第百八十八話*《二十五日目》赤い液体の正体
さて、肝心のクエスト、【洗浄屋】赤の魔術師も綺麗にしてNe☆(破棄・棄権不可)ですが。
詳細を見てみると、元は茶色らしい布を綺麗にするのと、赤の魔術師もずいぶんと汚れているので綺麗にしてほしいという内容のようだ。
ちなみにメティスだけど、火属性ということで水が苦手らしい。だからお風呂に入るのを昔から嫌がっているようだ。
……うーん、それってなんと言いますか。アウトだと思います!
さて、と。
布は洗浄屋の洗い場で洗うとして……。
このクエストをクリアするには、メティスと会わなければならない。
ぅぅぅ、とってもやなのですが!
だけどこのクエストをクリアしなければ、私は転職できないわけで。
……転職できなくても、なんら支障はなさそうじゃない? という思いが浮かんできたけど、転職があるということは、スキルレベルが頭打ちになって、そのうちモンスターに効かなくなってくるのは目に見えている。
「……覚悟、するしかないですね」
「ん? どうした?」
「とってもやだし不本意ですが、布を綺麗にして、メティスに会いに行きましょう」
「そうだな、それしかない」
キースも同じ考えにたどり着いたようだ。素直にクエストをこなそう……やだけど!
「あのね、オルとラウ。お願いがあるの」
「なぁに、ねえちゃん」
「結局、あの茶色いらしい布だけど、私が洗うことになったの」
「なんで?」
「あー……っと。あの布、赤の魔術師の持ち物らしいのよ」
『ふむ。妙な気配があの布にあったが、あやつの持ち物なら納得だ』
「妙な気配?」
『魔力混じりの、嫌な気配でち』
と言われても、私にはまったくもって分からない。
だけど、赤の魔術師が嫌な気配をまとっているのだけはさすがの私でも分かった。
「それにしても、物に人の気配って残るのね」
『残るぞ。物は歴代の持ち主の記憶を持っているでち』
ラウの言葉に、そういえばアイテムは裏側で所有者情報を持っていることを思い出した。その情報をラウは読めるのだろう。
「赤の魔術師がここに来たのは、あの布を洗ってもらうためだったみたいなの」
『ほう』
「だけど洗ってもらえず……というより、依頼する前になんかおかしなことになってしまって、巡り巡って村長のところに行っちゃったみたいなのよね」
『ふむ……』
そういって、ラウはあごに手を当ててなにかを考えていた。その姿はとても愛らしくて、思わず笑みを浮かべてしまう。
『それで、リィナリティよ』
「あいにゃ?」
『その布を洗うだけではないでち?』
「そうだけど、良く分かったわね」
『なんとなくだ。それで、その別用はなんでち?』
「赤の魔術師自身が汚れてるから、綺麗にしてほしいって」
オルとラウはそれを聞くと、お互い顔を見合わせた。
「ラウ、それって」
『うむ』
ふたりは顔を見合わせ、何度かうなずき合っていた。
む、なにごと?
『リィナリティよ』
「はい」
『まずはキースを転職させるでち』
「にゃ?」
『キースの転職が済んだらフランマの村へ行き、村長からフランマ火山への入山許可を取りつけるでち』
「う、うん」
『キースは転職が済んでいるが、リィナリティはまだだし、同じ火属性ゆえにかなり厳しいかもしれないが、ここでの経験が赤の魔術師との対峙に必要になるでち』
ラウの言葉に戸惑ってキースを見ると、小さくうなずかれた。
「大丈夫だ」
「……うん」
キースはインベントリからあの布を取り出した。
「それでは、洗い場を借りるね」
「うん、いいよ!」
『リィナリティ、我らは見ているでち』
「あ、はい」
まさか見守られるとは思っていなかったので、変な返事になってしまった。
キースから袋を受け取り、中からあの布を取り出して洗い場に入れて広げた。
最初に広げたときは黒ずんだ赤い色をしていたけれど、一度、濡らしたからなのか、赤黒い色は不格好に斑になっていて、本来の茶色が見えていた。
「『癒しの雨』っ!」
まずは濡らさなければ始まらないため、濡らすために『癒しの雨』を詠唱した。
先ほどとは違って、『癒しの雨』が見たことがないくらい激しくて、布を叩きつけるように降ってくる。
「なんでこんなに激しいの……?」
『布の奥まで染みこんでいるなにかを出そうとしているのでち』
「……なるほど?」
まったくもってこの布はなんなのだろうか。
かなり大きいため、最初、なぜかカーテンと勘違いしたのよね。
改めて広げてみたけれど、どうしてこれがカーテンと思ってしまったのか、分かった。
カーテンって吊り下げるためのフックを数ヶ所に取り付けるけれど、それ用に端が縫われていたのだ。
ということは、やはりこれはカーテンである、と。
カーテンなのに赤黒い液体が染みこんでるって、このカーテンになにがあったというの……。
まさか、人をこ……。
いやいや、さすがに、ねぇ?
だけど、それ以外で赤黒い液体が思いつかないのですが。
いつもより強い『癒しの雨』だからなのか、洗い場には布を染めていた赤黒い水が溜まってきた。
先ほどは変な鑑定結果だったけど、量が少なくて判断できなかったのかもしれない。
だから再度、『鑑定』してみた。
《赤い液体、ですね。
水で薄まっていますが、これは明らかに血液です。》
明らかに、血液……!
「キ、キース、さんっ」
「なんだ?」
「あのっ、赤い液体を、『鑑定』してみてください……!」
私の様子に気がついたキースは険しい表情を浮かべて、赤い液体を『鑑定』した。
「これは」
「血液、のようですね」
血液だと確定したものの、まだ『だれのか』までは分かってない。
「あいつがだれかを傷つけて、この布で拭ったとしよう」
「はい」
「その布を他人に洗うように指示するか?」
「ぁ、んと……そう、ですね。自分を拭った物ならいざ知らず」
「自分のだとしても、普通ならば捨てると思うんだが」
言われてみればそうだ。
血液がついたものって、捨てるような気がする。
「なにか理由があるのか、それとも試されているのか」
「試されてる?」
「あぁ。リィナの洗濯の能力をだ」
この一連のクエストが転職のためだとすると、その可能性が高い。
「『洗浄の泡』っ!」
『癒しの雨』が落ち着いたので、泡で汚れを落とすために詠唱したら、こちらもいつも以上に泡立って洗い場いっぱいになった。
「うわわわっ!」
まさかこんなに泡だらけになるとは思わず、びっくり。
とここで、『癒しの雨』と『洗浄の泡』の調整方法を知らないことに気がついた。
『乾燥』は注ぎ込むMP量で結果が変わるのだから、このふたつのスキルも出来るはず。
「『癒しの雨』と『洗浄の泡』って調整できるの?」
オルとラウに聞くと、ふたり同時にうなずいた。
うわっ、出来るんだ。
『そこに気がつくか、気がつかないかで、分岐するでち』
うわぁ、ここで気がつかなかったら、クエストは失敗になっていたかもってこと?
恐ろしい……!
「え? これ、答えが間違っていたら、そこで終わりなの?」
『さあ? ここで分かれる、ということしか分からんでち』
いやいや、さすがにクエスト失敗で転職できないなんてことはない……よね?
そうだと信じたい……!
『それではリィナリティよ、これから特訓でち!』
「特訓っ?」
『乾燥』のときの悪夢が蘇る……っ!




