第二十話*《二日目》ブラウニー、激おこぷんぷん丸(古)
ブラウニーのおかげで宴をするという奥の広間の準備は整った。
そもそものブラウニーの役目だけど、どうやらこの広間を浄化するのが役目だったという。だからブラウニーがいなくなったことに気がついた人たちは大変だと騒いでいたらしい。
私はなにをしたかというと、かなり広いこの広間の端から端までブラウニーを抱っこしてウロウロしただけだ。
いや、しただけと言えばそうなのだけど、これ、なんで私が抱っこしてこの広い広間を移動しなくてはならなかったの?
なんか良く分からないけど、ブラウニーの浄化は無事に終わり、この突発クエストも終わったようなのでいいとする。
クエストの報酬は、経験値といくばくかのアウレウムだった。
これで初めて経験値をゲットして、私のレベルは……。
「……は? なんでレベル十になってるの?」
訳が分からないのですけど!
一つのクエストをこなしただけでなんで一気に十も上がってるのよ!
それだけ報酬がよかったのか、はたまた私のレベルが低いからなのか。
どちらも、が正解かもしれない。
ここでの用事も済んだし、ブラウニーからの依頼はすぐにはこなせそうにないから、洗浄屋に戻ろうとしたのだけど。
ブラウニーはすっかり私の腕の中が気に入ったようで、離れないのだ。
あの、私、ここから無事に出られるのでしょうか?
「ブラウニーさん」
『なんでち?』
「あの、私、帰るんだけど」
『いやでち』
私にさらにしがみついて、しかもギュッとローブをこれでもか! というくらい握りしめてきた。
「いやいや、ブラウニーさんや。あなたはここにいないと駄目でしょう?」
『リィナリティは帰っては駄目でち!』
ブラウニーは私にしがみついたままトレースを見て、バイバイと手を振っていた。
ええ、なにこれ、私、ここから出られないのっ?
「では、オレは先に帰っている」
「えええ、トレースさん、それはいくらなんでも薄情ってものでっせ」
要約すると、ここから一人では絶対に帰れないから連れて行って、だ。
それもあるけど、本音は道連れだ!
「一人で帰ったら、オルに恨まれるわよ」
「……ぅっ」
洗浄屋の人たちはオルに弱い、というのはこの短い期間でも分かることだったのでオルをまたもやダシにすると、トレースはうなだれた。
すまん、二人とも!
「ブラウニーはここでお仕事があるんでしょう?」
『……そうでちが、……あたちはリィナリティがいいのでち!』
良く分からないけど、なにやら妙に好かれてしまったらしい。
「でもね、ブラウニーさん。あなたがここから出て行ったら、色々とマズいのではないの?」
ブラウニーは口をへの字にして潤んだ瞳で私を見上げてきた。
いや、そんな顔しても連れて行けませんって。
私たちは広間から出たところで、帰る、ついていくという押し問答をしていたら、人が割って入ってきた。
短髪ブロンドのエルフで、かなり背が高い。年の頃は……。エルフだから正確な年齢は分からないけど、見た目で言えば、壮年の男性だった。
どちらさま? と思っていたら、ブラウニーに向けて頭を下げていた。
「守り神さま、本日もありがとうございます」
『うむ』
トレースに視線を向けてみるが、小さく首を振られただけだった。
分からないのか、それともなんらかの事情でこの人のことを言えないのか。
首を捻っていると、ブラウニーが口を開いた。
『村長、あたちはリィナリティについていくでち!』
そう言って、ブラウニーは私にしがみついてきた。
え、ちょっとちょっと、ブラウニーさんっ!
ついていく! じゃないでしょ!
ブラウニーの発言に、村長らしき人物は私を見下ろしてきた。背が高いのもあって、威圧感がすごいのですが!
「それで?」
「は、初めまして、リィナリティと申します」
「…………」
「誤解のないように申しあげますが、私はブラウニーにここを離れたらいけないと説得しました。しかし、こうやってしがみつかれてまして、私も戻らないといけないのに、足止めを食らっている状態で、大変に困ってます」
困ってるというのを全面に出せば分かってもらえるかもと思ったのだけど、反応は芳しくない。
「守り神さま……なにか我々は粗相をしましたか?」
村長らしき人は私にはかなりの高圧的態度だったというのに、ブラウニーに対してはめちゃくちゃ低姿勢だ。
表裏のある人物であるということでよろしいでしょうか?
『そういう態度が好かんでち!』
はっきり言っちゃうのね、ブラウニーたん。
『立場が上と判断したものに対しては媚びへつらい、立場が下のものには高圧的で不都合なことは見えないふりをする。あたちはシェリとともにリィナリティについていくでち』
「あのね、ブラウニー。あなたの役割はここで……」
『いやでち! シェリがかわいそうなんでち!』
初登場のシェリさんですが、どなたなのでしょうか?
「あの、先ほどから出ているシェリさんですが、私、お会いしたことある人?」
『会ってるでち!』
なんと、すでに対面していたのか。
って、だれだろう?
すっかり空気と化しているトレースに視線を向けてみた。
トレースは両腕を頭の上に伸ばすと、手首を曲げたり伸ばしたりした。
え、なんでそこで急にジェスチャーになるわけ?
ヒョウの獣人のトレースがその仕草をすると、なんか妙に可愛いというか、おかしいというか。
……かわいい?
頭の上でぴょこぴょこ……って!
「あのウサギさんっ? というか、腕の傷! かわいそう……? ま、まさかあなたがっ!」
「ち、違うっ! わ、私は、な、なにもしてない!」
『そうでち。こいつは本当になにもしてないでち。だからこそ、知ってるのになにもしないという罪でち!』
なるほどねぇ。
「それなら、そのシェリさんだけでもうちで引き取る?」
『嫌でちいいい! シェリを連れていくのなら、あたちもおおお!』
ブラウニーが私の腕の中で荒ぶっている。荒ぶる神さま?
『シェリとあたちはいっしんどーたいなんでちっ!』
なにか良く分からないけど、一心同体らしい。
村長らしき人の顔色が段々と悪くなってるのだけど、これ、どうすれば丸くおさまるのかしら?
なんか拗れまくってて、どうにもならないような気がしないでもないけど……。
『あのまじゅちゅしのせいであたちの姿も変えられたし、もう我慢ならないんでち!』
ブラウニーさん、噛んでるよ?
『あたちはリィナリティとともにまじゅちゅし探しをするんでち!』
噛んでるんじゃなくて、魔術師って言えないだけか。
かわいいな。
「あー……。それか……」
そういえば、そんなクエストが発生していた。
まさかこのクエストを受注したことで、ブラウニーが荒ぶることになってしまったの?
あぁ、またやっちまったのか……。
いや、待てよ?
そのあとにブラウニーが『あたちを連れて行くでち!』と言って、私は「いいよ」と言っちゃったけど……。
え、まさかあの発言のせいっ?
ヤバい、やらかしの二重奏だ……。
『お願いしても探しに行ってくれないあんたなんかには頼らないでちっ!』
ブラウニーさん、完全に切れたっぽい。
修復不可。
事情が分からないから、仲裁することもできないし……。だからといってお互いの話を聞いて、なんてことは今の時点では許してくれなさそうだし。
どうしたものか。
悩んでみるものの、私にはお手上げ案件だ。なるようにしかならないか……。
『猫耳のおにーさん!』
猫じゃないから! ヒョウだから!
『シェリにここを出るように伝えるでち!』
トレースは「猫耳」と言われたことにムッとした表情はしていたけれど、ウサギさんをここから連れ出すことには賛成しているようで、うなずくと、この場から離れた。
トレースが戻ってくるのを待たないと、私、帰れないのですが?
「守り神さま、シェリは……」
『うるさいでち! シェリを助けてとお願いしたのに、なにもあんたはしなかったでち!』
ブラウニーさん、切れてる。
だけどまぁ、切れるのは分かる。
ウサギさんのあの傷がどういった経緯でつけられたのか分からないけど、あの子はここにいたら駄目なのだけは確かだ。
そういえば、座敷わらしが家から去ったらその家は衰退すると言われているけど、ブラウニーってどうだっけ?
あれ、なんかすごくマズいことばかりしてない?
あぁ、楓真のあきれた顔が浮かんでくる……。




