第二十一話*《二日目》修羅場に巻き込まないでください……!
トレースはウサギさん……もとい、シェリに事情を説明したらしく、慌ててトレースとともに私たちのところへとやってきた。
村長らしき人──未だに本人から自己紹介がないため、周りの人たちの発言で「らしい」と推測するしかない──はシェリを半ば睨みつけるように見ていて、シェリの白い耳は力なく垂れ下がっていた。
「あの、守り神さまっ! だ、ダメです! ここから出ては、その……」
シェリは村長らしき人の睨みを受けて説得しようとしているようだけど、シェリ自身もなにか思うことがあるようで、言葉が続かない。
うーん……、これ、どうすればいいの?
『シェリ、無理にあたちをここに留めようとしなくてもよいでち。あたちと一緒にここを出るでち』
「で、でも」
『そこなヤツはあたちがお願いしても、シェリを助けなかったでち! 自業自得でち!』
ぉ、ぉぅ……。
なにごともgive-and-takeだとは思わないけれど、ブラウニーには色々とお願いをしているっぽいのに、お願いされてもそれを聞かないのはなぁ。
「し、しかし、守り神さま」
『しかしもかかしもないでち!』
ブラウニーは私の腕の中にいながらも、村長らしき人に向かって指をさした。
あのね、ブラウニー……。人を指さしたらいけないって……。
はぁ、なんかもう、そんなことはどうでもよくなってきたわ。
私、この修羅場から早く逃げたい。
『ということで、でち!』
ブラウニーは私の腕からスルリと抜け出ると、身軽に飛び上がってシェリの肩につかまった。
『あたちはシェリを連れて、ここから出るでち!』
ま、まぁ、黙って連れて出るということも出来たはずなのに、わざわざ律儀にそう宣言しただけでもマシ……なのかしら?
そんなことをボンヤリ思っていたら、ブラウニーと屋敷の間にキラキラと光っている鎖らしきものが浮かび上がってきた。
あれ、なに?
綺麗だけど、絶対にヤバいヤツだ!
「ブラウニー、ちょ、ちょっと?」
『あたちはここから出るでち! こんな縛り、断ち切るんでちっ!』
ブラウニーはもがもがともがいているけど、それは切れるどころか、ますます伸びて、ブラウニーを縛ろうとしていた。
『リィナリティ、助けるでち!』
「え、た、助けるって、え? 私、助けたほうがよいのっ?」
どう見てもこれ、今までの経緯を考えたら、助けたら恨まれる系じゃない!
『はーやーくーすーるーでーちぃぃぃ!』
ブラウニーの言葉とともに、またもや右に砂時計と時間の表示。
残り時間は……えっ? さ、三十秒ってなんなのっ?
しかも目の前には【ブラウニーに名前をつけましょう】と出てきている。
付けなかったらどうなるの?
まさかゲームオーバーにはならないわよね?
そんな疑問に応えるように、システムメッセージが聞こえてきた。
「名前を付けずに三十秒が経過した場合、最悪な事態が起こります」
って!
なんなのっ! 最悪な事態ってなんなのよっ! なんて思わせぶりなメッセージ!
「あぁ、もうっ! ヤケクソよ! ブラウニーの名前はラウでっ!」
えぇ、安直ですよ!
ブ「ラウ」ニーから取りましたともっ!
『いい名前でち!』
ブラウニー──もとい、ラウは名前が気に入ったようだけど……。
これ、なんというかゲームにありがちな「取り返しのつかない要素」案件なような気がする。
まぁ、やっちまったもんは仕方がない。
いや、最悪な事態は嫌だったから! システムに急かされてやっただけだからねっ!
と言い訳を心の中でしていたのだけど、ラウを縛ろうとしていた光る鎖はパラパラと細切れになったかと思うと、淡く瞬いて、消えた。
……どうやらこれでラウと屋敷の繋がりは切れたらしいんだけど、屋敷もラウも見た目は変わらない。
ということは、だ。
魔術師の呪いとやらは解けていない、となる。
『村長、世話になったでち』
なんやかやと言っても、きちんと挨拶はするのね。
『あたちに浄化をしてもらいたいのなら、呼ぶでち』
あら、律儀なのね。
『ただし、今までの分も合わせて、それ相応の対価を払ってもらうでち』
……違った!
ぜんぜん律儀ではなかった!
『では、行くでち』
そう言うと、ラウはやはり私に腕を伸ばしてきて抱っこをせがんできた。
なんというか、楓真がまたもや頭を抱えそうなことをやらかしてしまったらしい。
「ま、待てっ!」
ラウを抱っこしたところでようやく、村長らしき人が声を発した。
「おまえは我が先祖と永劫に守ると約束を交わしたのではないかっ?」
『前提条件をすっぽ抜かしてそこだけ言われても……なのでち』
まぁ、そうだよねぇ。
ラウにもなにかしらの良いことがないのなら、面倒そうなことはやらないわよね。
『おまえたちは五代に渡り、約束を守らなかったでち!』
五代って……。
エルフの五代ってかなり長くない?
それでも守り続けてきたらしいラウって、もしかしなくても健気?
「そ、それは……」
『あたちが知らないとでも思っているでちか? お主らは「守り神さまは適当にあしらっておいても問題ない」と申し送りをしておったのを、あたちはバッチリ聞いていたでち』
知ってても守っていたって、ラウは良い子……?
『あたちが屋敷から出られないことをいいことに……!』
……なんとなく分かってきた。
ラウはあの屋敷に縛られていて、どこかに去りたくても去れなかった。だから仕方がなく先祖との約束とやらを守っていた。
だけどそこに、私が来て……って、あれ? やっぱり私が原因なのっ?
『シェリも行くでちよ』
「で、ですが!」
『シェリ以外にだれがあたちのお世話ができるのでちか?』
ラウにそう言われて、シェリはチラリと村長らしき人を見て、それからラウを見て、決めたようだ。
「……い、行きますっ!」
『それでよろちい』
ラウはシェリの返事を聞いて、それから私の腕をぺちぺちと叩いた。
『さぁ、行くでちよ!』
トレースと顔を見合わせ、同時にため息をついた。
なんかこれ、厄介ごとを押し付けられただけのような気がしないでもない。
私はゲームにいる間だけでも、トレースたちはずっと……よね?
「トレース……」
「なんだ?」
「あの……。あなたたちに相談もしないで二人を引き受けたみたいになったけど、良かったのかしら?」
「……気にするな。シェリのことは、前から話は出ている」
洗浄屋の人たちはとても優しい。だからシェリの待遇を思って話が出ていても不思議はない。
「ラウは……?」
「洗浄屋にとって、願ってもない戦力になるだろう」
「戦力? ……あっ!」
そうだ。
ラウは浄化という力を持っている。それは洗浄屋では欲しい力なのだろう。
それならば問題ない、と。
「行くのはいいんだけど、シェリは私物は?」
「それなら、大丈夫です」
シェリの荷物はそれほど多くないのと、常日頃からインベントリに入れているという。
「では、行きますか」
流されるように二人を連れて行くことになったけど、色々と不安はある。
主に二人をここから──特にラウ──連れ出して、村長らしき一家が衰退してしまうとか、そのせいで村まで駄目になってしまう、とかとか。
そこはなんというか、すぐのすぐには分からないから、要経過観察、と。
……そういえばフィニメモでは、城を取れば城主になれるのよね?
ま、まさか村長プレイが待ってる……なんて、こと、ない、よね?
あり得そうで怖いのですが!
……と、とりあえず。
ラウは抱っこ、シェリは私の後ろについて来ている。
ちなみに先頭はトレースだ。
村長の屋敷から洗浄屋までは、直線距離であればそんなに離れていない。
……のだけど、洗浄屋のある場所は細い道を入ったところにあるため、一人でたどり着ける自信がさっぱりない。
覚えようとは思うのだけど、珍しい町並み……ちがう、村の景色に見とれてしまって、覚えられる気がまったくない。
地図を見ればよいのかもだけど、村という割には広いし、道が入り乱れてるとまではいかないけど、細い路地が何本かあるため、間違うとたどり着けそうにない。
そのうち、一人で村の中をぶらぶらしてみよう。
そう思っているうちに、洗浄屋に無事にたどり着いた。




