもたちが入って……。
『……………………』
『リィナ、どうした?』
『キースさん、インベントリでキノコを飼いませんか?』
いやいや、これはないわ。
というかだ、なんで?
止めてほしいのですけど、これ。
『インベントリでキノコ……? まさか』
インベントリに入れているものを使うことがほとんどないため、すっかり忘れていたのですけど、だからなのか、災厄キノコがインベントリの中で増えていたのですよ……。
二匹が四匹……。
このまま入れていたら、八匹になりかねない。
そして、倍、倍ゲームになって……、恐ろしい……!
インベントリから後から産まれた二匹をつかみ、キースに押し付けた。
『はい、これ!』
『あ……あぁ』
キースは素直に災厄キノコを受け取ってくれた。
手のひらに乗っている災厄キノコは小さくてかわいらしい。
「きのの」「のここ」と歌っている。
『きののとのここ……』
『これ、インベントリの中で無限に増えるなんてこと、ないですよね?』
『分からん』
『これ以上、増えないことを祈りましょう』
大きくため息を吐いて、乾燥ナメコをインベントリへとしまった。




