第十九話*《二日目》むやみやたらと返事をするのは危険
私が村から出た途端に襲われた理由は分かった。
分かったけど、これってだれかに知らないうちに貼られたのよね?
まさか洗浄屋の人たちが貼ったとは思えないし……。
となると、やはりPCがあやしいのだけど、私、なにか恨みを買うようなことをやったのかしら?
いや、そもそもがフィニメモを始めて二日目ですが、PCよりNPCに会った人数が多いような状況なのに……。
「ううむ……」
『なにを悩んでいるでち?』
「いやぁ、さっきのシールの一部、いつ、だれに貼られたのかな、と」
『おぬしらには神がおるのではないでちか?』
「神? え、私、知らないけど?」
『うんえい、とかいう……』
「ぉ、ぉぅ……」
運営よ、NPCに自分たちを神呼ばわりさせて嬉しいの?
それともこれはプレイヤーの言動によりNPCが独自に判断した結果なのかしら?
さすがの運営も、そこまで大それたことは……思わない、よ、ね?
……ま、まぁ、いいや。
「えーっと、あなた……。そういえば、あなたの名前は? 私はリィナリティよ」
『うむ、名を呼ばれたことはないな』
運営よ、仕事しろよぉぉぉ!
「……私があなたに名前をつけたら、なにか不都合が起こったりする?」
『さぁ? 分からないでち』
見た目は座敷わらしなんだけど、実は違っていて、ブラウニーだと主張している彼女。座敷わらしって呼んだら怒られるだろうし、ブラウニーはそれはそれで彼女の種族(?)だし。まぁ、それを言ったら座敷わらしも一緒なんだけど。
「不都合が生じたら名前を付ける、でいいわよね?」
『……よい、ということにするでち』
かなり不服そうではあるけど、ブラウニーも座敷わらしと同じような存在であるのなら、家に取り憑いている……というと語弊があるけど、なにかヤバそうな気配がするので止めておこう。
そ、それくらいの分別はあるのよ!
温泉らしきところから引っ張り上げた自称・ブラウニーの髪と服はすっかり乾いたようだ。引き上げたときに私も濡れたのだけど、こちらも乾いている。
「それで、あなたはどうするの?」
『どうするもなにも、家に戻りたいでちよ』
ブラウニーはそう言って、私の前に立つと両腕を伸ばしてきた。
「ん、なに?」
『抱っこして家まで連れ帰るでち!』
「りょーかい」
ブラウニーを抱きかかえると、驚くほど軽かった。しかも抱きかかえるとすぐに顔を肩の辺りに擦りつけてきて、その仕草が動物っぽかった。
『リィナリティから良い匂いがするでち』
「匂い?」
深く考えていなかったけど、ゲームなのに匂いを感じ取れるってすごくない?
「なんの匂い?」
『うーん、美味しそうな匂いと……、なんかさっぱりするような匂いでち』
美味しそうなってのはクイさんの料理の匂いかしら? でも、さっぱりな匂いってなに?
「じゃあ、屋敷に戻ろっか」
そういえば、あの低木のところはまた這って出なければならないのか。そのことを思い出して、ちょっとだけうんざりした。
それほど歩くことなく低木のところに到着した。
『木よ、通らせてでち』
ブラウニーのその一言に、低木がザワザワとして、ザザーッと横に伸びている枝がグニッと曲がり、上を向いた。
「へっ?」
『通るでち!』
なんらかの不思議な力が働いて、歩いて通れるようにしてくれた……らしい。
私が通り抜けると、枝はまた音を立てて元どおりになった。
何度でも確認するけど、これはフィニメモの中だ。だからこんな不思議なことが起こっても不思議はない。だけど、リアルすぎてびっくりするのだ。
ブラウニーを抱っこしたまま、自分の当てにならない記憶を頼りに、トレースが待っているだろう場所へ向かった。
それほど歩くことなく、トレースがいる場所へと戻ることができた。
奇跡だ。
「ただいま」
「おか……、って、だれだ、そいつ」
「ブラウニーが助けてって言ってたみたいで、助けてきた」
「そ、そっか」
トレースはなにか言いたいことを飲み込んだような渋い表情を浮かべていた。
すまぬ、トレースよ。
「さて、残り時間……四十五分を切ったところか」
これから隣の建物に行き、状況を把握して対応する、なんだけど、果たして、この残り時間で足りるのか。そこはまぁ、行ってみないとわからないからとりあえず行くか。
「で、行き方は分かった?」
「いや、さっぱりだ」
さすがにトレースはここでただ突っ立ってボーッと待っていただけではないらしい。隣へ行くための道は探してくれていたようだ。
地図を広げて悩んでいたのだけど、腕の中のブラウニーが私の肩を叩いてきた。
「どうしたの? 降ろす?」
『違うでち。リィナリティはどこに行きたいでちか?』
「ほら、あの建物は見える?」
『あぁ、あそこでちか』
ブラウニーは私の腕の中から滑り降りると、私の手を引っ張ってきた。
『こっちでち』
どうやら道案内をしてくれるようだ。
私はトレースに視線を向け、トレースがうなずくのを確認してから歩き出した。
『あそこに行くには、屋敷の中を通らないと行けないのでち』
な、なるほど?
要するに私がブラウニーを助けていなければ、道を探して彷徨って、見つからずに諦めるか、タイムオーバーになってクエストが失敗していたということか。
私は若干、どや顔でトレースを見上げたのだけど、ふいっとあからさまに視線を逸らされた。
きぃ、悔しい!
それはともかく、ブラウニーのおかげで隣の建物に問題なく移動できた。
「ありがとう、助かったわ!」
『そうであろう! それなら、この先もあたちを連れて行くでち!』
この先も? クエスト攻略に必要ならば異存はない。
「うん、分かったわ」
私の返事にブラウニーの瞳がキラリと光ったような気がしたけど、気のせいにしておこう。
目的の建物に移動が出来たからなのか、私の耳にピコーンという音が聞こえた。
すると、右にあった砂時計とカウントダウンしていたタイマーが止まった。
あれ、このタイマーってもしかして、ここにたどり着くまでのタイムリミットだったの?
それならばそうだと表示してほしいわ……。
で、ここまで来たのはいいのだけど、次はどこに行けばいいの?
周りを見回すと、NPCが右往左往しているのが見えた。この建物内でなにかが起こっているようだ。
しかし。
屋敷からこの建物まで歩いてきたけど、建物は隣同士で廊下で繋がっているとはいえ、それなりの距離がある。だからあの「大変だ!」という声が聞こえてきたことが不思議だ。
どうしたものかと思って見ていると、あのウサギさんがいるのが見えた。
「トレース、ウサギさん!」
思わず指をさしたけど、よい子のみんなは人を指さしてはいけませんよ!
トレースは私の意図を察してくれて、ウサギさんに近寄ってくれた。
「どうかされましたか?」
「あ……っ! ど、どうしてあなた方がこちらへ」
「声が聞こえたので来てみました」
私の言葉にウサギさんは私に視線を向け、それからブラウニーを見た。
ウサギさんは黒くて大きな目をさらに見開いて、それから私に駆け寄ってきた。
「守り神さま!」
「……守り神?」
どうやらブラウニーのことらしいのだけど、ウサギさんはものすごく必死の形相で私を見てきた。
「守り神さまをどちらで見つけられたのですか?」
「守り神って、この子?」
「そうです! 数日前からお姿が見えず、みなで心配してました」
眉間にしわを寄せてブラウニーを見れば、視線を逸らされた。なにかやましいことがあるようだ。
まったく……。
「あのっ! 守り神さま、申し訳ないのですが!」
『おぬしの言うことならば聞かねばならないでちね』
どうにもこのブラウニーのしゃべり方が尊大なのか、舌っ足らずの幼子なのか、悩ましいところだ。
「ありがとうございます!」
ウサギさんは耳の先が床につかんばかりに頭を深く下げてきた。
ブラウニーの言いたいことはなんとなくわかる。
なんかこのウサギさん、泣かせたくないよね。
『それで、どうすればよいでちか?』
「あの、この奥の会場なのですが」
『うむ、あいわかったでち』
ここまで私の手を引っ張って案内してくれたというのに、またもや抱っこと両腕を伸ばしてきた。なんなの、この甘えっ子。
「お連れすればよろしいですか?」
『うむ、たのんだでちよ』
抱きあげると、ブラウニーは満足げな表情をして、奥の広間を指さした。
『あそこでち』
「りょーかい」
ブラウニーに言われるままに私は奥へと向かった。




